25. 自分の本当の気持ちなんて分からない
「おまたせ」
「おう」
コンビニの前で待つこと5分。喜田がコンビニの中から出てくる。
「それじゃ、帰ろっか」
「そうだな」
俺たちは、すっかり暗くなってしまった街並みを眺めながら、家に向けて足を進める。
「というか喜田の家って反対方向じゃなかったか? いいのか? 俺の家の方に歩いてて」
「いいんだよ。私は水無月くんと2人で話がしたかったんだ」
「俺と話・・・・?」
「うん。話っていうか質問・・なのかな?」
喜田は、いつになく真剣な表情を俺に向ける。
「水無月くんは何がしたいのかなって思って」
「え・・・・?」
それは・・・・生徒会長にも聞かれたことだ。あの時は適当にはぐらかしたが、今回はそうもいかないらしい。喜田は静かに、俺の答えを待っている。
「分からないな」
俺は本心を言った。
「え・・・・? 分からないって・・・・?」
「言葉通りの意味だ」
喜田はしばらく考え込むと、別の質問を投げかけてくる。
「水無月くんは、どうして読書部に入部しようと思ったの?」
「山田先生に脅されたんだよ。信じてもらえないかもしれないけどな」
教師が生徒を脅すなんてこと、普通は考えられない。
「脅された・・・・今も脅されているの?」
「いや、あとは自分で考えろって言われてる」
「じゃあ、いつでも読書部をやめることが出来るってこと?」
「そうだな」
そう、やめれるのだ。あの面倒だった部活を。
取り返すことが出来るのだ。本を読むための時間を。
・・・・・・なのに俺は・・・・
「生徒会長が来た時、水無月くんは読書部が廃部になるような行動をわざととったよね?」
「そう・・・・だな」
俺は読書部を廃部にさせたかった。あの時はそう思っていた。
「怒ってるのか? すまなかったな。自分勝手な行動だった」
「別に怒ってはいないよ。だって実際、私たちは本を全く読んでなかったわけだし。廃部になっても文句は言えないよ」
「でも・・・・あそこはお前たち4人の大切な居場所だったんだろ? 俺はそれを壊そうとしたんだぞ?」
なんでそんなことしたんだろう。本当に迷惑な奴だな俺は。
「なんで”4人”なんて言うの? 5人合わせて読書部じゃないの?」
「それは・・・・」
俺は自分の存在を消していた。まるで物語を見ているかのような気分だった。
・・・・いや、読者が物語に干渉できる訳ないだろ。俺は都合のいいように物語を歪めていた。まるで作者のように。もちろん、現実の物語に作者なんてものはいない。
・・・・神様にでもなったつもりかよ、俺は。
「水無月くんがどう思ってるかは知らないけど、私は水無月くんに感謝してる」
「は? 感謝?」
「だって水無月くんは、私や哀川さんのことを助けてくれたよね?」
トランプ勝負の時に、体操服が盗まれた時に・・・・・・確かに助けた。
「いや、でもあれは・・・・単純に気に食わなかっただけっていうか」
「それに、水無月くんが入部してくれたおかげで、部の雰囲気が明るくなった」
「・・・・ただの偶然だろ。別に俺じゃなくても・・」
「違うよ。水無月くんだったから、だよ」
俺だったから?
「もう一度聞くよ? 水無月くんは、何がしたいの?」
「俺は・・・・」
ふと俺は、設楽から貰ったクロワッサンの温もりを思い出す。俺は温もりが欲しかった。
ふと俺は、疎外感に襲われたことを思い出す。俺は人との繋がりが欲しかった。
俺は・・・・俺は・・・・俺は・・・・
あの読書部のことを、あの4人のことを、気に入っていたんだ。
「多分・・・・俺は、読書部のことが気に入ってたんだと思う・・・・」
「そっか。なら廃部にさせる訳にはいかないね」
喜田は、にこっと俺に微笑んでくる。
「私も、読書部のこと気に入ってるんだ。もちろん、水無月くんも含めてね?」
俺は温もりに包まれていた。自然と涙がこぼれ落ちる。
「え!? ごめん! 私なにかマズいこと言った?」
「・・・・いや、何も。これは嬉し泣きだ」
我ながら情けないと思う。女子の前で号泣するなんて、かっこ悪すぎだろ。
「でも水無月くんって、昔に何かあったの? あ! 話したくないなら話さなくてもいいよ?」
俺は一瞬、話すかどうか迷ったが、この機会を逃す訳にはいかないと思い、話すことを決心する。
「あ、水無月くんの家に着いたね」
いつの間にか俺の家の前まで来ていた。
「ごめんね? さっきの質問は忘れて? じゃあ、また明日ね」
喜田は手を振り、帰ろうとする。
「・・・・待ってくれ!」
「ん? どうしたの?」
「・・・・・・話すよ。そんなに面白い話じゃないけど」
「別に無理はしなくていいよ?」
「無理はしてない。俺が話したいんだ」
「・・・・なら聞こうかな」
俺は頭の奥の引き出しに閉まったものを取り出し、口に出して言葉にすることにした。