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エピローグ 1

事件の終幕。



 大天狗は京都に(そび)え立つ二対の塔へひた進む。どんな戦力でも彼らを止められないと薄々わかったのか、挑んでくる愚か者はいなかった。大天狗の他にも周りにはニ十体の天狗がいて、手を出した途端殺されると判断したからだろう。

 また、この消極的な行動にはマユと西郷が近くにいる陰陽師へ簡易式神を飛ばして抑制していたという理由がある。明たちが大天狗に負けたのを見て、玄武が誰も勝てないと断言したのを聞いて無駄な犠牲を出さないように撤退を始めたからだ。


 朱雀と青竜、それに大峰はまだ天狗たちと戦っていたが、本丸たる大天狗に近付くのは拒まれているようでなかなか近づけなかった。星斗たちは近くに負傷者が多すぎると救助活動に行くといって戦線を離脱。ビルの倒壊に巻き込まれた人などもいたので、人間としてその判断は間違っていないだろう。

 呪術省の目前まで隊を進めた大天狗たちの様子を、泊まっている宿の屋上でAたちが眺めていた。自分たちの協力者やこの場所にはすでにAが方陣を組んでいて、被害は一切出ていなかった。そのため余裕の観戦である。


『明もイイとこまでは頑張ったんだけどな~。大天狗相手じゃアレが限度か』


『自滅しといてイイもクソもないだろ。途中までは評価してやるが、味方の攻撃の余波で身体が崩壊しかけるって、どんなマヌケだよ』


「退魔の力というのはそれだけ効力がはっきりしているということだ。私もアウト。姫以外は全滅しかねない、私たちへの絶対なる審判の力だ。アレは人類守護の天秤だよ。しかし、いささか魔の判断要素が大雑把な気はするが」


 各々感想を述べるが、総評としてはまだまだといったところだ。今回むしろ注目すべきは桑名と白虎だ。退魔の力の有用性を再認識したのはもちろん、玄武に続いて白虎まで本体が出てきているとは思わなかった。

 姫という脅威を示して、玄武もいるのだから誰かしら味方を呼ぶだろうと思っていたが、まさか人間ではなく妖を選ぶとは思わなかった。それほどまでに朱雀と青竜が無能ということか。


「それにしてもええの?呪術省、大天狗様に滅ぼされてしまうで?」


「ん?ああ、問題ない。そうか、姫は知らなかったな。私程度ならまだ人間の範疇に収まるが、外道丸や伊吹ほどの魔であれば反応する。襲うという意思がなく忍び込むだけなら問題ないんだが……」


「は?もしかして呪術省の近くに反抗術式が込められてるって言うの?一体誰が?」


「見ればわかる」


 姫が呪術省の方へ視線を戻すと、呪術省を中心に光が放たれていた。その光を確認するために姫は空を飛んで、上からその術式を把握しようとした。呪術省の周りはおろか、周辺の土地も含んで広がるその術式は五点に光の柱が立ち上がっていて、それぞれを線で結ぶ五芒星を構築していた。

 五芒星というものは安倍晴明を象徴するもので、晴明が産み出した一つの法則、陰陽術の始まりであり頂でもある。この五芒星を司った術式はどれも高難易度のものばかりで、呪術省でも最高術式に認定されている。

 そして、京都の龍脈を把握している姫だからこそ分かった。この術式には姫が掌握していない方の龍脈が使われていると。


 その五芒星が一層明るい光を放った。術式が完成したようだ。その術式を描く五芒星が地上から浮き上がって呪術省省庁の屋上をも越えていき、空の途中で五芒星を形成する円は止まった。

 その五芒星からはとてつもない神気が溢れ出ていた。その量と質だけを見ると、大天狗にも匹敵するほど。その術式は反抗術式として式神召喚が込められているものだった。

 そしてその存在が現れようとしている時、姫は疎外感を覚える。急に誰かとの繋がりが弱くなってしまったかのような、そんな悲しみが全身の穴という穴を貫いてくるような錯覚すら感じてしまう。

