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THE TEN   作者: 志馬之 月神(ジン)
1/1

〜神の使徒〜

 東京都内は今日も雨が降り続き、夢を追う行き交う者たちに降り掛かった。

 夢多き首都。

 外界の音を遮るウォークマンと歩きながら只管ひたすら凝視し指を動かし、スマートフォンを操作する人々。

 まるで人と人が物のようにすれ違う。

 情より物と物。ハイテクが進む近代でそんな不器用な愛がどうして本当の愛と言えよう?

それより前にそんな疑問を投げ掛ける人々は一体現代にどれ程居るのだろうか?

 汚染された自然と大気。そして地球。

 自然のルールから反した人間達。

 濁って鮮やかになったこの街を、貂はまるで複眼を覗いたかの様に見たその光景は忙し過ぎて落ち着かない。

 雨の匂いに混じって感じる、まるで着飾った人間本来の優しい匂いが妨げられてクラクラと眩暈がした。

 そんな折り。この都会の中で、人気ひとけの少ない路地裏で貂は本来の姿になり、そのまま身を潜め、まだ降り続く雨の中、両手を胸に宛て天を仰いだ。

 前世の記憶は無い。

 それでもこの心に深く刻まれている。

 神からの試練を受けし神の使徒ということを。

しかし、この試練が一体どのような試練だったかはまるっきり判らない。

 記憶が無いとしても、それでも本当に神は居ると思う。

綺麗とは何か? さえ判らなくなりそうになるこの街で一体全体なにが綺麗なもので誰がこの他愛もない街を極彩色に染めるのだろう。

褪せた色と人肌寂しいこの都会の中。貂はもっと本当にもっと鮮やかでもっと美しい物を見たいと思っている。



 そんな一方で腹は食べ物で満ち足りている。

 だが、そのもう一方で人間の魂や光子体を吸収して生きている貂は体の内側が渇いて自分自身の魂や光子体ライトソウルの全てが一度に抜け、ただのモノと化すのを感じ取っていた。

魂を食べることは果たして罪なのだろうか。

でも、魂を食べないと自分は死んでしまう。


神よ、私が生きるということそのものが罪なのですか?


しかし、神は見ているのかそうでないのかは判らないが誰一人答えはしない。

魂を食べなければやがて確実に死ぬだろう。



「さて」

今日は特別な日だ。

貂は意中で呟いて、片手を胸の中心に宛て(かぶり)を下して自分の中に宿る魂に聞こえるよう囁いた。「バンドウジンナ出て来てくれ」

 ポゥッ。

呼ばれた魂は貂の胸の中心にあらわれた。

その微かな温もりが全身に広がった時、気が付けば貂は姿を変えていた。

そこには人間の男性が顕われていた。

名前は坂刀仁奈ばんどう じんな

気が付けば、貂は前世も自分の本当の名前も記憶も忘れてこの世に存在したあの頃、死にかかっていて、はや手遅れの状態だった彼が、その魂と引き換えに楽な死に方―――痛みが無い代わりに魂を引き受け取って死ぬ、その楽な死に方を迎えさせたその時の、その男性が貂の姿の代わりにに立っていた。

 貂は人間の魂や光子体ライトソウルを食べて宿すことでその人間に変化(へんげ)できる。しかし、一定の時が経つとその人間には変化が出来ても命を保つ原動力は消化し切ってしまう。そして魂を食べなければ餓死して死ぬ。魂の外の部分、つまり身体を満たしている光子体でも人間から貰えば9割変身できるが、飢えはほんの一瞬しか満たせない。逆に魂なら10割変身できる上に飢餓は止まる。

が、人は魂が抜けると亡くなってしまう。

前回の魂を食べてから最早もはや五十年が経つ。

もうこれ以上は待つことが出来ないだろう。



 汚染された都市。汚染された自然の為に本来の化ける能力が衰退し、魂を食べないと元の能力に戻らなくて、その上、餓死する。光子体のみなら本来の9化けになるが飢えが止まらない。

一体どうしてこんな事になってしまうのだろう。



 貂は路地から外へ出た。

 丁度近くに八百屋がある。

 貂は近づいてお腹はそれほど減っていなかったが、林檎を一つ買って店の人に礼を言うと林檎を一かぶりして立ち去った。

 貂は林檎を食べ終わると食べカスをすぐそこのコンビニのごみ箱に捨て、そのまま近くの駅へ向かった。

出入り口の階段を下って行くと券売機と改札が見えた。貂は代官山にある駅へと向かう為切符を買い改札を通って電車に乗った。

乗り込んでいる者達はOLやサラリーマンや主婦が大半で安い賃金で動かせられ毎日忙しい日常に追われている。

こんな疲弊した社会を一体何故本当の夢ある時代と言えようか?

