2-2-2 帰省した先で
急に始まる術比べ。
気を取り直して。今日の目的は変わった日本についてどう感じているのかを聞くことだ。ヒヨリはどこかに行ってしまったが、ミツルには聞いてもいいだろう。
それとミツルは霊気こそ多いものの陰陽術は使えない。ヒヨリは使えるが、悪霊憑きだからって陰陽術が使えるかどうかはまた別問題だ。悪霊憑きは一般人と比べて霊気が多くなりがちだが、その霊気を使いこなせるかといわれたら人それぞれ。
悪霊憑きは陰陽術が使えないと憑いている存在を隠すことができない。そうなると白昼の元に晒されるので迫害されやすくなる。ヒヨリも隠していたのが集中力の乱れで解けてしまい、そこから迫害されてしまった。
悪霊憑きが迫害されるのは残念ながらよくあることだが、狐憑きが見つかるとかなり話題になる。父さんも星見でなるべく迫害される前に保護しようとしているが、それだけが仕事ではないために中々難しいのだとか。
俺も手伝ったけど、悪霊憑きを排除しようとする一般人の心情は本当に悪意だらけで吐き気がした。それに星見も完全ではないからなあ。俺も将来自分で狐憑きを保護できるように千里眼とか鍛えておかないと。
「話は変わるけど、ミツル。四月以降から何か変わったことはないか?実は陰陽術が使えるようになりましたとか、感覚が敏感になりましたとか」
「ああ、京都での例の事件からですね。陰陽術は相変わらず使えませんけど、たしかに色々なことに気付くようになりました。冬に明にぃが無茶して行った術式の時もそんな感覚があったけど、今は周りに大きな力が増え始めて不安、ですかね」
「不安……。その大きな力って、こういうの?」
ミクが意図的に抑えていた神気を少しだけ解放した。それを間近で感じ取ったミツルは数歩後ろに下がってしまう。
俺も幼い頃から銀郎や瑠姫、ゴンと一緒にいたからちょっとは神気を身体に含んでいるけど、ミクほどじゃない。ミクは霊気と神気の総量は半々くらい。その力にも慣れてきたようで最近では体調を崩したりしていない。
ミクが神気を抑えると、ミツルは頬に伝った汗を手で拭ってから小さく頷いた。
「……うん。それと似てると思う。今までは感じたことなかったけど、最近は結構感じることが多い。あと、大きな霊気もそうだし、狐のことも近くにいたらわかるようになった」
「やっぱり悪霊憑きなら影響を受けてるのか……。あとミツル、霊脈の収束点がどこにあるとかわかる?あと龍脈も」
「霊脈はなんとなく……。これも前は感じられなかったけど、あの事件以降狐憑きは皆感じ取れるようになってた。この街のは、市役所の辺りと、難波の本家でしょ?」
「そうそう。憑いてる狐が刺激されたのか……?」
やっぱり変化はミクだけではなく、全国の悪霊憑きに適応されているようだ。俺も似たようなものだからAさんが引き起こした事件の前よりも霊気とか増えてるし。
「じゃあ龍脈は?」
「龍脈はちょっと……。というか、この辺りにあるの?」
「……。うん、実はこの街の霊脈の下にある」
そうか知らなかったのか。実はここは、関東で東京を除く唯一の龍脈がある場所なのだ。京都には二つあったから特別感はないが、それでもここは他の霊地と比べても上質な土地だ。
呪術省が認める霊地一級地全てに霊脈があるわけではないが、被っているところもある。俺も直接行ったわけではないから感じたわけではないのだが、ゴンがこの前教えてくれた。天狐ともなれば俺たちでも感じ取れるものは感じ取れるらしい。
俺たちとミツルの差は陰陽術ができるかどうかだろうか。それとも憑いている狐の格の問題か。
その辺りも知りたいから陰陽術が使えるヒヨリにも聞きたいんだよな。ミツルに聞きたいことも終わったし、他の狐憑きの人にも聞くか。
そうして確認したいことを聞いて回ったが、ほとんどミツルが答えた内容と同じ答えしか返ってこなかった。ミクのように尻尾が増えた人もいないし、憑いている存在が九尾だったとわかるようなこともなかった。
この里にいる狐憑きは全員霊狐が憑いているようで、悪霊憑きの症状も急激に進行しているようではないということがわかった。それは喜ばしいことだ。Aさんのくれた資料でも読んだが、狐憑きはそこまで憑いている存在に侵されることはないらしい。
憑かれている人間側が強く望まなければ狐そのものになることは非常に少ないのだとか。これは他の悪霊憑きとは大きく異なる。他の悪霊憑きは症状が進行すれば人間としての理性をなくし、そのまま妖へと変貌して本能のまま暴れ回る。こういうことから悪霊憑きは迫害されるが、狐が暴れたという事件は平安が終わってこの一千年間、驚くほど少ない。
難波の資料を見る限り、狐が起こした事件は十件ほどだ。それを偽る理由がないのだから信じてもいいだろう。というか、偽ったらゴンに天罰を喰らいそうだ。狐自体が人間から迫害されてきたために、表立って大きな事はしなかったのだろうけど。
あとはヒヨリに話を聞くだけ。さすがにいなくなってから時間が結構経っているので探しに行こうとしたら、森の奥の方からヒヨリが走って出てきた。ミクの前で急停止して踏ん反り返りながら、こう宣言した。
