4-1-2 夏空に響く、曇天の花火
リ・ウォンシュンの目的。
三人の足音が近付いてくる。千里眼で確かめてみても近くにそれ以上の人間は存在しない。たった三人でこちらの本陣を落とすつもりなのだろう。それだけの実力者だという自信からか、ただの慢心か。
こちらも実質的な戦力は三人しかいないから数としては同数ではあるんだけど。
彼らの顔には下卑た表情が張り付いていた。どこからどう見ても悪人だ。あれが世界を救うために行動する人間ではないだろう。もしかしたら世界を救うために妲己の力が必要なのかとも思っていたが、絶対に違う。悪だくみしか考えていない顔だ。
なら遠慮なく倒せる。地元で最大限の力を発揮してボコボコにできる。
「お出迎えご苦労!我々が世界を手にする瞬間に立ち会うために異境の地から足を運んでくださり感謝感激だ」
「日本語上手ですね。中国語はわからないので助かっちゃいました」
「まあ、目的はわかったからいいけど、口に出すことでもないだろタマ。これから口も利けなくなるくらいに酷い目に遭うんだから」
「……つまらんなあ。何故世界の変革を臨むものがこうも子どもばかりなんだ。世界も人口も技術も異能も、全てを中華のためにするための第一歩が、見届け人が子どもとはなあ。いや?子どもとは今後の世界を担う人材か。そういう意味ではピッタリだな」
三人の中でリーダー格であるリ・ウォンシュンがそう語る。三人とも中国の制服とも呼べるチャイナ服を着ていて、リ・ウォンシュンは腰の辺りまで三つ編みにした黒髪を伸ばしていた。
やっぱり陰陽師じゃないから相手の実力が測れない。キャロルさんの時点で霊気のような力を感じ取れなかったために他の異能者の実力は感じ取れないとは思っていたけど。
それが功をなすのかどうか。キャロルさんも相当な実力者とは言っていたけど、それは過去の事件の映像を見たからと言っていた。違う分野の異能は感じ取れないものなんだろう、たぶん。
しかし、妲己で世界を変革させるというのは国を堕として中国だけが唯一の国にさせるとかなんだろうか。そうすれば世界を掌握したとも言えるかもしれないけど。そのトップに彼らはなりたいのだろうか。
強い力を持った人間って支配欲に溺れるのかなあ。土御門とか賀茂ってその典型だろうし。
「リ・ウォンシュンとその一味。あなたたちを捕縛するワ。ちょっとオイタが過ぎたわネ」
「……ああ!世界的警察の……なんという組織だったか?こんな辺境まで来ているとは。そこの日本人の友達かと思った。最近は日本人もだいぶ髪と瞳が変わっているからな。特にそこの小さな少女もそのようだし」
「また小さいって言われました……」
「まあ、タマが平均身長より低いことは事実だし」
ミクは結構気にしているけど、その小ささもチャームポイントだと思うけどなあ。
リ・ウォンシュンはキャロルさんの服装でわかったんだろうか。皆お揃いのスーツ姿してるし。CIAとか印字されてるわけでもないのによくわかるなあ。それともキャロルさんと何回か面識があるんだろうか。
「それと一つ訂正だ。今我々を一味と言ったが、我々の真の仲間はこの三人だけだ。他の連中は金で雇ったり、ただ牢屋から引き抜いた恩があるだけの木偶の坊。時間稼ぎができればいい連中だ」
「犯罪者を助けたわネ?どれだけの罪を重ねるつもリ?」
「……そんなもの、貴様らが勝手に決めたルールだろう。いつ、誰が決めたんだかわからない平等という名の縛りを、何故守らなければならない?富む者は富み、貧しい者は貧しいままだ。そんな不平等を推し進めるだけの強者の定めた偽りの楽園を、何故壊してはならない?」
「犯罪者を助けることや、人間を殺すことが正しい法だと思っているノ⁉」
リ・ウォンシュンの主張にキャロルさんが叫び返す。ちょっとおかしいと思う法もあるにはあるが、社会という秩序を守るための最後の理性が法だ。キャロルさんが言ったように犯罪者の手助けや人間を好きに殺していたらそれこそ無秩序の無法地帯になる。
人間の数が増えて国が増えていく過程で作られたものが法だ。法がなければ人間の生活も文化も国も、栄えずに維持もできない。
「本当は無実の者が捕まったり、処刑が許されている法がある時点で何を言っている?」
