3-1-2 病院での予想外
星斗の婚約者。
案内された病室は一人部屋のようだ。長期入院者だろうし、他の人がいない方が落ち着くのだろう。あと、難波家と香炉家が支援しているということだからお金については心配しなくていいんだろうけど。
彩花さんは既に一度訪れているためか、ノックもせずに部屋に入っていく。俺もそれについていった。
「お姉さま、頼まれていた飲み物とお客様」
「あら、彩花さん。その場合大事なことはお客様でしょう?頼んでいた飲み物など後にしてください」
部屋の奥まで進んで、ようやくその人のことが見えた。ベッドで上半身だけ起こしている透き通った女性。薄幸というか、繊細という印象を抱かずを得ない人だ。
青白い入院着で身を包み、それこそ陽の光と同化しそうな腰にギリギリ届かない綺麗に整えられた白い髪。そしてその瞳に空を映している様な、晴天の目。外へあまり出ないためか、全体的に肌が白すぎて心配になる。
足にはタオルケットをかけていたようだ。彩花さんを待っている間特に何もしていなかったのか、TVも点いておらず、手に何か持っていることはなかった。
そんな夢月神奈さんを凝視するように観察してしまったのは、わかってしまったからだ。父さんが何を心配していたのか。口に出すなということと、気付けるだろうという確信。
いつまでも黙ったままではいけないので、軽くお辞儀しながら挨拶する。
「初めまして、夢月さん。難波明と申します。香炉星斗の婚約者でいらっしゃるということで、お見舞いに来ました」
「ご丁寧にありがとうございます。夢月神奈と申します。本家の明くんですね。星斗からよく話は聞いています」
「ね?あたしなんかと比べ物にならない程のお嬢様でしょう?まさに深窓の令嬢的な?」
「至ってなんて事のない家の出身ですけど」
彩花さんと夢月さんが笑い合う。二人の仲は良好のようだ。
まあ、彩花さんはしょうがないとして。他の香炉家の連中は節穴か。星斗は確実に気付いてなさそうだし、そうなると香炉家もたぶん全滅。病院で気付いている人もいないだろう。
「そこに居る方は挨拶をしてくれないのですか?」
「……?お姉さま、そこに何かいるの?」
夢月さんの目線の先は俺の足元にいる、姿を隠形で隠したゴン。俺やミクでもない限り気付ける隠形じゃないと思うんだけど。
ゴンにも確認を取るが、ゴンはそのまま夢月さんの足の上に登って隠形を解いた。
『よぉ。初めまして夢月とやら。これが星斗の婚約者ねえ……』
「初めまして。三尾のお狐様なんて初めて見ましたわ。よろしくお願いいたします」
「ゴ、ゴン様だ!え、明君、抱っこしていい⁉」
「……ゴン?」
『……はぁ~。いいぞ、全くお前らは誰も彼も変わらずに……』
「やったー!」
叫ぶのと同時に彩花さんがゴンを抱き上げる。こういうところは本当にウチの血族だ。どれだけ末端の分家でも、頭のおかしい奴以外は皆ゴンに敬意を払っている。その上でモフろうとする。
我が一族全体の守護神というか、主神みたいなもののはずなんだけどな。それでも敬意を超えてモフりたい可愛さがあるのが悪い。
それにゴンって迎秋会では姿を見せるけど、他の場では一切姿を現さないからな。俺が連れてるから、俺に会わないと姿を見る機会すらない。そりゃあレアキャラ扱いされるか。ゴンの事抱いたことあるのって分家でも数人だけなのではないだろうか。
「わたしも抱きしめていいですか?」
「どーぞどーぞ!」
『お前が許可出すな。……いいぞ』
ゴンは彩花さんから夢月さんに渡される。彩花さんと違ってギュウっと抱きしめるのではなく、繊細な壊れ物にでも触れるのかのように優しく抱きしめていた。ゴンもそれを嫌がることはない。
「フフ。病院に動物はいけないのでしょうけど、ゴン様は式神だからいいのでしょうか?」
『さあな。そもそもオレを人間の常識で縛るのが間違ってるんだぞ?』
「それもそうですね。……暖かい……」
