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3-1-1 病院での予想外

暇つぶしに病院へ。


 今日の朝、ミクは実家に帰った。久しぶりに両親に会いたいだろうし、夏休みなんだから自由に過ごすべきだ。一週間したらこっちに戻ってくるらしいけど。護衛として銀郎がミクにくっついていっている。

 本来の式神である瑠姫は本家で家事がやりたくてたまらないらしく、なら代わりにと銀郎を派遣した。ミクの力は強すぎて一人だと心配だったので、何があってもいいように護衛をつけた。日本が変わって何が起こるかわからないし。

 面倒なので夏休みの宿題はさっさと終わらせる。ミクがいる時からこつこつとやっていたので終わりは見えているが、土地の見回りや陰陽術の修業などしかやることがないのでちゃっちゃと片付けて休みを満喫しようと思っている。


 どこかにミクと遠出しようかとも考えている。ウチの県には海がないので、海とか湖とか水辺に行こうかと話し合っていた。俺もミクも海や湖には行ったことがないのだ。大きな川や渓谷はあるから、川辺なら行ったことあるけど。

 そうして宿題をやって三日目。宿題は終わってしまった。実技である陰陽術も課題が出ていたが、どれもこれもできることばかりだったのでやってすらいない。一年生だとそんなもんなんだろうか。夏休み明けにテストがあるようだが、たぶん余裕。そうすると本当にやることがなくなってしまう。


 やることを探して携帯で電話帳を開いて桑名先輩にでも電話しようかとも思ったが、その近くにあった香炉星斗の名前を見てあることを思いつく。

 分家の家庭事情を知るのも本家のやるべきことだよなと勝手に理由付けして、今日やることを決めた。桜井会とか分家の実情は知りたかったので、分家のことも実際に巡ることを頭の片隅に置いておく。

 今日やる事には父さんの許可を取った方が良いだろうと思って父さんの書斎を訪れる。書斎兼執務室のそこに父さんはいることが多い。昼飯前には大抵起きてそこにいる。

 ドアを三回ノックしてから返事を待って中に入る。父さんはいつものように書類と格闘していたが、ちょっとした確認がしたいだけなのだから問題はないだろう。


「明、どうかしたか?」


「父さんにちょっと許可を貰いたくて。星斗の婚約者に会いに行きたいんだけど、病院の場所教えてくれる?」


「なんだ。星斗から聞いたのか?」


「大天狗様が襲ってきた時に近くにいたらしくてさ。あの事件の後電話で話してたらポロッと。というか、分家の人間が俺とタマが婚約者って知ってて、本人が知らないっておかしいよね?」


「蒸し返すな。終わったことだろう」


 おそらくこのネタは一生使い続けるだろう。いくら星を詠んでいたからといって許されることじゃない。

 星斗も、自分が隠していたことを動揺していたからって割とあっさり零していた。京都に出向になって苛ついていた理由がわかった。俺だって父さんにミクと別の場所へ向かえって言われたら怒ってただろうし。

 星斗に婚約者がいることについては別段不思議じゃなかった。香炉家だって安倍晴明の血筋ではあるし、難波家の筆頭分家だ。実力だって分家の中では一番。今年で星斗は二十五歳になるし、結婚相手がいることは何もおかしくはない。


 それが父さん公認というのもおかしな話ではない。分家の人間が本家の当主に結婚の報告をするくらいあるだろう。いつ結婚するのかは知らないけど。

 香炉家は日本で見ても優秀な陰陽師の家だし、血を残そうとするのは当然の事。星斗は今の混乱が落ち着いたらこっちに戻ってきて居を構えるだろう。そうしたら正式に結婚、ということでも遅くはない。

 呪術省が星斗を求めることだって今の混乱を考えれば当然だ。八段というだけではなく、遺憾ながら安倍晴明の血筋で戦闘力を考えれば父さんや呪術大臣を除いてトップ。血に拘る呪術省なら星斗を広告塔に添えるなんてこともするだろう。


 ほら、始祖の血筋は凄いでしょう、と。同じ血筋の呪術省も認めてくださいと。

 そうなることもわかっていて京都に出向させた父さんの意思がわからない。地元に現状大きな問題がないため一大戦力の星斗が抜けてしまってもどうにかなっているが、敵に塩を送ってどうなるのだろうか。

 こんなにも長く考えてしまったのは父さんがすぐに回答をくれないからだ。星斗の婚約者に会うことに、何か問題があるのだろうか。


「星斗から、その婚約者についてはどこまで聞いている?」


「えーっと、二十歳になる直前の頃に出会って、今も入院していて身体が弱いって。それくらいしか知らない」


「そうか。……その婚約者は、星斗の子を産めない。血筋を残すのは妹の方に任せたようだ。それでいいならと香炉家にも確認を取って、その上で私は二人の婚約を認めた」


「……それって、それだけ重い病気ってこと?星斗ならそれでもいいって言いそうだけど……」


 星斗の性格的に、好きな女性は愛したらどのような症状があっても愛するだろう。病気があるからと嫌ったりしない。彼は難波の家のことも愛しているし、この地元のことも愛している。

