3-1-2 嵐の前の静けさ
授業中の暴走。
三限目は陰陽術の授業。簡易式神の複数使用による情報伝達を目的とした授業だ。
簡易式神は少ない霊気で使役できるし、情報を書いた紙を括りつけてもいいし、その呪符に直接書いてもいい。以前俺がやったように霊糸で書き込んでおいてもいい。
重要なことは情報を伝達することで、途中で力尽きたり、伝えようと思った相手と違う相手に届かないように、意図する場所に行かなかった場合は自動消滅機能をつけなければならない。
そうすると少々面倒な術式になるが、携帯電話がある現代でも電波が使えない状況を想定しなければならないし、プロになれば簡易式神を用いた連絡網は必須科目だ。携帯電話で文字を打つ余裕もなく、霊糸で記す方が早い場合が多々あるからだ。なにせ霊糸で書こうと思えば霊気を送れば勝手に文字を構成してくれるのだ。
簡易式神は簡単に使役できるが、用途によっては本当に制御も難しい術式だ。こんな使い方はプロになる人間か、陰陽術に長く関わろうとする人間しかいない。高校に進学してからやることとして間違っていないだろう。
状況は一々変動するし、情報伝達係も必ずやることになる。そうすると、この簡易式神はできないと卒業もできないような必須科目だ。
本当に、桑名先輩はこういった攻撃術式以外の必須科目をどうしたんだろうか。これらが落第でも賄えるほどの戦闘の腕で進級したのだろうか。
今回の課題は東校舎の屋上、裏門、西校舎にある職員室の三か所に置かれている箱の中まで簡易式神を飛ばすというもの。使う呪符には出席番号が書かれていて、それで誰の式神か把握するというわけだ。
伝えるべき内容も、使役する直前に伝えられる。呪符の裏に直接書いてもいいし、霊糸で書いてもいい。正確に三か所へ情報が伝えられればいいのだが、その途中で先生による妨害がランダムで入るとのこと。これは魑魅魍魎に邪魔される可能性を考慮しての訓練。
もし簡易式神が撃墜されたらその分の補充をさらに飛ばさないといけない。送り先へかかった時間と何度やり直したかなどが採点基準になるようだ。
「まあ、楽勝だな」
「明はやっぱり霊糸でやるのか?」
「霊気は必要だけどそっちの方が速いじゃん。情報なんて一刻も早く伝える必要があるんだから」
出席番号順ということで天海は割と早く行っていた。霊糸はできなかったようで、内容を見て呪符に書き記して簡易式神を飛ばす。
現れたのは小鳥のような式神。簡易式神なんてほとんどがああいった小動物の姿を取る。特に情報伝達用なんて空を飛ぶのが一番障害がないために鳥系がポピュラーだ。
そうして課題をこなしている天海を見て俺は首を傾げる。
「……祐介。何で天海はあそこから動かないで術式の展開をずっとやってるわけ?」
「ん?ああ、お前は全自動でやってるもんな。今回は妨害も入るってことで薫ちゃんはそれを警戒して手動で式神操作をしてるんだろ。簡易式神ってことはマルチタスクは必要ないし」
「えー?そんなの現場じゃできないじゃん。自分のこと守ってくれる存在が絶対にいるわけでもないんだし」
『あの小娘の方が一般的なやり方なんだよ。明、お前たちは名家の跡取りとしての教育を受けてるからこの周りにいる連中よりだいぶ進んでると思え』
ゴンが姿を現して俺の隣に寝そべる。天海も弟子の一人だから気になって見ているんだろうが、あれが一般的なのか。
まあ、普通に考えたら現場に出るまであと七年はあるはずなんだから現状できないことが多くてもおかしくはないのか。大学に行けば実地訓練も増えるだろうけど、独り立ちという意味では高校・大学と時間はある。今はそれでもいいのだろう。
この前は突発的な事故とはいえ、育成中の卵を羽化する前に戦場に放り込むつもりはないだろう。呪術省は早期に戦線へ出そうとしているらしいが。人員不足を学徒兵で賄おうとするとか戦中の日本かよ。戦中じゃないけど日本だったわ。
賀茂も自動ではなく手動ではあったが、一番の成績で終わらせていた。さすが名家。いや、というか天海もそうじゃないか。
「天海も俺たちに比べたら歴史は浅いけど、名家じゃないか?」
『だが、本家の人間ではないだろう?お前が知らない分家の家の子くらいの血の濃さだろうよ』
「……それで風水があれだけできるって凄くないか?」
『事実あの小娘には才能がある。教育環境が整っていなかっただけだ』
「薫さん凄いんですねえ」
東京からも遠くて霊地としては一級だけどそれ以上に特筆すべき土地じゃないウチの地元じゃ教育環境なんて整えられないのが普通なのだろう。曰く付きでもあるし。そう言われるのは癪だけど。
陰陽師を育てるなら東京か京都に幼い内に送り込むのがベストだ。有名な講師が教室を開くこともあるし、呪術省がイベントをすることもある。周りもプロを目指す人間ばかりなので競争心も産まれて努力にも精が出る。田舎よりは都会の方が良いものだ。
「次、住吉」
「はーい」
祐介は呪符を受け取ると、さっさと内容を記入して、術式を自動にしてその場を離れようとした。術式を見ていた八神先生はトランシーバーを使って、各々の場所でこの授業を監督している教師へ通達した。
「今向かった術式は密に撃退して良いんで」
