4-1-3 嵐の中でも、突き進む
四人一組結成。
香炉星斗は、突然の京都への異動に内心キレていた。
自分の実力が認められていることも良い。自分たちの元締めである本家の当主難波康平に推薦されたということも、分家の身からすれば光栄なことだ。
京都、というか日本中が危険な状態になっているのは知っている。だからこそ、一級の霊地である地元を、高校に通うために離れている次期当主のために守ろうとしていたのに。
星斗は明に次期当主を決めるための術比べで負けたとはいえ、明を恨むようなことはなかった。高校を京都にして、同年代に本物の天才に出会って自分は凡才と気付けたから。明と珠希はその天才たちと同じ土俵に立っているとわかったから。
たとえ自分が四神候補として確保されていても、所詮は候補で本当になった人間の足元にも及ばないとわかっている。
そんな自分が京都に来る意味はあったのかと思う。本家を除けば、星斗は難波家の最大戦力だ。その本家も、双璧を為す最強式神は明にくっついていって本家を離れている始末。今は圧倒的に、地元の戦力が足りないのだ。
だというのに、康平は京都への出向を許可した。京都に来る前に面会できたために話し合ったが、地元の防衛は気にしなくても良いということだった。京都に来てから何度も地元の様子を確認しているが、実際大きな被害は一切出ていないらしい。
どうにかして守っているのか、それとも星斗が知らないような戦力があるのか。そこまでは定かではないが、一級地にしては被害が出ていない。それは安心できる。
ではなぜ、星斗は京都に来たことに対してそこまでキレているのか。
ただ単に、結婚を約束している彼女と離れ離れで暮らすことになったからだ。
星斗は地元を離れることはないだろうと思っていたので、地元の彼女とはよい関係を作ってきたし、田舎で暮らすことについて何も反対はされなかった。
それに危険な京都へ、陰陽師でもない彼女を連れてくることは星斗自身が拒否した。毎日のように魑魅魍魎の大きな騒動が起きている場所へ、ひ弱な彼女を連れてくることなんてできない。
あと、彼女はとても身体が弱い。身体が弱すぎてずっと入院しているほどだ。過去の事件のせいで霊的障害を負い、一日に動けるのは三十分程度の簡単な散歩だけ。あとはほぼ寝たきりの彼女だが、星斗はそんな彼女を愛していた。たとえ子どもが産めない身体でも、そんな彼女と一生を添い遂げたいと思っていた。
家の跡取りがいなくなりかねない事で、しかも香炉家は難波の分家の中でも有数の名家だ。そこの嫡男が子どもを産めない女性と一緒になることに両親が反対すると思うだろうが、全く反対されなかった。
跡取りは、星斗の妹に産んでもらえばいいと。この時ばかりは妹がいて星斗は本気で感謝した。妹がいなかったら頑なに首を縦に振ってくれなかっただろうから。
むしろその彼女のことを家族ぐるみでお見舞いに行っている。それほど良好な仲にまでなっていた。
だからこそ、いくら本家の当主の命令とはいえ京都に来ることになってキレていたのだ。星斗はもう地元を離れるつもりはなかった。難波家の分家として、本家を支えようと自分の一生を定めたつもりだったのに。
幸い、妹から定期連絡で彼女の状況は伝わってくるので今のところは問題ない。あと御当主も彼女に何かあれば地元へ帰ってきてもいいという風に呪術省と交渉していた。たとえ緊急時でもこちらが優先だと、それを守れなければ星斗を京都に送らないと脅した。その結果、その脅しに屈して星斗は京都にいる。
星斗は京都に来てから心ここにあらずといった感じだった。彼女のことが心配すぎて、任務や明との電話なども全く集中していなかった。だが、その上で任務は完璧にこなしていたし、明との会話でもボロは出していなかった。京都で初めて会った人間は今の姿こそが星斗の素なのだろうと思うほど。
キレていても仕事を冷静に行えるのは褒めるべきことなのだろうが、いつまでもキレているのは大人として情けない。それに今は緊急時なのだから、是非もないことだった。
そんな星斗も、街を警邏している途中で大天狗の宣言を聞いた。その後すぐに呪術省本部から現場に向かうように言われたので向かったが、向かう途中で分かってしまった。