 なんでこんなに星斗のことがわかるかと言われたら、結局俺と似た者同士だからだろう。


「その女性は表向き霊的障害を負っていて、基本的に寝たきりだ。一日三十分ほどしか歩けない。症状が良くなることはなく、様々な処置をこなしているが、結果は出ない。そういう女性だ」


「……会う時は気を付けるよ」


「ああ。そして、彼女について何か気付いても口にするな。私も香炉家も認めた女性だ。入院費などの資金も全てこちらで援助している。その関係をお前が壊すのは見逃せん」


「……何かしら事情があるってことか。わかった。それで場所は教えてもらえるの?」


 気にはなるが、それこそ会えばわかることなのだろう。その事情とやらを今聞き出そうとは思えない。

 本題はその女性に会えるのかどうかということだ。会ってきたことを星斗に自慢してやろうと思っていただけなのに大事になりそうだ。


「……いいだろう。白虎門の近くにある県立病院。そこの入院棟にいる。彼女の名前は夢月神奈(むつきかんな)。受付で難波の人間だと言えば通されるはずだ」


「ありがとう。夢月神奈さんだね。それじゃあ行ってみるよ」


 市で一番大きい病院だったのでさもありなん、といったところ。父さんにお礼を言って部屋を後にする。瑠姫と母さんに出かけることを伝えて、ゴンと一緒に式神に乗って県立病院に向かった。

 街の端の方まで式神使えば三十分で行けるんだから、タクシーなんて用いないわけだ。タクシーだともっとかかるし、金が勿体ない。これ地元だからできるんだけど。京都だと魑魅魍魎がいつでも湧いてるし、警邏隊やそもそも一般人の目線が多すぎて気安く式神なんて街の往来で使えない。

 やっぱり地元が一番だな。


 さすがに病院に直接乗りつけたら目立つので、その近くに降りてそこからは歩く。十階以上ある病棟が二棟ある大きな県立病院は緊急の患者が運ばれることが多い病院だ。ちなみに冬の例の事件で祐介が入院したのもこの病院。

 エントランスに向かって受付にいた女性に話しかける。祐介の時もそうだったが、面会許可証をもらわないと入院棟には入れない。


「すみません。面会を希望する者ですが」


「はい。どなたへの面会ですか?」


「夢月神奈さんです」


「夢月神奈さんですね。……身分証名書はありますか?」


 パソコンで検索したらきっと面会者は限定されているとかそういう規制があったのだろう。財布から学生証を出す。


「難波明さんですね。はい、大丈夫です。こちら面会許可証です。首から下げてください。あと、本日夢月さんの面会に香炉彩花(あやか)さんがいらしてますよ」


「彩花さんですか。ありがとうございます」


 星斗の妹さんで、たしか今高校三年生だ。家族ぐるみでお見舞いに行っているとも聞いていたが、結構頻繁に来ているのだろうか。

 彩花さん自体にはあまり会っていない。迎秋会に何回か来たことはあるので知ってはいるが、星斗のように陰陽術に秀でていたというわけでもなく、あの家は星斗がダメだったら妹には後継者を目指させないという方針だったはず。

 星斗が規格外に優秀だったから、少し歳の離れた妹にはそこまで無理はさせなかったのだろう。少し歳上のお姉さんという印象しかない。


「神奈さんのお部屋は903号室です。彩花さんは少し前に来られているので、もう病室にいると思いますよ」


「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」


 お辞儀をしてから入院棟に向かう。彩花さんがいることには驚いたが、いてもいなくても星斗の婚約者に会うという目的は変わらない。ホント、星斗に対する嫌がらせ程度だし。

 エレベーターに乗って九階で降りると、自販機の前に見知った人がいた。詳しくは知らないが、向こうもこっちのことを覚えてくれていたのだろう。目が合うとこちらに手を振ってきた。


「やっほー、明君。それともあたしの立場的には次期当主様って呼んだ方が良いかな?」


「いえ、そのままで大丈夫ですよ。彩花さん」


 星斗の妹とは思えない活発なお姉さんだ。でも目元とか星斗にそっくりだから兄妹だっていうのはわかる。彼女も今は夏休みなのだろう。


「明君がここに来たってことは、神奈お姉さまのお見舞い?」


「そうです。……お姉さま?」


「だって兄貴と結婚するならその内家族になる人じゃん?ならお姉さまって呼んでもいいかなって。それにあたしも一応いいところのお嬢様って思ってたけど、お姉さまは別格だよ?」


 お姉さま度合いが、だろうか。名家のお嬢様よりも気品でもあるんだろうか。それはまた気になる情報だ。


「ところで彩花さんは飲み物でも買ってたんですか?」


「そうそう。お姉さまが飲みたいーって。ずっと入院生活してるから自販機で売ってるような飲み物飲んだことないんだって。お医者様にも許可貰ってるし、自販機コンプリートするんだって意気込んでるよ」


 自販機に売ってる飲み物を飲んだことないだなんて、本当に入院生活が長くてまともな生活を送ってこられなかったのだろう。香炉家が甲斐甲斐しくなるのも、星斗が地元から出るのを嫌がったのもわかる気がした。

 そのまま彩花さんは飲み物を買って病室に案内してくれた。今回買ったのは無糖のブラックコーヒーの缶。いくらコンプリートしたいからって、入院女性にブラックコーヒーを飲ませるのはいかがなものか。




次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

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