4-2-2 夏空に響く、曇天の花火
ミクの戦い。
目の前には三人の中で一番背の小さい方と対峙します。陰陽師なら実力がわかるのに、相手の力量がわかりません。これはちょっと面倒ですね。すぐに瑠姫様を実体化させます。
「キヒヒ……。こんなガキを殺していいなんて良い仕事だなあ。そっちの猫も随分と上品だ。バラしたらキレイな赤い血が見られるんだろうなあ……」
『うわぁ……。こういう輩って必ずいるけど、ホンット生理的に無理ニャ……。ニャーんで犯罪者って血が好みな奴がいるのニャ?』
「趣向とやることが一致してしまったからではないでしょうか……」
その趣向は一切認められませんし、理解もできませんがそういう人もいるのでしょう。とにかく必要なのはあの人を倒すことです。そのために呪符を出します。相手も一枚の札を出していました。
様子見はなしです。最初から全力です。
「SIN!」
「行軍・千夜物語!」
瑠姫様に防御は任せて最大出力の月落としを発動させると、相手は地面や何もない空間から様々な形をした人間だったり魑魅魍魎にも似た何と表現して良いのかわからないような怪物が多数出てきました。
その内の三分の一くらいは落ちてきた白い岩石に圧し潰されて消滅していきましたが。
「……式神召喚、というより無差別な召喚に近いでしょうか?」
「チッ。さすがにここの守護をしているだけはあるか。だがなぁ!ヲレが力尽きない限りこの軍団は消えない!見ろ、もうさっき消えた分は補充できたぞぉ?」
相手の言葉通り、また何十体も生き物が現れます。これは持久戦を仕組まれたということでしょうか?
わたしが最も得意とする形です。瑠姫様を借り受けた理由もそこにありますし。
『あれ、大陸系の物語だけじゃニャイね。アラビアンナイトに灰かぶり姫のカラス……。色々な物語から要素を持ってきてるから千夜物語って名前なのニャ』
「たしかそういう物語の語り部がどこかの国にいたような……?」
『たぶんベースはそこニャ。それに更にアレンジを加えたのがあの男の術式。タマちゃんと同じ、馬鹿みたいなスタミナがあるからできる芸当ニャ』
そんなところで共通点があるのは嫌です。瑠姫様の観察眼には恐れ入りますが。
でもその術式の在り方からして、いくら膨大なスタミナがあっても長時間の維持は難しいはずです。あんなにも体系の違う物語からの抜粋。そして数。無制限は有り得ませんし、本当に何でもできるのであればあの人は単独犯になっていて、リ・ウォンシュンの手下になっているわけがありません。
何かタネがあるか、綻びがあるはずです。まずはそれを探りましょう。
「瑠姫様。いつも通り防御は任せます」
『はいニャ。存分に蹴散らかすと良いニャ』
「狐火焔・五連!」
広範囲で火力の高い術式を放ちます。相性が良いということもありますし。それに当たって消えていった存在が復活するまでの時間、どの個体が先に復活するのか、それとも復活しないのか。
そして相手本人はどうか。それを観察しながら攻撃を続けます。
「BETA、TRATTORIA、イケ!」
命じられたのは大型の青い巨人とコック帽を被った料理人。巨人は素手で瑠姫様の結界を殴り、料理人は肉切包丁を袈裟切りで振ってきましたが、全く拳も刃も通りません。
「何でベータとトラットリアなのでしょう?トラットリアは大衆食堂ですよね?」
『ははーん?わかったニャ、タマちゃん。こいつら全員あたしらで言うところの簡易式神ニャ。有名な物語や事件・逸話とかを笠に着て力を借り受けて、ガワだけ貰ってる偽者集団ニャ。しかも一々指示を出さないとまともに動かせない。本当に時間稼ぎの術式っぽいニャ。アレ全部雑魚』
「ああ……。料理人の殺人犯か何かを、トラットリアという他の人も知っている概念で覆っているんですね?それってむしろ出力が落ちませんか?」
『だからこそ多数使役できているんだニャア。全部のコストケチってるからスタミナがあればいくらでも使役できる。しかも結構性質が元とかけ離れてるから混乱必至ニャ。要するにパチモン物語大集合ニャ』
