3-1-3 病院での予想外
中庭で秘密の会話。
車椅子に移動して、俺が後ろを押す。彩花さんは本家の人間との会話を邪魔しないようにとどこかで時間を潰してくれるということ。
夢月さんは中庭に行きたいということでエレベーターに乗って降りる。中庭は中々広いので、俺たちが話していても問題はないだろうが、一応ゴンに防諜の結界を張ってもらう。俺がやるよりは完璧なものだろうし。
車椅子を押していたが、三十分は歩けるということで車椅子から降りて細い二本の脚で歩いていた。
「明くん、京都で星斗は頑張っていますか?」
「頑張ってますよ。星斗は八段の中でも有数の実力者ですから。五月の事件も四神と一緒になって天狗たちと戦っていましたよ。他にも様々な事件で活躍をしているみたいです。忙しくて電話がかかってきませんか?」
「そうなんです。大変なことはわかっていますが、京都は大変なのでしょう?この辺りは平穏なので、向こうの様子はあまりピンと来なくて……。TVなども見るようにはしていますが、星斗が活躍したかどうかはわかりませんから」
京都での出来事を毎日TVや新聞で報道するかと言われたら、被害は伝えても活躍した人物は全く伝えない。精々四神の誰誰が颯爽と駆けつけて、くらいだ。八段ではメディアに名前は出ない。死者にならない限り。
それに京都が大変なことなど日本人にとっては当たり前だ。大きな事件でも起きない限り、日常の一風景として流されてしまうだろう。
電話で話を聞く限り、無茶はしていないみたいだが。俺に婚約者の存在を零してしまってから、早く帰りたいなどと愚痴を零してくる。いや、電話で惚気るなよ。俺も仕返しにミクの可愛い所を話しまくって星斗を萎えさせたけど。
今でも星斗はミクに苦手意識あるからな。黒歴史くらい認めろよ。いつまでも気にしてたってしょうがないだろ。過去は変えられないんだから。
「最近の京都は静かですね。実際に先日まで居たのでわかります。……おそらく準備期間、なんでしょうけど」
「あら……。それは心配ね。ということはまた大きな事件が京都で起こるということかしら?」
「十中八九。呪術省は隠していますが、五月に京都を襲った大天狗様は混じり気ない神様でしたから。人間は神様に反逆しちゃったので、その反動を受けますよ」
『星斗がそれに巻き込まれないように祈ってろ。それだけで効果がある』
「ゴン……。私にそのような力があるでしょうか?」
姿を隠したままのゴンに夢月さんがそう聞き返す。彩花さんの前ではないからか、ゴンに敬称を付けない。付ける意味はないだろうから、ゴンもそのことを気にせず話を続ける。
『祈りというものを汲み取るのは星であり神であり人間だ。そして祈る側もどんな存在でも良いんだよ。汲み取るのは純真な想いのみ。お前は穢れなき想いで星斗の無事を祈っているんだろう?なら、きっと何かがその想いに共感するだろうよ』
「祈りなんて不確かな物を。……この不確かな生を、どうやったら信じられるのですか?いつ壊れてもおかしくはない身体ですのに……」
「不確かなことばかりですよ。日本のことも人間のことも、その他も色々。星が詠めても、きっと不確かな未来の一つを視ているだけ。夢月さんは諦めたらダメだと思います。星斗がどうにかしてくれますよ」
今の状態を見れば、夢月さんの状態が不安定だというのはよくわかる。だからこそ不安にもなっているのだろう。この症状はゴンにも解決できない。
星斗でもどうにかできない可能性が高い。だから、気休めでしかない。星斗なら様々なことに当たって原因を突き止めてくれるだろう。そういう信頼がある。
『夢月。星斗との間にある愛は本物だろう?それだって目に見えない不確かなものだ。それくらい信じてやれ。あと、お前は京都に来るなよ。むしろその身体は悪化する。康平もそれがわかってるからここに入院させてるんだろうしな』
「やっぱり京都はダメですか……」
