2-2-1 帰省した先で
地元のとある場所へ。
大将のお店に行った次の日。俺たちは珍しく車で出掛けていた。車を運転しているのは父さん。一緒に向かっているのは俺とミクとゴン、銀郎だけ。瑠姫は例によってお留守番だ。
昨日のうちに行きたい場所を父さんに伝えておいたら父さんも行くということで車を出してもらった。式神に乗っていくつもりだったのだが、車を出してくれるというのなら甘えて乗せてもらう。
車の運転なんて本来名家の当主が自らやることではないのだが、式神に運転免許を取らせることができないので使用人が式神しかいない我が家では本人が運転するしかないのだ。本人も運転が好きそうなので問題はなさそうだが。
普通名家といえば専属の運転手を雇ったり、タクシーを使ったりするものなのだが、産まれてこの方タクシーなんて使ったことはない。式神で車ぐらいの速度が出せて快適な空を行けるのに、金を払ってまでタクシーを使う意味が分からない。
向かっている場所は車で家から三十分ほど離れた場所。とある山の中にある里だ。実はその里、全て難波家の私有地であり、人も住んでいるが市民権などは持っていない人々が住んでいる。というより迫害されて行方不明になっている人たちだ。
その場所には俺一人で行ったり、ミクを連れていくことはあっても、身内以外は絶対に入れたことがなかった。分家の人間ですら来たことがある人間はごく少数。存在すら知らない人も多い。祐介も連れて来たことはなかった。
山の中に入った辺りで方陣と認識阻害の結界が発動する。正しい道筋を知っていなければ道に迷って結局山下に出てしまうというもの。これのおかげで他の人々を侵入させたことはないが、迷いの森としてちょっとした不思議スポットになっている。陰陽師でも誤魔化せる優秀な方陣と結界なので、Aさんたち以外ならどうにでもできるだろう。
山道を登っていって、開けた場所に出る。その場所は小さな集落で、家も五つしかない村とも言えないような場所。畑もそこそこあるが、こんな山奥であっても電線は通っているし、ネットもできるのだとか。
隔離させている以上、不自由のない暮らしをしてもらいたい。そのため色々していった結果、見た目とは反して中々に住みやすい場所なのだとか。自給自足ではないけど、畑などの農作業を少しはやってもらわないといけないのは心苦しい。
父さんは車を止めてこの里のまとめ役がいる場所へ向かった。俺たちは誰でも良いから話を聞こうとすると、向こうから一人走って近寄ってきた。
「おにいちゃーーん!とーぅ!」
「おっと」
走ってきた勢いのまま飛び込んできたので、頭を痛めないように優しく受け止めてあげる。元気そうで何よりだ。年頃的に外に出て遊びたいだろうに、そんな我が儘を言ったりはしない。いや、俺がいない所で言っているのかもしれないけど。
「元気にしてたか?ヒヨリ」
「うん、元気だった!うわー、久しぶりのおにいちゃんだー」
頭をぐりぐり俺のお腹に押し付けてくる少女、ヒヨリ。俺が難波家の次期当主だからか凄い懐いてくれている。こういう小さい子に懐かれるのは悪い気はしない。
後ろのミクの霊気が少し大きくなっている気がするけど、振り向いたら駄目な気がする。
ヒヨリは狐憑きだ。今も尻尾と耳を隠していない。ミクのように霊気が尋常なほどあるわけでもないから髪と瞳の色は黒だが、狐憑きということで過去に迫害されたことのある子だ。
数年前にウチで保護して以来ここに住んでもらっている。外に出たがらないのはそういう迫害の記憶もあるからだろう。ここでなら狐憑きとして気にせずに暮らせる。ここにいるのは狐憑きか、その家族だけなのだから。
この里は難波が保護している狐憑きの里だ。最近知ったのだが、裏の住民だったり、表の住民でもそこそこの名家だったりすると悪霊憑きや妖、土地神を保護している家は結構多いのだとか。ウチが狐憑きの保護をしているのは納得だとか。
悪霊憑きは人間だし、土地神は神様なのだから保護してもおかしくはないが、妖を保護している家はどういうことかと問われることもある。ウチでは妖は保護していないが、そもそも妖とは意志を持つ、神とは違う異形のことだ。