 同じく空を飛んできたAの袖を掴んでしまったほどだ。


「姫。それは一時的なものだ。君は悪くない」


 そしてそのまま術式は発動する。大天狗も何が出てくるのか楽しみにしているのか、邪魔をしようとしない。

 その五芒星から現れたのは。


「……フフ、やってくれた。いやいや、なんてことしてくれるん、あの子は。契約権があるのはわかっとったけど、この地にもいないのに反抗術式として用意しとく?」


「な?アレを見れば現代陰陽師で誰が最強かなんて議論する必要もないだろう?」


 その姿は最近、動画などで確認も取れる存在。神秘的な、そしてその存在を使役できる者は世間的には二人しかいなかった。そのはずなのに。

 現れた存在は麒麟。しかも本体。先ほど姫が感じた疎外感は、麒麟との契約が一時的に弱まって使役権が移ってしまったために感じたもの。

 こんなことができる人間は現在の麒麟たる大峰ではない。姫もやっていないとなると、できる人間はただ一人。


「先代麒麟はなんてものを残しておくねん……。地元が京都やったっけ?」


「たしかそうだな。父親も住んでいるんだし、何かあった時のための保険だろう」


 今は京都におらず、Aが認める最強の陰陽師。星見でもあるため、この事態も見込んでいたのかもしれない。

 そして、この状況でせせら笑うA。


「いやあ、大天狗様には悪いことをしたが、これで堂々と私や外道丸たちで呪術省へ攻め込める。アレを発動されたら外道丸たちでも大変だからな。そもそもあの術式を発動させるには外道丸たちほどの妖か、神ほどの脅威が必要だった。これで懸念事項が一つ消えた」


「まさかここまで織り込み済みだったん?」


「もちろん。そのために大天狗様に直談判にも行ったし、あの術式も存分に研究させてもらったさ。後で大目玉を喰らうだろうがな」


 Aは星見でこの状況を詠んでいたとはいえ、ここに流れ着くまで状況を整える必要があった。やれることはしてきたし、ここまで辿り着いたことには肩の荷が下りたような気分だった。

 なにせAの星見の精度はあまりよろしくない。千里眼ならそのまま現実を見ているだけだから問題はないのだが、Aには星見の精度がよろしくないという自覚がある。星見の詠み間違えは何度もしたし、姫のことは詠めすらしなかった。

 だから今回の星詠みはそのようになるように自分からかなり動いた。結果、自分の目論見が達成できたので満足だった。だが、この後大天狗からの追及をどうしようかと頭も悩ませていたが。


「フフフ……フハハハハハ!これがあ奴の見せたかったものか!()い、実に好い!術者が離れておるのに、ここまでの精度で麒麟を呼ぶとはのう‼……うむ。人間にはまだ面白い才能が残っておる。まだ開花しておらぬだけの者もたくさんおるのだろう。よかろう!この麒麟に免じて、此度我らは退こうではないか。だが、これ以上の負債が見て取れたのであれば儂ら以外にもまた襲いに来るじゃろう。皆のもの、撤退じゃ!……だが、置き土産くらいはやっておこう」


 大天狗は高笑いをした後、背中にかけられた大団扇を取り出す。そして一振り、大きく団扇を振った。

 すると、雲一つなかった幾星霜の星天(せいてん)が突如陰りを見せ始めて、京都中が黒い雲がかかり始める。それが広まるのも一瞬で、すぐに豪雨と雷が吹き荒れる。今日は天気予報的に雨は全く降る予定がなかった。だというのに団扇を振るっただけで天候を変え、どこにもなかった雲を産み出していた。

 それを見ながら天狗たちは撤退を始める。天に昇るように消えていく天狗の軍団は、まさしく神話の一ページのような光景だった。


 その光景を召喚された麒麟は雨に打たれながら眺めていた。麒麟は天狗たちが帰っていくのを確認してから消えていき、残されたのは天狗たちのもたらした破壊痕と台風にも似た嵐だけ。

 この嵐は一週間ずっと、京都を覆い消えることはなかった。陰陽術という概念、自然学からしてもおかしな、無から有を産み出すという行為に日本中が頭を抱えることとなる。

 気付いていた者以外がようやく思い知る。こんな陰陽術ではとてもできやしない現象を引き起こした存在の正体を。


 神の恩恵を再び受けられるようになった時代に変わったというのに、人間側から神と(たもと)を分かつことになったという失態に、呪術省は日本政府から非難されるようになる。

 結果として、神への信仰はそれまで以上に増えることになる。神からの神罰を畏れたからこそ、祈る。

 この結果を持ってAは大天狗からの罰を逃れていた。神にも利する結果を持って、今回の不敬は許されたが、次はないと宣言される。


 日本は再び神代の時代へ逆巻くような変遷を辿るが、人間の生活はよくならなかった。恐怖からの信仰では神は動かない。純粋な敬意を持った信仰ではなければ権能を人間に用いるということはしない。



 人間は再び、選択を間違えた。まるで歴史を繰り返すように。



 まるでここは、何もかもを繰り返す神々の創った箱庭のように。




次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

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