『お前は体温が低すぎて心配になるな』
クソ、こんな状態で携帯電話を取りだしたら不審がられる。ミクがゴンを抱いている時と同じくらい尊い画が出来上がっているというのに、この状態を目に焼き付けるしかないだなんて。
そんなことしたらミクとゴンに怒られそうだから鉄の意思でやらないけど。
「ゴン様、ありがとうございました」
『フン。こいつらみたいにワシャワシャ撫でてこなかったから、大分マシだ。……お前、入院して何年だ?』
「もう七年ほどになるでしょうか……」
『長いな。……星斗との結婚式楽しみにしてる。その時にはオレも明も出席してやる』
「わたしと星斗より、明くんと婚約者の方が先では?わたしは今の騒動が終わるまで式は挙げられないでしょうから」
「え、明君もう結婚できる歳だっけ?」
二十半ばの男よりまだ学生の俺が結婚できるはずがないだろうに。京都に星斗が出港していても、事実婚はできる。年齢が達していない俺の方が早いなんて話、あるわけがない。
「まだ十五ですよ。成人しましたが、結婚できるのは三年後ですね」
「びっくりしたー……。そうだよね。明君二つ下だったもんね。あたしなんて婚約者どころか彼氏もいないのに」
「わたしのせいでご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「あ、いや、お姉さまのせいじゃないんですよ?香炉家としても晴明様の血筋を途絶えさせるわけにはいきませんから。それにもしかしたらあたしの子が本家になるかもしれませんし?兄貴っていう結構特殊な陰陽師と、あまり才能のないあたしが同じ両親から産まれてるので、そこまで相手の血筋や実力は気にしない方針ですから」
香炉家は代々続く結構古い難波の分家だ。血筋だけが全てではないということだろう。ゴンの話だと賀茂も星見の才能が全くないらしいし、土御門も落ちぶれている。血だけを大事にしても意味がないのだろう。
そういう意味では天海はかなり特殊だ。血筋による効果がまだ出ているらしいからな。それとも年月的に最初の血がそこまで薄まっていないからだろうか。
あの一族って姫さんに大峰さんに天海だろ。かなり優秀な血筋なんだな。っていうかあの三人、血縁的にはかなり遠縁だけど親戚なのか。
「俺たちの結婚よりもさすがに夢月さんの方が先ではないですかね?」
「どうでしょう……。今、京都は大分大変なのでしょう?あちらが落ち着かなければ、星斗も安心して結婚することができないでしょうし」
『そこは星斗次第だろ。……なあ、夢月。お前四月以降体調に変化はあったか?』
「四月から少しだけ体調が良くなったのですよ。咳き込むことも少なくなりましたし、霊的障害の身体のブレとかも最近は安定していて、あまり症状は出ていません。根本的に身体に不具合があるので退院はできませんけど」
『そうか……』
まあ、そうだろう。狐憑きのミツルたちにさえ変化があったんだ。霊的障害の夢月さんに好転的な作用が出てもおかしくはない。
ただ身体が悪いというのはどの程度なのか。一日三十分だけの歩行しか許されていないということは、それ以上は支障があるということ。
それを聞いてみたいが、彩花さんがいる前ではマズイ。なにせ彩花さんたちは気付いていないんだから。
「今日は珍しいお客人が来られたのだから、明くんとゴン様が散歩のエスコートをしてくださりませんか?あ、ゴン様は姿を現すといけないのでしょうか……」
『オレは姿を出さない方が良いだろうな。どうなんだ?明』
まさか向こうから提案してきてくれるだなんて。夢月さんもこちらに微笑んでいることから、あちらも話があるのだろうか。
それなら、断る理由がない。
「こんな俺でよければ、喜んで」
次も三日後に投稿します。
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