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4-3-2 神と人間

もう一度禁術を。


 人間全てが善とは言わない。だが、同じように呪術省も悪だけではないとも言いたい。全国の陰陽師を統率している機関だし、なくなればそれなりに困ることもあるだろう。潰れてもいいとは思っているが。

 それに京都を更地にするってことは、宇迦様の社もたぶん消し飛ぶってことだし。京都で暮らし始めて一か月くらいだけど、ここで出会った人たちの中でも消えてほしくない人たちはいる。俺の感傷なのかもしれないけど、俺の言動で守れる人がいるのなら守りたい。さすがに京都市民全員はやり過ぎだと思うし。


「なるほど。正しく調停をしている者からすれば今回のようなことは少々目を瞑れないのか。お主たちが日ノ本の平定をせぬか?」


「表舞台に立つのは厳しいでしょう。表も裏も見張れる、今の立ち位置が相応しいかと。日ノ本に生きているのは人間だけではありませんから」


「その発言を聞くに、やはり呪術省が表の顔というのは間違っていそうだがな?……ふむ。では呪術省を潰す。その過程で少し人間も減らそう。これならどうだ?」


「あなた方の邪魔をするのなら致し方ないでしょう。ですが、無抵抗な人間はやめていただきたいのです。神の御力は、人間の目には強大に映りすぎますから」


 この辺りが妥協点だろう。呪術省の言いなりになって死ぬ陰陽師までは庇えない。さすがに大天狗様を見て陰陽術も使えない一般人が攻撃したりしないだろうから、大天狗様を鎮めるために呪術省には犠牲になってもらおう。

 むしろ俺たちが呪術省へ向かう大天狗様たちの誘導を買って出る?そうすればプロも手が出しづらいような気がするけど。


「……あいわかった。その上で儂がAの掌の上で転がされているということもな。あ奴め、これを目の当たりにして、儂を踏み台にしおった」


「え?Aさん?」


 何故そこでその名前が出てくる?知り合いなのはいっそ気にならないけど、これまでの会話で何でAさんの掌で転がされていることになるんだ?

 俺が呪術省を潰す方へ誘導したから?Aさんは呪術省を潰そうとはしていたけど、それは本人たちだけでできる。わざわざ大天狗様を利用してまでやる事とは思えない。

 他に何か目的があった?だとすれば何が。俺との会話で分かるようなことなんてあったか?


「業腹じゃが、もう少しあ奴の台本通りに進めてやるかのう。明よ。儂らはお主たち橋渡しにこそ、存在を証明するためにお主と争おう。安心せい。殺しはせぬ。だが、運が悪ければ長い間寝込むことになるじゃろう」


「……私が貴方の前に来た時点で、争いは避けられなかったと?」


「そうじゃのう。全てAの筋書き通りじゃ。あの者と縁を結んでしまったことを恨むがよい」


 相手がそう決めてしまったのであれば、これ以上話していても結論は変わらないだろう。むしろぐずついていると命すら保証されないかもしれない。すでに攻撃は仕掛けてしまったのだから、新生は避けられなかったってことだ。

 ゴンも銀郎も、今は戦闘準備に移っている。でも、桑名先輩には言っておかないと。


「すみません、先輩。交渉は失敗してしまいました。死にはしないみたいですけど、死ぬ目に遭うと思います」


「わかりきってたことだよ。しょうがない。……さっきから出てくるAって人物は誰だい?もしかしてこの前の事件の首謀者?」


「はい。天海内裏を名乗っていた人物ですよ。何故か目をつけられていまして。あの人が今回も裏にいるみたいです」


「とんでもない御仁だね。……それにしても、仲が良いとは思ってたけど、那須さんとは恋人だったのかい?」


「いえ、付き合っていませんよ。でも、好きです。ちょっと乗り越えないといけない壁が多くて」


 聞かれていたのは仕方がない。でもミクと付き合うには解決すべき問題が多々ある。そもそもミクは俺のことどう思っているんだろうか。周りにせっつかれているだけで、俺のことは何とも思っていないのかもしれないし。

 まあ、こんな考え事も無事に帰ってからだけど。


「桑名先輩。ゴンを強化するためにある禁術を使います。だから禁術を使うことを見過ごしてほしいのと、俺が術式を発動している間守ってほしいんですが、お願いできますか?」


「禁術って……。それは危ない術式じゃないのかい?」


「危険な術式ではないですよ。ただ霊狐を呼び出す術式だから呪術省からは禁術指定を喰らっているだけです。誰にも危険は及びませんよ」


「わかった。じゃあ、その術式を使ってくれ」


『明、ここは京都だが、できるんだな?』


 ゴンが聞いてくる。式神降霊三式は地元でしか使ったことがない。それほど地元の土地柄と霊脈が俺の波長に合っていたってことだろうけど。あっちで三回ほど使っていて失敗したことはないけど、こっちで試すのは初めてだ。成功する保証はない。