「いや、無理だろ」
相手の力量。それは九年前に対峙した神の一柱と何ら変わらない。それが複数どころか、百を超える数がいる。
星斗も難波家の一員であり、しかも次期当主筆頭だったために神気についてはかなり敏感だった。明ほどではないがゴンともかなり長く付き合いがあったことと、地元の一級の霊地が故に感受性が豊かになっていた。
だからこそ、他の、ただの陰陽師が気付かないことに気付いてしまったのだが。
星斗の前提として、いやこれは人間の本能として死にたくはない。これが難波本家を守る戦いや、地元への侵略者などであったら実力差など無視して戦いを挑んだだろう。それだけ星斗は自分の生まれ育った土地と家を愛していた。本家への愛もあった。
だがこれは呪術省に仕掛けられた戦争で。状況を聞く限り宣言の後、静観していた天狗たちに攻撃を仕掛けたのも呪術省の指示で。
しかもその呪術省の親玉の息子が、十中八九地元で蟲毒を引き起こした犯人で。
相手は魑魅魍魎でもなく、妖でもなく、神様。
戦いを挑む気力が一切湧いてこなかった。
「後方で逃げ遅れた人たちを助けてましたってことで、どうにかなんないかな……。神様に喧嘩売るとか、罰当たりにもほどがあるだろ。うん、なんか陰陽師しか狙われてないな。一般人もまだ逃げてる。理由付け完了」
そも、星斗がプロの陰陽師になった理由は家のためと、地元に貢献したいため。そして魑魅魍魎や妖から他の人間を守るため。神様に喧嘩を売るためではない。神とは崇め、敬うもの。
で、あれば。原初の理由に戻って何の力もない一般人を助けよう。
呪術省からの命令?全員が討伐隊に加わっても、倒せるわけがない。それに本質は魔から人間を守る事。相手は魔ではなくても脅威から守るのが陰陽師としての役目。
そうと決まれば星斗は、八段であり五神候補という肩書きを捨ててただのプロの陰陽師として行動を開始した。
いきなりの天狗の軍団に逃げきれなかった一般人は多く、その人たちが目に入ったのか数人の陰陽師で避難誘導を始めた。安全と断言できる施設はないが、呪術省は安全ではないだろうと近くの体育館や公民館へ案内していく。
プロの陰陽師であっても、呪術省の言いなりな狗ではない。自己判断で動ける人間たちで、自主的に避難場所の護衛や一般人の運搬に専念する陰陽師もいた。
そんな人たちと協力する中、星斗は一匹の大きな簡易式神が人を背に乗せて上空を通ろうとしているのを視界に収めた。向かう先が天狗の軍団がいる方向で、その背に乗っているのが年端も行かない少女だとわかって愕然とした。それはただの蛮勇だと。
「そういうことするのは明だけで間に合ってるんだよ!発!」
星斗はあの頃から更に鍛錬を重ねて、音として二文字分での短縮詠唱ができるようになっていた。現れた烏に乗り込んで、向かってくる簡易式神と並走飛行する。
「おい、お前!どこに向かってるのかわかってるのか!」
「何?……ああ、補充されて来たプロの人?それじゃあボクのこと知らないか。あのねえ、ボクは──」
「まだ十代半ばくらいじゃないか!そんな子どもがあの群れに突っ込むなんて死にに行くようなもんだぞ!」
「……若く見られるのは女としてありがたいけど、こんな問答している暇は……」
「聞こえてるならさっさと引き返せ!自殺願望者なら無理矢理にでも叩き落とすぞ!」
「話聞いてくれないのはそっちだよねえ⁉というか、やれるもんならやってみろ!ボクに勝てる現役の陰陽師なんていないんだからさあ!」
大峰翔子は五神としての責務を果たすために現場に向かっていたのに、変な奴に絡まれてしまったとキレていた。自分が麒麟だということを京都に常駐しているようなプロなら認知しているのだが、今回のように全国から集められた実力者には通達されていなかったのでこの対応も仕方がない部分もある。
見た目が若く見られることも、今の任務を考えるとまあ良しとする。むしろそう見えないと高校に潜入なんてできない。
さらに、実力が下の人間に危険だからという理由で止められているのが余計に腹立っていた。姫やAのような逸脱者を除いて、戦って負ける陰陽師がいるわけない。
そう高をくくっていたのが悪かった。
「じゃあ、実力行使だ。発」