『身体は悪化するわ、神々に目をつけられるわ、もう最悪だろうな。この殺生石に守られたこの土地で安生してやがれ』
「……殺生石って人々の怨念が込められた呪具だろ。しかも相当ヤバい奴」
ゴンはいきなり何を言うのだか。俺も実物を見たことがあるけど、あんな呪詛まみれの者がこの土地を守っているとは思えない。玉藻の前様と晴明が残したまさしく神の遺物だから、何かしら他の効力でもあるのだろうか。
『バーカ。あれがこの土地の呪詛を吸い取ってくれてるから魑魅魍魎も少なくて、日本が変わった後も大きな被害がないんだよ。確かに呪具ではあるが、守り神に等しいものだからな』
「そうなのか……。だから父さんがちゃんと守れって言うわけだ」
『それに使い方を間違えたら蟲毒よりもヤバイ百鬼夜行がいくつも巻き起こる。バカな奴らに渡さないように管理はしっかりしておけよ』
「はいよ。当分は父さんの仕事だろうけど」
ホント、この土地にある物ですらまだ知らないことがだいぶある。我が家の宝物庫にある物すらほとんど知らないし。ゴンなら知ってるだろうから、後で教えてもらおう。ミクも知っておいた方が良いだろうから、ミクが帰ってきたら宝物庫に行くか。
「フフ。本当に明くんは当主になろうとしているのね。星斗が本家にならなくて良かったって言っていたわ」
「……あなたと婚約できなかったから?」
「それもあるかもしれません。でもそれはきっと、あなたの想いが本物だから。あなたが本当に当主になりたいと思う熱量には敵わなかったと言っていたわ。あなたは良い領主になってくれると思う」
「そうだといいのですが……」
そればっかりはなってみないとわからないだろう。継いだ時に支障がないように様々なことを学んでいるが、それでもまだ途中だ。占星術だって磨かなければならないし、技術的にも知識的にもやることはたくさんある。
「……いつか、星斗も気付くかしら?」
「意図的に隠しているのでは?俺でも一目でわかったのに、星斗や香炉家が気付かないとは思わないのですが」
「香炉家の人たちには意図的にね。でも星斗には最初の頃から隠していないの。フフ、鈍感なのかしら?」
「恋に盲目ということでは?」
『そうだな。人間は恋をするとほとんどのことが見えなくなるぞ。こいつは相手の気持ちまで見えなくなってたからな』
「まあ。それは相手の方が大変だったのでは?」
「蒸し返すなよ、ゴン……」
ミクの気持ちに気付けなかったのは俺が悪い。けど、好意ってどうやったら感じ取れるんだろうか。ミクとは幼少期からの付き合いだったからその延長線で好いてくれてるんだと思ってたし。
こんなところで星斗と共通点を見つけたくない。常日頃から似ているなとは思ったけど、恋愛事情まで分家の兄貴分と一緒とか嫌だ。
そういえばゴンは恋愛をしたことがあるのだろうか。子どもがいるとか聞いたことないけど。年齢的に家族がいてもおかしくはない。そんな話したことなかったな。相手は天狐になれなくて生き別れとかもあるんだろうか。向こうから話してこないから気にしたこともなかった。
そう考えていると夢月さんがこちらに身体を預けてきた。時間を確認していなかったが、もう三十分経っていただろうか。
「限界ですか?車椅子に戻しましょうか?」
「いいえ。あなたを抱きしめたかっただけ。……ゴンにも認められた、難波の申し子。あなたたちのこれからに幸あらんことを……」
背中に回された腕のなんと細いことか。肩も首も、何もかもが細い。儚いという言葉がこれ以上似合う方もいないだろう。
何故か夢月さんがそれを求めているような気がして、俺も背中に手を回して抱き留めた。儚いと思っていたのに、抱き留めた身体は一本の柱があるかのように確かな温もりがそこにはあった。
次も三日後に投稿します。
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