 地元で成功できたのも、俺が次期当主として内定していて、あの場所の霊脈を理解していたからだ。京都は霊脈が広すぎるというか強大すぎるというか、いまだに理解できていない。そんな状態で使って大丈夫なのかという質問だ。


 だけど、現状でゴンも銀郎も決定打を打てない。そうしたらゴンを強化して、どうにか格を大天狗様に近付けないと何にもならないだろう。それこそ一蹴されておしまい。そんなあっけなくやられたら、後はどうなるか。

 全力を尽くさなかったら大天狗様にはバレてしまうだろう。尽くさずに機嫌を悪くさせるよりは、失敗してでも全力で取り組んだ方が良い。


「ああ、やってみせる」


「難波くん。僕にも一つ奥の手がある。ゴン様と銀郎様で隙を作ってくれれば僕がその術式を使ってみる。それも通じなかったら、潔く降参しよう」


「ですね。じゃあ、最初の時間稼ぎ、お願いします」


 ゴンと銀郎が突っ込む。桑名先輩も呪符を取り出して術式を使う。やはり周りの天狗たちは一切手を出さず、状況を見守っているだけのようだ。

 これなら、長時間かかる詠唱も邪魔されることはないだろう。

 懐から、上質な紙で出来た長い紙を取り出す。それを広げ、この辺りの霊脈を感じ取りながらそこに書かれている内容を読み上げていく。


「難波家四十八代目当主、難波明が奉る──。今は眠りし建国の祖を父に持ちし高天原(たかあまのはら)を統べる太陽神へ捧ぐ、全ての生きとし生ける者の母よ。貴女様の一助として、日ノ本の豊穣を願わくば、我が身は僭越ながら巫女(イチコ)の真似事を御覧(ごろう)じろう。対価は我が身のささやかなる神気。若輩なる身では禊もできませぬ。貴女様の真名をお借りして、眷属の手助けをここに。──式神降霊三式!」


 祝詞を言い終えると、持っていた紙が燃えて消えてなくなる。そのまま俺を中心にして呼びかけるための霊気が広がる。探し出すのは周囲にいる霊狐。地元にいる時はどこまでも広がっていきそうな勢いがあったが、今はそこまでの広がりが感じられない。

 精々が京都市の周りぐらい。だが、京都は狐を嫌っている文化がそれなりに残っているし、仇敵である呪術省の総本山がある場所なため、伏見稲荷大社があってもそこまで狐がいない。せめて京都府くらいには範囲を広げようとしたが、霊気不足かそこまで広がっていかなかった。


 地元で行った時はそれこそ日本中に広がっていくような感覚があったのに。術式が安定しない。一気に霊気が持っていかれて身体の制御もできない。術式を使ってゴンを強化するどころじゃない。

 ミクを守らないといけないのに。ミクだけじゃない。このまま呪術省に関わりのある人間全てを排除するというのなら、五神のマユさんや大峰さん、それに星斗たちも殺されてしまうかもしれない。

 それはダメだ。人間が全てとは言わないが、人間が全ていなくなるのも間違っている。それに俺やミクだって、少し特殊だけど紛れもない人間だ。嫌悪することもあれど、同時に守りたい心もある。

 この二律背反の気持ちがあってこそ俺だというのに。それを証明するためにこの術式を発動させて維持しなければならないのに。


 何が足りないのか。霊気か。心か。場所か。相手か。それとも──ミクが隣にいないからか。

 それでも集まってくれる霊狐はいた。だが、数が圧倒的に足りない。今視界に入るのは数十体程度。この程度では、消耗した霊気に釣り合わない。

 そう思っていると、俺の身体に光が降り注ぐ。その光は膨大な神気が込められていたのか、さっきまでの不安定さが嘘のように直されて安定し、範囲も広がっていく。

 ああ、これなら。京都府と言わず、近畿中の狐を呼び出すことができる。


「気張りや、ハル」


「……ありがとうございます、宇迦様」


 そのまま霊気を放出して狐を呼び出す。どんどんと狐が集まってきて、ゴンや俺に霊気を与えてくれた。使っていた分の霊気など悠に回収し終わり、むしろ満ち溢れているくらいだった。

 この術式を見ていた大天狗様は見たことのない術式だったのか興味津々で眺めていたが、この術式を助けるために宇迦様が神気を俺に与えてくださったことに関しては顔を歪めていた。同じ神として、自分の行動を邪魔されたかのようで気に喰わなかったのだろう。


「ゴン!」


『ああ!』


「『不敬とわかりし太古の岩戸よ!今一時、再び彼の者を封じる檻と為れ!五条岩牢(ごじょうがんろう)!』」


 俺とゴンの合わせ術式で大天狗様の周りに大きな岩でできた牢獄を五つ作る。それが合わさって、いくら大天狗様でも少しの間は出て来られないはずだ。


「桑名先輩!」


「任された!」


次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

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