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3-1-3 嵐の前の静けさ

保健室で。


 保健室の先生はミクが狐憑きということを知っていたので対応がスムーズだった。何故かあった個室へ案内されて、そこでミクを寝かしつけた。耳温計などで体温を調べたが至って平熱。先生の診断では霊気酔い。いや、酔わせたのは俺だけど。

 事実ミクの身体には今とてつもない量の霊気と神気が溢れている。霊気の量だけなら俺の四倍近い。その上神気も身体に含んでいるとなると、その総量はとてつもないほどだ。こんな小さい身体でははち切れてしまうほどに。


 昨日出かけた時にはいつもの霊気の量だった。夜食事していても何も変化はなかった。となると変化したのは寝ている間ということになる。そんな短時間でありえない程霊気が増えるというのはミクにしか有り得ない現象だろう。他の悪霊憑きでもこうはならないはずだ。

 学校に来てからは必至になって抑えていたんだろう。ただ、術式を使ったらその抑えていた箍が外れた。その結果が呪符が増えるという有り得ない暴走だろう。


「……瑠姫。何で報告しなかった?」


『ごめんニャ、坊ちゃん。タマちゃんに言わないでって言われたのニャ。慣れれば大丈夫だからって。前の時は慣れたらむしろ元気になったからって』


「だからって……!あそこまでのモノなのか⁉Aさんより今は霊気が多いじゃないか!尻尾が一本増えただけなのに……っ」


 ミクが霊気を一気に増やすということは昔から何度もあった。その時は毎度尻尾が増えていたのだ。今までも神気も一緒に増えていたんだろうが、それにしたって今回は異常だ。今までは莫大に霊気が増えたと言っても常識の範疇の出来事だった。

 だというのに、今回は一気に二倍近くだ。霊気も神気も、徐々に増やしていけば身体はついていくだろうが、生命や死者にも通じる万物の元となるモノが一気に身体の中に入ってきて平気なはずがない。

 本当にこのメカニズムを早く解明しないとミクの身体がもたない。六本目となるといよいよ確定だろう。ミクに憑いているのは九尾だ。そうなると後三本は増える。その度にこうやって霊気と神気が増えていったら、ミクの身体がパンクする。人間の身体は、そこまで霊気も神気も貯蔵できるようにはできていないのだから。


 神気がまず神が使うことができる力という解釈が正しい。近しい者や、それに触れて慣れた者なら使用できるが、人間のままではどうやったって完璧には扱えない。たとえそれが便利な物であっても。

 ミクの身体が神気に適合するように変化していくなら問題ない。だが、そうはならずにこのまま神気が増えていけば、九尾そのものになるか、人間としての機能をなくしていくか。そのどちらかだ。

 そんなことには、絶対させない。


「瑠姫。今日はタマを寝かせておいてくれ。銀郎ももしもを考えて今夜はタマの傍にいてくれ。今夜、宇迦様にもう一度会ってくる」


『承知しましたぜ、坊ちゃん。天狐殿がいれば宇迦様もすぐに会ってくれるでしょう』


『珠希の身体が耐えられるようにするにはどうすればいいのか、聞きに行くのか?』


「ああ。九尾になんてさせない。タマそのものが変わらないようにしないと。ゴンは何か方法を知らないか?」


『いや……。初めて見るからな、こんな状態の人間は。尻尾が増えた原因は宇迦っていう狐の大元そのものに会ったからだろう。前珠希の尻尾が増えた時も式神降霊三式を用いた時。狐に関わると、その身体が狐に近付くのかもしれない』


 ゴンの推論を聞いて、ウチの性質上不可能だと思う。地元はそもそも狐を信仰している地だし、狐憑きという性質からかミク本人は狐に好かれやすい。式神降霊三式は極力使わないようにしても、どうしたって関わることになる。

 むしろこんな事態に詳しいのは神や狐の方だろう。ゴンは知らないようだが、狐憑きという前例自体はある。呪術省に忍び込んでデータを盗むか?

 Aさんからもらった巻物も全て読めていないが、あの人たちに会って話を聞くのも一つの手だろう。俺よりは確実に詳しい。

 どんな手段でも良い。とにかく突破口が欲しい。


「ゴン。この前の俺の時みたいに、タマから余分な霊気と神気を吸い取ってくれ。それぐらいできるだろ?今回は呪いじゃないんだから」


『ああ、恙なく行えるさ。前回に比べれば楽勝だ。……こういうことを想定してお前に呪いをかけたのかもな。術者は』


「だから誰なんだよ。その術者は」


『知らん。ただピンポイントすぎる。この前のエイの襲撃を知っていたようにも思えるし、お前を止めるのは効果的だったと認識してないとお前が動けないような呪いをかけるとは思えん。珠希にはかけなかった理由は?その辺りが不鮮明過ぎてな。過去から呪詛返しでも喰らったんじゃないか?』


