26. 俺が読書にハマった理由
前半部分は過去の回想シーンが入ります。
俺が物心ついた時から、両親は喧嘩ばかりをしていた。互いに互いの意見を認めようとはせず、ただただ自分の主張を述べるだけであった。夫婦喧嘩の収集がつかなくなると、決まって2人は俺にこう尋ねる。
「育人、お前はお父さんの味方だよな?」
「育人、もうあんなお父さんとは上手くやっていけないわ。あなたはどう思う?」
父親と母親は俺を味方につけることに必死だった。
父親に賛同すれば母親の反感を買い、母親に賛同すれば父親の反感を買った。
どうすればいいか、分からなかった。というか答えなんて無かったのだと思う。俺は必死に、両者にいい顔が出来るように立ち回った。2人が仲直り出来るように計らった。でも無駄だった。
両親は俺に対して、”自分の気持ち”なんてものを求めてなかった。自分の方が正しいと証明できる”道具”でしかなかった。
俺が小学6年生になったある日、母親が家から出ていった。俺はいつかこんな日がくるんじゃないかと、幼いながらに想像していたので、あまりショックは受けなかった。父親に至っては喜んでいたほどだ。
「育人。お母さんが出ていったぞ? 俺の方が正しいって証明されたな?」
なんでそんなこと言うんだろう。将来を誓い合った仲じゃないのか?
「育人、お前はこの紙に書いてある住所のところにいくんだ」
「え? どういうこと?」
「俺の親戚の人の家だ」
「お父さんは一緒に行かないの?」
「俺は再婚するからな。お前とはお別れだ」
「え・・・・?」
「再婚相手の人がさ、連れ子は嫌だって言うんだ。仕方ないだろ?」
捨てられるのか。俺は心の中でそう思った。
今まで散々、俺のことを利用してきたのに・・・・いらなくなったら捨てるのか・・・・
俺は自分勝手な父親に失望した。黙って出ていった母親に絶望した。
「じゃあ俺は行くからな。このアパートはもう売りに出すから、早いとこ出て行くんだぞ?」
父親はそう言い残すと、多少のお金を置いて、どこかに行ってしまった。
俺はたった一人、アパートに取り残される。
その時、俺には何故か、感情が湧いてこなかった。
両親と離れ離れになってしまった悲しみも。捨てられたことに対しての怒りも。
俺の中で”何か”が吹っ切れた。
「とりあえず、この住所のところに行くか」
俺は父親が残したお金と紙を手に取り、アパートを後にした。
「・・・・で、親戚の家であるこの家に来たって訳だ」
俺は自分の家を指さす。
「・・・・・・」
「ちなみに俺が読書にハマったのは、一種の現実逃避みたいなもんだな」
「・・・・・・」
「中学に上がってからは、ほとんどの時間を読書に費やしたからな。自然と人と関わる機会が減っていったんだ」
「・・・・・・」
「その結果、今のよく分からない俺の完成って感じ」
「・・・・・・」
「いや、何か言ってよ」
喜田は黙ったまま、何も喋ろうとしない。
「その、なんか地雷踏んじゃった、みたいな表情やめてよ」
「え!? 別にそういう訳じゃ・・・・」
図星のようだった。
「でも話してみると意外と楽になったなぁ。もっと辛くなると思ったのに」
「その・・・・なんかごめんね・・・・」
「いや、謝るなよ。別にもう済んだことだしな」
「あら・・・・育人? そこで何してるの?」
「あ、母さん」
気が付いたら母さんが玄関の扉を開け、こちらの方を見ていた。
「あら! もしかして育人の友達の人かしら!?」
「まぁそんなとこ。喜田、立ち話もなんだしさ。寄っていきなよ」
「え!? でも悪いよ。もう夜も遅いんだし」
「別に遠慮しなくてもいいわよ! 今からちょうど晩御飯の時間だから、食べていってちょうだい!」
母さんは喜田の手を取ると、無理やり家の中に引っ張る。
「え!? ちょっ! じゃあお邪魔します!」
喜田に続いて俺も家の中へと入り、鍵を閉める。
「じゃあ、もう少しでご飯できるから、ここで待っといてね」
「あ、ありがとうございます」
俺と喜田は、俺の部屋で一緒に待つことになった。
「なんか・・・・いつの間にか晩御飯をご馳走になる流れになっちゃった・・・・」
「うちの母さんは強引だからな。別に気にすることはない」
「えっと・・・・その・・・・あの方は水無月くんの本当のお母さんじゃないんだよね・・・・?」
喜田が遠慮がちに聞いてくる。
「そうだな。俺の本当の父親の、いとこにあたる人だ」
「でも・・・・その割には、随分と馴染んでいるっていうか」
「まあお互いに辛いことがあったからな」
「お互いに?」
喜田は俺の言葉を繰り返す。
「あの人は結婚しててな。もうしばらくしたら夫も帰ってくると思うけど。そして、子供も”昔”はいた」
「昔?」
「そう昔。今はいない」
「それって・・・・」
「その子は高校生くらいの時に、交通事故で亡くなってしまったらしい。そしてちょうど、同じタイミングで俺が両親に捨てられた」
俺は親を失っていて、夫婦は子を失っていた。だから・・・・
「まあ、悪く言えば、お互いの傷を舐め合ってるみたいなもんだ」
お互いの喪失感を埋め合わせた。あたかも本当の家族であるように振舞った。
いつしか俺は、昔の両親のことを忘れていた。いや違うな。忘れたフリをしていた。
本を読んでいる時間だけは、心の底から忘れることができた。
現実と違って、壮大で美しい物語の数々に、心が惹かれた。
だから俺は・・・・水無月育人は読書が好きだ。