29. 本当につまらないよね
中学1年の夏のことだ。入学してから3か月ほどが経ってくると、ある程度グループというものが完成する。私は4人ほどのグループに所属していた。このグループというのは要するに友達の集まりのことである。
そしてそのグループに属さないもの、いわゆるボッチという存在が1人だけ私のクラスにいた。
哀川 ともみ。いつも俯いてばかりで、誰とも積極的に喋ろうとしない彼女はクラスから浮いていた。
「哀川さん? もしよかったら一緒にお昼ご飯食べない?」
「え・・・・?」
昼休憩。西城 利佐という女が哀川をご飯に誘った。彼女はこのクラス内の女子を牛耳る存在であった。
男子にもはっきりと意見や文句を言えるのが彼女の強みで、女子からは圧倒的な支持を受けていた。
そんな人気者な西城と孤立している哀川は、まさに”対極”の存在であった。
「・・・・うん。一緒に食べる」
断るに断れない状況だったのか、哀川は一緒に食べることにしたようだ。
「よかった! ねえねえ! 哀川さんのこと色々教えてよ!」
西城が笑顔で哀川の向かい側に座って弁当を開く。この日を境に、哀川は西城のグループに属することになった。これで彼女も寂しくなくなるだろう、私は心の中でそう思っていた。
そんなことはなかった。
「ともっちー。ジュース買ってきてよ?」
「あ、私もー」
「うん・・・・分かった」
11月。グループが成立して4か月ほどが経つ頃には、哀川はパシリとなっていた。彼女は断れない性格であったがゆえに、次第にエスカレートしていくのは当然の結果であった。
西城は孤立していた哀川を”利用”したのだ。自分の立場をより強力にするために。彼女の断れない性格を見抜いていたのだ。おまけに哀川は気が小さい。とても扱いやすい人物であっただろう。
別にイジメとかそういうものではない。単純な上下関係がそこにあったのだ。西城に逆らえる女子生徒などほとんどおらず、男子生徒は見て見ぬふりだ。哀川は何も文句を言わないため、問題になることすらない。
そんな状況をみて私は、設楽優は・・・・
”つまらない”、そう思った。
西城だけじゃない。みんなそうだ。いつもいつも他人の顔色を窺ってばかりで自分の本当の意見なんて言いやしない。自分の立場を守るために自分を演じる。本当に馬鹿らしい。
「優? どうしたの?」
「ん? ああ、つまらないなーって思って」
「なにが?」
「このクラスが」
「・・・・・・あんまりそんなこと言わない方がいいよ? 西城さんに目を付けられたら大変だよ?」
私と同じグループの女子がヒソヒソ声でそう言う。
もう私は我慢の限界だった。
「ちょっと行ってくる」
「優? 余計なことはしない方がいいよ?」
「忠告ありがとねー」
私は西城のグループへと歩みを進める。
「あら? どうしたの? 設楽さん・・だっけ?」
西城は私のことに気づくと、驚いたような顔を見せる。私と西城はほとんど話したことがない。珍しがるのも無理はないだろう。
「いきなりごめんねー。ちょっと言いたいことがあって」
「なに?」
「いい加減そういうのやめてくれないかな? 見てて不愉快だよ」
クラス中の空気が一瞬で凍っていくのを感じた。たぶん西城に対して、みんな少なからず心の中では不平や不満があっただろう。でも口にすることはなかった。というか出来なかったのだ。
西城に逆らえばどうなるのか。クラスの協調性を崩せばどうなるのか。答えは簡単明瞭だ。
「は? 何あんた? 喧嘩売ってんの?」
西城の態度がガラリと変わる。私のことを敵だと判断したのだろう。みんなの視線が私に集まってくるのを感じた。
「そもそも”そういうの”って何なの?」
「哀川さんのことをパシリとして扱ってることだよ」
「はあ? パシリ? そんな扱いしてないんだけど。ねえ? ともっち?」
西城は哀川に問いかける。いや、違う。これは命令だ。選択の余地すら与えていない。
「・・・・うん。私はそんな風には扱われていないよ・・・・」
予想通りの解答が哀川から返ってくる。
「ほらね? 勝手に決めつけるのやめてくれる?」
「はあ・・・・・・」
「なに露骨にため息ついてんの? というか謝ってくんない? とても気分が悪いんだけど?」
「・・・・・・」
「黙ってないで何か言いなさいよ? ほら、早く謝ってよ? みんなもそう思うでしょ?」
「・・・・確かに今のは言いすぎだよな・・・・」
「西城さん可哀想」
「何なのアイツ? 調子乗ってない?」
クラスのみんなが口をそろえて私のことを罵倒する。
「謝れよ! あーやまれ! あーやまれ!」
『あーやまれ! あーやまれ!』
男子の1人が面白がって謝れコールをしだすと、それに釣られるように皆もそれに合わせる。
『あーやまれ!! あーやまれ!!』
西城は勝ち誇ったかのような顔をしていた。私はその顔が、本当に気に食わなかった。
「うるさいっ!!!! 黙れ!!!!」
いつの間にか私は大声で叫んでいた。騒がしかったのが一転、背筋が凍るような静寂がクラスを包み込んでいた。