元も子もないですね。二足歩行しているオオカミは赤ずきんでしょうし、何人かいる黒いローブを着ている老婆は何かの伝承の魔女でしょう。それに吸血鬼や日本の鬼のような存在もいます。
それぞれの物語で強大な主人公に敵する悪役。だというのに力がそこまでないのは全部偽者だから。本当の姿を捻じ曲げられた存在たちだから。
そう思うとあの子たちが可哀想になってきます。術者の思惑で本来の形を失っているんですから。それは日本の狐と変わらないのかもしれません。
「瑠姫様。持久戦はやめです。殲滅戦に移ります」
『了解ニャ。思う存分やると良いニャ』
この後なんて考えません。キャロルさんのことをそこまで信頼しているというわけでもありませんが、あの人もプロです。犯罪者との戦闘なんて心得ているでしょう。わたし程度が協力できなくても問題はないはず。
そう思って大規模術式ばかり使って姿がある存在を討ち取っていきます。姿を隠している存在がいるかもしれないので、探知術式も境内くらいには広げて、とにかく倒していきます。
「キュヒュヒュ!そんなに強い術式ばっかり使って大丈夫か?すぐにスタミナが切れるぞ?ガキは自分の力量もわからないのかぁ?」
何か言っていますが、気にしません。出自によっては効かない術式などもあったので多種多様な術式を使い分けて全ての存在を倒していきます。復活した存在もすぐに倒して、術式を使い続けて十分ほど。
相手のスタミナが切れたのか、術式の効果時間が過ぎたのか。相手は肩で息をしながら、周りには先ほどの存在は一体も残っていませんでした。
「ハ……。ヲレとやり合うスタミナがあるとは、そんなのウォンシュンぶりだ。だがお前もだいぶ力を使っただろ?もうヲレを攻撃する体力も残っていなそうだが?」
「え?何を言っているんですか?」
とんだ勘違いをしているようです。まさか自分が限界だからと、相手も限界に違いないと思い込んでいるのでしょうか。それほど、自分より上の存在に会ったことがなかったのでしょうか。
わたしたちのように、Aさんや金蘭様、それに大天狗様のような超常の存在に会ったことがない方はそういう考えに陥ってしまうのかもしれません。この人も、戦い方によっては四神の方にも勝てそうですし。
ただ、いくら大規模術式を二十くらい使っても、ここは地元だからまだまだ余裕があるのに。わたしにはこの程度前哨戦に過ぎません。たとえ京都にいたとしてもまだ余裕はだいぶあったでしょう。
「ならあと同じ数の大規模術式を使いましょうか?まだ試したい術式はいくつかあるんですけど、威力がだいぶ高いので普段使えないんです。もう一度さっきの軍団出してもらえますか?」
「ヒュ⁉う、ウソだろ……!」
『タマちゃんまだ三割も力減ってニャイけど?うーん。やっぱりタマちゃん、四神と比べても霊気は頭抜けてるニャア』
「それに、もう終わりみたいです。後ろ」
「あ?」
相手の方が振り向くと、漆黒のハンドガンを構えたハルくんが。そのまま一発ズガンと頭部に術式が当たり、相手は地面に倒れました。昏倒するための呪術ですね。術式を使い終わった後、ストレージを変えていました。
「明くん、援護ありがとうございました」
「これ以上境内荒らすわけにはいかないだろ……。お疲れさん」
わたしが戦った場所だけ隕石でも落ちたのかというほど地面がえぐれてひび割れていました。これの修復、わたしも手伝うことにします。
ハルくんはそれこそさっきの軍団がいる頃からハンドガンで援護をしてくれていました。その後隠形で後ろに回ってトドメを刺してくれたのでしょう。隠形で隠れているハルくんに気付かなかったところを見ると、本当にあれの維持で限界だったみたいですね。
殲滅戦にして良かったです。無駄に時間をかけるところでした。
「銀郎、よろしく」
『へいへい』
相手の方を縛って社へ連れていく銀郎様。これで残っているのは主犯のリ・ウォンシュンだけです。
境内の中心でまだ続いているその勝負。それはどちらが優勢かわからないものでした。
次も三日後に投稿します。
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