星斗は簡易式神に向かって術式を発動する。それは簡易式神に送られている霊気を阻害する妨害術式。ちゃんとした式神なら霊線がしっかりしているのでほぼ効かない術式だが、簡易式神は必要な分しか霊気を送らないのが常で、しかも霊線なんて貧弱そのものだ。糸と大差ない強度しかない。
そんな糸が思いっ切りハサミを入れられたら。簡易式神はただの呪符に戻って、大峰を支えるものはなくなって地面に落ちていった。
「ちょっと⁉」
「だから無理矢理だって言ったろ。式神を極めるってことはこれくらいこなせて当然だからな?」
そう自慢げに言いながら、落ちていく大峰を空中で抱き留める星斗。いわゆるお姫様抱っこで受け止められて、その事実に大峰は顔を一気に蒸発させた。
こんな風に女の子扱いされるのは初めてだったからだ。
「本当に小さいなあ、お嬢さん。ウチのお姫様と変わらないくらいしかないってことは高校生か、中学生くらい?いくら自分の実力に自信があるからって、子どもが戦場に向かうのは見過ごせないな。そういうことするの、ウチの生意気なバカ明だけで充分だから」
「ボクはこれでも二十歳だ!……ん?ウチのバカ明?もしかして難波明君の親戚かい?」
「二十歳?それに明を知ってるって……。一応名乗っておくか。香炉星斗。難波の分家の血筋だ」
「あー、君が香炉君か。初めまして。ボクは麒麟。そういうわけで、君より立場は上だからこの不敬な抱き方を今すぐやめてくれないかな?」
早口で、目も合わせずに、顔を赤くしながらそう大峰は命令する。その様子を見ながら、彼女の霊気を感じてたしかに五神ぐらいの霊気はあるなと思って地面に下ろす。
(あー!びっくりした!お姫様抱っこもだけど、そもそも男の人に触れられたのっていつぶり?……お父さん以来?)
初めての他人からの接触があまりのものだったために、今でも心臓の鼓動が速くなっている。こんなことしている場合ではないはずなのに、このまま戦場に行くわけにもいかずに少し休んでから向かうことにした。
悪いことをしたと思って、星斗もその場で式神に乗ったまま待っている。
そんな二人へ、近付いてくる実力者がいた。その数も二人。
「麒麟じゃないッスか。こんな所で何やってるんですか?」
「あれ?香炉センパイ?」
近付いてきたのは西郷とマユだった。二人は麒麟が誰かと揉めているのを上から見付けて、更には抱き留められて顔を真っ赤にするという滅多に見ることのない珍事件を目に留めてしまったために近付いてきたのだ。
男に襲われたら心配だからと、戦力は一つでも多い方が良いという言い訳を持って。
「白虎、玄武⁉……ゴホン。君たちは今回二人組かい?ならちょうど良かった。ボク一人だとさすがに戦うのは熾烈を極めそうでね。三人で編成を組もう」
「顔真っ赤なまま言われても説得力ないッスね~」
「麒麟さんの可愛らしい一面を見てしまいました。それと、香炉センパイはかなりの実力者ですし、四神候補なので一緒に編成して四人一組にするのが良いと思いますよ?」
まだ切り替えができていない大峰をいじる。そしていつの間にか編成に組み込まれていることに疑問を覚えたが、断れなさそうな雰囲気なので反対意見は言わなかった。後輩のマユに頼まれてしまっては先輩として断れないのだが。
「香炉センパイが麒麟さんと知り合いだったことには驚きですが。いつの間に知り合ったのですか?」
「さっきだよ。あー、今は玄武って呼ばないといけないんだな。玄武、久しぶり」
「はい、お久しぶりです。守秘義務があるので現場では役職で呼んでください」
「ああ、わかったよ」
「玄武はこの香炉さんとはどういう関係なの?」
「高校と大学のセンパイです。一個上のセンパイで、物凄い方でしたから何度もお世話になって」
「今では玄武になってるお前に言われても嫌味にしか聞こえないぞ……」
そう笑いながら言って、四人一組の際にどう動くのか作戦会議をしてから四人は行動を再開する。その際星斗は何故か白虎の西郷から視線をよく向けられていたので首を傾げながら尋ねてみたが、なんでもないとしか返ってこなかったので疑問は深まるばかりだった。
次も三日後に投稿します。
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