「そんなご無体な⁉」
「お前が勝手に次のカリキュラムまで飛ばすからだろ。できる人間にはそのレベルに合わせた授業をやる」
「あっ、一体落ちた!呪符ください!」
「ほらよ」
他の先生たちもプロの資格を持ってるんだから、祐介の簡易式神くらい落とせるよな。祐介は結局落とされたことからタイムも成績も賀茂と天海と大きく離れていた。何で全力でやらないんだか。
「次は難波行くか。お前は手動と自動どっちでいく?」
「じゃあ自動で」
というか、手動ではあまりやったことないからな。簡易式神くらいなら自動に任せた方が良い。むしろ、意志を持たせるのが一番楽だ。
本来の出席番号順ならミクの方が先だが、祐介の失敗や難波が式神の家だから順番が変えられたんだろう。そういう期待をかけられたら、問題ない成績を見せないと。賀茂は無難に纏めてるし、見ててつまらないんだよな。
送る文の内容も確認して、霊糸込みで呪符に霊気を送り込む。これで移動している間に内容が文字に変わっているだろう。全部飛ばして、障害物と飛来物に気をつけろっていう命令だけ出す。
簡易式神とは言うが、意志を持たせないことが簡易式神かと言われたらそれは違う。俺や祐介が呼び出す烏や蝶などでも、降霊と合わせれば意志を持つ存在をその呪符が形作る依代に憑依させられる。その存在に指示を出せば、自動とはいえ意志を持った存在に物を運んでもらえるということだ。
だがこれは、後から聞いたことだが降霊が得意な俺や祐介、ミクだからできることで一般的な方法ではないらしい。他の人たちが言う自動の方がわけわからなかった。色々条件を霊気で入力して、魑魅魍魎などに当たらないようにAIを組む感じとか言われても、降霊で憑依させる方が楽だからそっちでしかやろうとは思わない。
霊気の量と降霊という工程からして簡易ではなくなるとか散々言われたが、安全性とかから考えて便利な方を選んでもいいだろう。
俺が呼び出した簡易式神は、先生たちの攻撃もスイスイと避けて、指定されたポイントに到着。これらの様子は学校内に仕掛けられたカメラからこの部屋にあるモニターに映して状況が他の人にも見えるようになっていた。これで待っている生徒が飽きないわけだ。
この方法を見せたらクラスメイトの摂津には蒼い顔をさせていた。俺あいつのこといつも驚かせてるな。式神の家とは言ってたけど、基準というか標準が違うんだろうな。
「ここまではできなくていいからな。次、那須」
「はい」
ミクも呪符を受け取って、内容を確認する。それを見て術式を発動した。ミクがこの程度で失敗するはずがないと高をくくっていたので、祐介たちとのんびり見学しようと思っていたのに。
ミクが術式を発動した瞬間、たった三枚だった呪符が無数に増えていき呪符が宙を舞っていた。霊気も膨大だが、神気もかなりの量を感じる。それが暴走して、細かい制御ができていないようだった。
増えすぎた呪符はこの辺り一面を覆いつくす勢いで、既にミクの姿は見えない。今までこんなことなかったのに、神気の暴走なんてこうも突発的に起こるものなのか。
「え……?なん、で……?」
ミクも原因はわかっていないみたいだ。むしろ込めた霊気は本人にとって少ないものだったようにも感じる。では、その力加減を間違えるということは。
ミクだけには、この短期間で霊気や神気が急激に伸びる要因がある。それに気付いたからって、今できることはその制御ではない。むしろ俺ではあの膨大な量の霊気を抑え込むことはできない。
ただ、ミクの暴走は止めることはできる。ゴンに目配せをして、銀郎と瑠姫も呼び出す。瑠姫はミクの様子を見て即座に出てきていたが。ゴンに霊気を送って身体を大きくさせる。銀郎にはこちらへ襲いかかってくる呪符を斬り飛ばしてもらった。
そのまま強行軍で呪符の嵐を飛び越えていく。ミクの前に辿り着くと、ミクは自分の力を制御できずに涙目になっていた。
「あ、明様……」
「タマ。俺の目を見ろ」
言霊に霊気を込めて、目にも暗示の術式をかける。目と目の焦点が合わさると、ミクは意識を失ったように倒れかける。もちろん地面につく前に抱き留めたが。
それと同時に飛び散っていた呪符は全て地面に落ちた。発動している術式はそのまま行使されていたが、霊気の余波で動いていた呪符は全部落ちたらしい。
モニターを見ると、数体の簡易式神がいくつも目標地点についていた。暴走状態にあっても課題だけはきちっとこなしてるとか。
「先生。このままタマを保健室に連れて行きます。簡易式神にここの片づけをさせますので」
「ああ、わかった。……難波、那須はこういうことが何度もあるのか?」
「いいえ。初めてです。見たこともありません」
「そうか。……早く連れて行ってやれ」
「はい」
ミクをお姫様抱っこで抱え上げて連れていく。眠っている子どもは重いとか言うけど、ミクはそんなことなくかなり軽かった。
そして報告を怠っていたミクと瑠姫の顔を覗いて、瑠姫が視線を逸らしたことにお小言を言おうかと思ったが、それは二人同時にすればいいと思って保健室へ向かった。
次も三日後に投稿します。
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