「珠希ちゃん、私と陰陽術で勝負です!賭けるのはおにぃちゃんの彼女の座!」
「え?いやいや、ヒヨリ。いくらなんでもそれは……」
「明にぃ。やらせてあげようよ。……うん、現実を見るのは大事だよ」
止めようと思ったらミツルにその行動を止められてしまった。やけに真剣に言うものだから仲裁できなかった。
その挑戦状を叩きつけられた方のミクはとても嬉しそうに、にこやかに頷いていた。
「いいですよ。その勝負受けます!」
「タマ⁉」
そこは大人として断れよ!自分の実力わかってるのか?霊気だけならおそらく陰陽師として最強のAさんを超えている。それはつまり、大規模術式の打ち合いになれば出力の差でミクが勝つということだ。
一分野でも日本最強の人物に勝てるミクがいくら狐憑きとはいえまともに学校にも通わず陰陽術の基礎的なものしか習っていないヒヨリと戦うなんて、やる前から結果が見えている。むしろヒヨリが怪我しないかどうかが心配だ。
だからやる意味がないと思っていたのに、二人は既にやる気満々だ。どこから見ていたのか、父さんが審判を買って出るという。いや、ヒヨリを差し向けたのは父さんだな?どういう目的か知らないけど。
二人が術比べをするということで、里にいた全員が集まって成り行きを見守る。今回は術比べに何か分野の制限をつけるわけでもなく、何でもありとしていた。式神とかにしちゃうとミクは本当に手が付けられないからな。
「それでは那須珠希とヒヨリによる術比べ、開始」
「水流弾け、急々如律令!」
「SIN!」
明らかにミクはヒヨリの術式を見てから術式を発動させた。詠唱速度的にそれで間に合うから、実力差があるとよくやる手段だ。相手の術式がわかったら、それと相性のいい術式を使えば撃ち負けることはない。
今もヒヨリは水柱を呪符から出して一直線にミクへ飛ばしたが、ミクは白い岩の塊を産み出して防いでいた。込められた霊気を見ればわかるが、単発の術式であの岩を貫ける人が陰陽師でどれだけいるだろうか。
妖でも力自慢でなければ破れない気がする。伊吹ならギリギリいけるかどうかといったところか。そんな物を単音の術式で出せてしまうミクの成長度合いがヤバい。
「ムー!降り注げ、狐火焔!」
「じゃあ、狐火焔」
おお、使い手の少ない狐火を再現した術式。呪術省によって一応攻撃術式として登録されているが、例の如く狐に対する偏見からそこまで高位の術式にされていないものだ。鬼火と火力自体は変わらないのに。
お互いに蒼い炎を放つが、込めた霊気の差からミクの炎が勝つ。その炎がヒヨリを襲わないように、力加減をして消していたが。
「ムムムム!お小遣い全部はたいて買ってもらった呪符で奥の手です!三叉路から来たれ、狐の業火!狐火焔・三連!」
三つの呪符を同時に使って、さっきの狐火焔を三連発する高等術式だ。まさかヒヨリが使えるなんてなあ。霊気の消費が激しいから、実力者でも三連とかあまりしないのに。
まあ、実力者でもやらないとは言っても、霊気が尋常ではない人はそれを牽制程度で使うけど。姫さんとかマユさんとか。
それは俺やミクも例外ではなくて。
「狐火焔・五連!」
ミクは一枚の呪符で五連を使ってしまった。呪符はあくまで術者の補助道具なので、使わなくても術式を理解していれば使うことができる。一々呪符を使わずに式神を呼ぶことと同じだ。
三連を使う際はプロでも呪符は三枚使う。使わないのは五神や姫さんくらいだろう。そんな五神でも、五連なんて使う時はさすがに三枚くらい使う。
それを今ミクはたった一枚の呪符で五連を使って見せた。たとえ威力を調整していたとしても、マルチタスクができないとまともに発動もしない高難易度術式だ。俺でもできない。さすが霊気の量は日本一。
三連分はヒヨリの炎を打ち消して、あとの二連分はヒヨリの目の前の地面に着弾する。軽く地面が爆発したので、その振動に驚いてヒヨリは腰を着いてしまった。
「ここまでだな。勝者、那須珠希」
「Vです、ヒヨリちゃん!これで明くんはわたしのものです」
「くやしい~!」
というか、何故俺が景品だったんだ。普通二人の男が一人の女性をかけて決闘するとかなら聞いたことあるけど、男を巡って二人の女の子が決闘するって。修羅場になるのならわかるけど、何故それが術比べに発展した。
この勝敗に関わらず、ミクと別れるつもりはなかったけど。そこまでしてミクは俺の彼女だって主張したかったのだろうか。
この後もヒヨリに話を聞いて、結局皆似たり寄ったりの感じ方だった。それでも収穫がなかったわけではなかったので良かったが。
帰る時にまたヒヨリが抱き着いてきて、「珠希ちゃんに奪われたのがくやしい~!」と泣きついてきたことには困ったが、ミクは彼女としての余裕からか、後ろで微笑ましく眺めていただけだった。
その余裕を術比べの前に表にしてほしかったが、何を言われるかわからなかったので俺は口を閉じていた。
次も三日後に投稿します。
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