鬼のように人間に被害をもたらす存在もいれば、座敷童のような神には及ばずとも人に利益をもたらす存在もいる。妖という言葉だけで敵対してはいけない存在だ。妖の中には人間にも有効的な存在だったり、人間に害を為さない存在だったりすれば名家が保護している可能性もあるのだ。
ヒヨリを追いかけてきたのか、もう一人の狐憑きの少年がこちらに近寄ってくる。ヒヨリと同じく黒髪黒目で、やはり狐憑き。ヒヨリが十歳ぐらいで、その少年は十二歳ぐらいだ。
「明にぃ、珠希ちゃんこんにちは。今日は遊びに来たの?」
「ミツルも久しぶり。まあ、遊びというか話を聞きに来たというか……。色々と日本も変わったから、それについてどう感じてるのかなあって」
「いくらでも話します!……あ、珠希ちゃんもいたんだぁ。ごめんね?小さいから気付かなかったよ」
「こら、ヒヨリ。珠希ちゃんヒヨリより大きいじゃないか。何でそんなに珠希ちゃんの事嫌うわけ?」
「ふん」
これがヒヨリの困ったところで、何でかミクのことが嫌いらしい。同じ狐憑きなんだし女の子同士だし仲良くなれないかなあ。
そう考えながらヒヨリのことを離すと、後ろからちょっと怖い笑い声が聞こえてきた。
「ふふ……フフフ……。そんな態度で居られるのは今の内です、ヒヨリさん。ヒヨリさんが聞いて驚くようなことを教えちゃいます!」
「……なに?」
「なんと!わたしと明くんは少し前から付き合っているのです!」
あ、それ言うんだ。腕にしがみついてくるミク可愛い。別に誰にも聞かれなかったから誰かに教えたこともないけど、まさか教える最初の子がヒヨリたちとはなあ。
でもそれをヒヨリに言ってどうするんだ?ミツルはふうんって顔をしているだけだし、ヒヨリは……何故か茫然としている。
「え、ウソ……。珠希ちゃんが、おにぃちゃんと……?」
「そうです!五月の中旬くらいから付き合い始めました。それに嬉しいことに一目惚れだったと告白してくれました!」
ちょっ、ミク。そんな告白の内容をこんな小さい子に伝えるんじゃない。恥ずかしいじゃないか。ミツルの顔から熱が冷めていくのがわかる。こっちに向ける目線が冷たい物だってわかるから。
そうですー。六歳から好きだったのに勘違いして、関係性壊したくなくて九年間告白しなかった情けない次期当主ですよ。小さい子に蔑まれるような目線を向けられるのは本当にツライ。
「そ、そんなの一時的だもん!私が大きくなったら珠希ちゃんから奪うんだから!」
「あ、わたしたち御当主様やわたしの両親から認められている婚約者同士です。つまり!結婚も家族の同意があるのです!」
「…………………………うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
ガチ泣きだ!ガチ泣きしながらヒヨリがどこかに猛スピードで去ってしまった。話聞きたかったんだけどな。しょうがない、後で聞こう。
「……明にぃ、ヒヨリがにぃのこと好きだったの気付いてなかったでしょ?」
「いや、まあ……。好かれてるなあとは思ってたけど、あくまで次期当主だからとか、お兄さん的な意味かと……」
「だから御当主様にも呆れられるんです。ミツルくん、聞いてくださいよ。わたしの気持ちも明くんはあくまで分家の子が思ってる程度だと思ってたんですよ?」
「うわぁ……。僕やヒヨリですらわかってたのに。そうやってどれだけの女の子を泣かせてきたんですか?」
「……父さんの言葉もあるし、本当に無自覚に傷付けてきたのかもしれない……。反省します」
「周りから見れば、明にぃが珠希ちゃんのことを好きなのも丸わかりだったんだけどね」
好きな人がいたから他の女の子に目移りしなかったということにしてくれないだろうか。たぶんしてくれないよな。
年下のミツルのフォローがここまで心に刺さるとは思わなかった。ヒヨリもごめん。でもわからないって。好かれる意味もわからないし。
これも俺がズレているからだろうか。
次も三日後に投稿します。
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