「冤罪はたしかに忌々しき問題だワ!でも処刑は法に照らした、適した処罰でしょウ⁉」
「その、法という大元を探れと言っている。法は絶対の正義だと言うつもりか?その色眼鏡で見た世界は本当に正しいのか?……今の世には鎖が多すぎる。貴様らもその鎖の一部だ。現状維持を良しとして、世界の流転を良しとしない。私は、鎖のない時代へ反転させる」
「……世界のテクスチャを覆すつもリ?」
「さすが番犬。ご存知だったか。私は知りたい。このテクスチャはどこから来たのか。異なる描写の多い文献が多い理由は何か。占い師が過去を遡れるのは一定の時代で限度なのは何故か。何か、決定的な出来事があったはずだ。その全てを知るためにまずはこのテクスチャを剥がして真なる世界を覗く。偽りだらけの世界を、破壊する」
その発言にキャロルさんの顔が青褪めていく。
日本語で話しているはずなのに二人の話している会話がまるでわからない。テクスチャだの偽りの世界だの、俺たちの知識がないからわからない話なのだろうか。
でも彼らにとっては真剣で。おそらく事実の話をしている。頷ける話もある。
日本の星見は平安時代より前の時代はあまり過去視でも視えない。これは父さんにも確認したことだ。その理由としては平安こそが今の日本を決定づけた時代だから。その前の時代にも重要なことはたくさんあっただろうが、今の日本の形になったことに一番重要だったことは平安に起きているからだろう。
文献の話もそうだ。妲己と玉藻の前様という同一視される意味が分からない存在が同一視される文献が複数出てくる。他にも創作と混ざっているのではないかと思うような文献が公的な資料としてその時代に残されているものもある。
だから歴史というのは存外曖昧だ。おそらくこうだろうという歴史が正史として残されて教えられる。それとズレている歴史を載せた年表が家にもある。どちらが正しいかを、過去視を用いて確かめる。確認方法が資料だと曖昧な場合があるからだ。
ただ、そのズレを知るために犯罪を起こすというのはいかがなものか。死人が出てもおかしくはない程大規模な事件をこうして起こしているし、何よりこの地元へ襲撃をかけた。それだけで俺たちが反抗する理由としては十分だろう。
それに今の世界を壊すと言っているが、俺は今の世界が嫌いじゃない。嫌な相手もいるけど、ミクやゴン、父さんたちや金蘭様もいる。この世界を守るためならちょっとの無茶くらいは平気でやるつもりだ。
だから、よくわからない問答は終わらせる。
「うん。わからん。あんたの話も、キャロルさんが何に怯えているのか全くわからん。あとでキャロルさんに教えてもらおうとも思うけど、教えてくれそうにないしそれも別にいい」
「うん?では少年。君は何のために我々と戦う?ここにいるということは戦う意思はあるのだろう?」
「お前らはこの地に手を出したんだ。それだけで理由は十分だろう」
霊気を噴出させる。こっちはそんなわけわからない御託を並べられた結果襲われたなんていう到底納得できない理由でこの聖地を汚されたんだ。
それに妲己を道具としてしか考えていない。その辺りも土御門と被って余計苛立った。世界を壊すだとかなんだとか、そんなこと個人に許されるわけないだろうに。
日本だけでどれだけの人間がいる?妖は?土地神は?神様は?それが世界規模になったらどれだけ増えることか。
それを知識欲なんていう理由で破壊されるなんて聞いて納得できない。ミクも同じように戦闘態勢に移るように霊気を噴出させた。
「……その力は……。お前たちは一体……?」
「ただの学生の陰陽師だ。そんでもってこの祭壇の守護者だ」
「……興味が沸いたぞ!お前たちは是非同志になってもらいたいものだ」
「断固拒否する。キャロルさん、話していた通りリ・ウォンシュンは任せていいんですね?」
「エエ。任せテ」
キャロルさんがリ・ウォンシュンに突っ込む。俺とミクは残りの二人の足止めだ。
俺は腰の下げていたホルスターから、黒いハンドガンを出す。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




