28. 〇〇っち
放課後。俺は読書部の活動している地学室に到着し、扉を開ける。
「げっ」
俺は即座に扉を閉めようとする。なぜならば・・・・・・
「ちょっとー、げって何よ? みなっちー」
設楽がただ一人で部室の中にいたからである。
俺が逃げようとしてることに気づいた設楽は立ち上がり、俺の元へと走ってくると、俺の右手を掴んだ。
「離してくれよ」
「どこに行くのかなー?」
「特に行くところはないけど、お前と2人きりになったらロクなことが起こらないからな。どっかで時間つぶしてくる」
「失礼だなー」
設楽は心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。
「哀川はどうしたんだ? いつも2人でセットって感じだろ?」
「ともみは日直だから遅れてくるんだよー」
「あ、そういえば俺も日直だったわ。行ってくる」
「分かりやすい嘘だねー」
設楽はより一層、俺の手を強く握ってくる。
「もしかして、昨日の弱点のこと、怒ってるのか?」
「んー? そう見えるー?」
「もし俺に対して怒ってるなら、それはお門違いってやつだぜ? 悪いのは赤怒田だろ?」
「でも私が助けを求めても、何もしてくれなかったよねー?」
「赤怒田に逆らうと後が怖いからな。何も出来なかったんだ。許してくれ」
「ふーん? で、本音はー?」
「ざまあみろって思ってた」
俺は正直に言った。設楽には嘘なんて通用しそうにない。
「ぷっ! はははっ!」
設楽が突然笑いだす。
「何が面白いんだ?」
「いやー。みなっちって本当に、どうしようもなく正直者だよねー! 最高だよー!」
「そりゃどうも」
それは誉め言葉なのか? いや、どう考えても馬鹿にされてるな。
「じゃあ、こうしよっかー。私は今、みなっちに怒っている。だからみなっちはお詫びとして、私の話し相手になる。これで全て水に流すっていうのはどうかなー?」
相変わらず自分勝手なやつだな。でも断れば後が怖い、か・・・・
「分かったよ。お前と2人きりで話せばいいんだろ?」
「お、随分と物分かりがいいねー? なにかあったのー?」
「別になんもないよ」
俺は設楽に連れられ、地学室の中へと入った。
「でもよくよく考えたら、お前と話すことなんて何もないよな」
「そんな寂しいこと言わないでよー。ほら、私に対して何でも質問していいからー」
「今日の下着の色とスリーサイズを教えてくれ」
「秘密でー」
「何でも質問していいんじゃないのかよ」
「答えるとは言ってないけどねー」
その通りだった。
「そんなに気になるのー? 下着の色とかスリーサイズとか」
「男だしな」
「嘘だねー。私をからかいたいだけでしょー?」
「確かにその気持ちもあるが、気になるのも本当だ。半分嘘って感じだな」
俺はどっちつかずの解答をする。
「それは私個人ってことかなー?」
「いや、正直可愛い女の子なら誰でもいいって思ってる」
「最低だねー」
「自分でもそう思ってる」
特に意味のない会話が淡々と繰り返されていく。だがそれが小気味よかった。
多分、俺と設楽はどこか似ている。そんな風に感じた。
「もっとまともな質問はないのかなー、えろっち」
「原型ガン無視の悪口やめろ」
史上最悪のあだ名だった。
「いいと思うけどなー。えろっち。えろえろっちでもいいけど」
繰り返しの暴力はやめてくれませんかね? そんなあだ名を他人に聞かれたら、ただでさえ低い俺の好感度が大変なことになるよ?
「分かったよ。まともな質問をすればいいんだろ? そうだな・・・・」
俺はあだ名についての質問を、設楽にぶつけることにした。
「お前って俺のことをみなっちって呼ぶよな?」
「違うよ。えろえろえろっちだよ」
「肯定してくれないと話が進まないだろ」
あと、さりげなく「えろ」を一つ付け加えるのやめろ。
俺は設楽の発言を無視して、話を先へと進める。
「喜田のことはきだっち。赤怒田のことはあかっちって呼ぶよな?」
「そうだねー」
そこは素直に肯定するのかよ。
「じゃあ何で哀川のことは、ともみって呼ぶんだ? あいっち、もしくはともっちって呼ぶのが普通なんじゃないのか?」
「・・・・よく気づいたねー」
設楽は珍しく黙り込んだ。
「ありゃ、地雷だったか? 別に無理して答えなくてもいいぞ?」
「いやー、地雷って訳じゃないんだけどね。ただ・・・・」
設楽はしばらく間をおいてから言う。
「あんまり気持ちの良い話じゃないっていうかー」
「そうか。なら言わなくていいぞ」
「でもみなっちがどうしてもって言うんなら・・」
「いや、別にそこまで気になる訳じゃない」
「気にしてよー。じゃないと話が前に進まないでしょー?」
「えろえろえろっちって呼んだこと、俺は忘れてないからな?」
「私は忘れたなー」
分かりやすい嘘だった。俺の嘘と同じように。
はなから相手を騙す気のない軽い嘘。要するに冗談ってやつだ。
「そんなに俺に話したいことなのか?」
「そうだねー」
「・・・・じゃあ勝手に話せよ。聞いてやるから」
「うん。ありがとー」
俺が許可を出すと、設楽は少し安心したような顔で話し出した。