 悪い言い方であるが、貂はその殆どが働き蟻に見えている。

 又最も心配しているのが、この先の未来へ進むと子供達が、働く蟻ではなくタダの使い捨てAI(ロボット)の様になって行くのだと思うと、貂は悲しく思う。

しかし、それだと最早それでは生き物では失くなってしまう。

更に恐ろしいのはそれが当然の事の様に洗脳されて一つの大きな概念として大きく享受されて行く事だ。


 そばに座っている二人の子供を見た。

 大きな未来を担っていく無垢な輝きに複雑な思いが隠せられなかった。

このまま純粋な輝きでいて欲しいと貂は思った。

 ーーーと、そうこうしている内に目的地である駅、代官山に到着した。

 電車から降りて改札口を抜けて外へ出ると、外は気持ちが良い程晴れていたがまだ雨がパラついていた。

 貂は仕方なく、駅の出入り口に隣接しているコンビニに寄った。

 ドアが開くとその中からは添加物やプラスティックや薬の様な匂いがした。

非道ひどく匂い。

 身体の内側に入り外側から毒素で侵されて感覚が非道く鈍り、すこぶる可笑しくなるのを感じた。

貂は手早くビニール傘を購入してすぐにコンビニを後にした。

それからすぐに傘を差して、足早に目的地に向かった。



 着いた先の家の表札を見ると『神川』と在った。

 インターフォンを鳴らすと中から人が出て来る筈だったのだが―――誰も出なかった。

 首を傾げてもう一度インターフォンを鳴らした。

しかし、同じであった、

 どうしようかと考えていると、敷地の内側から飼い犬が鳴いた。よく聞くと貂の耳には鳴き声に混じって人らしい声が聞こえた。

『今は居ないよ』

 再度どうしようかと考えたが引き返すことにした。

歩き出して九歩めで誰かと接触をした。

「すみません!」

 そこにはカジュアルな黒服を着た男性が経っていた。

 貂とその男性はお互いを見た。

「御免。ちょっと出掛けてた。最期になるから最後にコレを買って来た」

貂にビニール袋の中を見せると、その男性―――神川修かみかわ おさむはニッと笑って、家まで二人一緒に歩いた。



「今、鍵を開けますね」

神川は優しそうに丁寧にそう言うと鍵を開けた。

「クロードただいま」

『修、お帰りなさい』

黒のラブラドールレトリーバーがキュゥゥンと淋しそうに鼻を鳴らす。

『ずっと傍に居てよォ』

神川はクロードにキスする。

『修……』

神川は心を通い合わせたクロードに抱き着くと貂を見て、

「では、行きましょうか」と言った。

 案内された部屋はいつものリビングだった。

「どうぞ」

テーブルと並ぶ椅子を引き、神川は少し笑った。

そう言うと貂を椅子に座らせる。

「今からコーヒーを淹れますので少しお待ちください」

神川はキッチンに向かい、ケトルに水を入れ加熱した。

「アメリカン、エスプレッソ、ブレンド、モカ、カプチーノ、どれが良いですか?」

貂は少し考えてから「ブレンド」と答えた。

「畏まりました」

神川がそう言うと、リビングへ来て、本棚から一冊の本を取り出し貂に渡した。

「リルケの『若き詩人への手紙』という本です。どうぞ」

「『若き詩人への手紙』……」

貂は普段、神川ほどよく詩は書かないが、ピラッとした薄いこの一冊の本に何処か惹かれた。

「『SISTER ACT2』―――『天使にラブソングを…2』をご存じですか?」

「いいえ。でも……何処かでタイトルは聞いたような……」

「海外の映画なのですが、シンガーを志す女の子が母親から『歌で食べていくのは難しいから諦めなさい』とキツく言われるのですが、そんな折、ウーピー・ゴールドバーグが演じるシスターがこの本を渡してその少女を勇気付ける場面シーンがあります。世界中で読まれている大人気大ベストセラーです」

「ありがとう。興味があります。少し読んでも良いですか?」

「どうぞ。ではその間に私はケーキを用意します」

そう言って神川は再度キッチンに戻って買って来たばかりの生クリームを取り出した。ホイップした後あらかじめ作り置きしておいたシフォンケーキを冷蔵庫から取り出して、そのシフォンケーキにケーキナイフで生クリームを塗りたくった。切り分けるとシフォンケーキをそれぞれ皿に移して、ボウルに残った生クリームを皿の上に添えて完成させた。丁度その時、ケトルが沸騰した。

 神川はコーヒーを淹れてリビングまで持って行き、又シフォンケーキもそこへ運んだ。

「『若き詩人への手紙』如何ですか?」

「ええ、とても良い本ですね」

「私もお気に入りの一冊です」

そう言いながら神川は貂の前に座り「どうぞ」とコーヒーとシフォンケーキを薦めた。

「いただきます」

貂は神川に感謝しながら、それを唱えコーヒーを啜った。

添えられたフォークを使ってシフォンケーキを小さく切って一口食べた。

「美味しいです」

「私のお手製のケーキなんです。昔から作り続けているから我ながら上手でしょう?」


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