「それが本当だったらどうやって対処すればいいんだよ……」


 俺と違ってミクは星見じゃない。本当に過去からの呪詛返しなら俺にしか効果は出ないだろうけど、そんなの蘆屋道満くらいしかできないんじゃないだろうか。もしかしたら晴明にやられたのかもしれないけど。

 あと可能性があるのは金蘭。とはいえ、俺たち難波にそんなことするような人とも思えないんだけど。

 そうしてしばらく待っているとミクが目を覚ました。暗示もそこまで強いものじゃなかったから、そろそろだろうとは思ってたけど。


「ここは……」


「保健室。防音の術式使ってるから普通に話して大丈夫だよ」


「……ごめんなさい。制御できなかったんですね……」


 自分の状況を理解しているようで何より。膨大な霊気は他人を委縮させるから隠すのは当たり前なんだけど、俺にまで隠すことはないだろうに。


「タマ。何かあったら隠さずに伝えてくれ。今ゴンにやってもらっているように霊気を吸い出したりもできるんだから。何かあってからじゃ遅いんだし」


「はい……。すみません……」


 かなり落ち込んでるな。こんなミスをしたのは初めてだろうし、俺に隠し事したのも初めてだろう。

 ゴンの作業を見ていて、俺の時のように原因不明で解呪を行っているわけでもなく、ただ霊気を吸っているだけなのにずいぶんと時間がかかっている。やっぱり、今のミクには過ぎた量の霊気になってしまったんだろう。

 おそらく、日本の中で最も神に近い存在。そうなってしまって、これから色々な存在に狙われるんじゃないだろうか。同族と思った神や、危険と感じた妖や人間に。

 その時に守れるような人間にならないと。


「タマ。霊気以外に体調とかに変化は?」


「頭がちょっと痛いですけど、それ以外は……」


「それはいつから?」


「朝起きた時からです。頭痛というよりは、頭の奥の方がキーンとしているような感覚で……」


「そっか」


 暗示の影響ではないらしい。ゴンの処置の経過を見てみないとわからないけど、ひとまずは霊気の調整で様子を見た方が良いだろう。

 あとはミクの主治医の先生に確認を取ってみないと。そっちにも後で電話しておこう。


「タマ。今日はこのまま寮の部屋に戻れ。瑠姫と銀郎に護衛させるから、数日様子見よう。明日は病院に行くけど」


「ぎ、銀郎様は大丈夫です……。瑠姫様がいらっしゃれば」


「その瑠姫が黙ってたからな。銀郎はどちらかというと瑠姫の監視役」


 タハハ、と頭の後ろを掻いている瑠姫。式神としての主はミクだろうけど、難波家に仕えてるんだから俺にはちゃんと報告しろよ。


「何かあったらすぐに連絡すること。瑠姫もだからな。……確認だけど、六本目、なんだよな?」


「はい。六本になりました」


 一気に二本増えた反動などではなくて安堵する。だが、五本に増えた時と今回では上がり幅が違いすぎる。今でも日本でこれ以上の霊気を保持している人間はいないというのに、七本目以降になったらどうなってしまうのか。

 対処法を早めに確立しないと、ミクはこれ以降尻尾が増えるたびに苦しんでしまう。そうならないように、報連相はしっかりしないと。


「タマ。どうして尻尾が増えたことを隠してたんだ?」


「あの……。唐突に霊気が増えてしまったでしょう?なんというか、人間っぽくないかと、明くんに嫌われるんじゃないかと思って……」


「バカだなあ、タマは」


 そんなことで嫌うわけがないのに。


「霊気が人並みじゃなくなったくらいで嫌いにならないよ。タマが狐憑きなことはわかってるし、宇迦様の所でも言ったけど、人間だから無条件で好きってわけでもないし。それに俺だってほら。ゴンに好かれるような変人だぞ?」


『まるでオレが頭おかしいみたいな言い回しはやめてもらおうか』


「天狐が人間を好んで式神契約するなんておかしくないとできないだろ?しかも玉藻の前様の眷属だったお前が」


「フフ、ですね。ゴン様も結構変わっていると思います」


『お前らの方がよっぽど変わってるよ……』


 そんなゴンの呟きの後も少し話して、先生たちにはミクが早退することを伝えた。俺は授業に戻ってその後も学校生活を続ける。中休みにミクの主治医の先生に電話を入れて明日病院へ行くことを伝える。

 この主治医、悪霊憑き専門の医者で父さんが紹介してくれた京都の町医者だ。キャリアもあって信用できるので頼ることが多い。紹介された時は驚いたが。

 放課後の予定も考えて、これからやることに順序を立ててミクの分もノートを取っておく。これには天海も手伝ってくれたのでそこまで困ることはなかった。そこまでミクのことを深く聞いてくる人もいなかったのは助かった。

 霊気の暴走と体調不良とは伝えておいたが、賀茂にはずっと睨まれていた。あの霊気を感じたらそういう態度になるのもわかるけど。



次も三日後に投稿します。

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