24. 策士、策に溺れる
帰り道。俺はお菓子のストックが切れていたことを思い出し、コンビニに寄る。
「いらっしゃいませー」
随分と気持ちの良い挨拶だ。というか聞き覚えがあるぞ、この声。
俺は声の主を見る。
「あ、水無月くん」
「・・・・・・喜田か」
喜田だと分かるまでに数秒、時間がかかった。なぜならいつもと髪型が違ったからだ。
「お前、コンビニのバイトやってたのか。今日部活に来れなかったのは、そういう理由か」
「うん、ごめんね。いつもは土日だけなんだけど、今日は人が足りないから入ってくれって、店長に頼まれちゃってさ」
「別にいいよ。それにしても・・・・」
俺は喜田の髪型を、まじまじと見る。
「・・・・そんなに変・・かな? 短いの」
「いや、今ちょっと感動しているところだ」
「感動? えっと、それって似合ってるって意味?」
「ああ」
喜田は長かった髪をまとめ、三つ編みにしていた。そして、さらにそれをお団子のように、くるっと丸めていた。
「ちょっと写真とってもいいか?」
「え? なんで?」
「可愛いと思ったものを、形に残したいって思うのは普通のことじゃないか?」
「可愛い・・・・」
喜田は俺から目をそらす。照れているようだ。
「まあ、1枚だけなら・・・・」
「サンキュー」
俺は携帯のカメラ機能で、喜田の写真をとる。
「ごちそうさまでした」
「そのお礼の言い方は、おかしいんじゃないかな?」
「あのーすみません、会計いいですか?」
「はい、ただいま!」
喜田は客のいるレジの方に、駆け足で移動する。
「560円になります。こちらのお弁当、温めますか?」
「いや、そのままでいいよ」
男性の客の人は1000円札を渡す。
「1000円からですね。お釣りの440円になります。ありがとうございました」
さすが喜田、と言うべきか。見事な接客だった。
特にお釣りを渡す時に、相手の手に若干触れるように渡すあのテクニック・・・・
喜田みたいな可愛い女の子にされて、嫌な感じがする男性客はいないだろう。まあ俺が喜田と同じ行為をしようもんなら、顔面に鉄拳が飛んできても、なんら不思議はないだろう。
さて、俺はお菓子を買いに来たんだったな。
危ない危ない。喜田の可愛い写真がとれた喜びで、忘れてしまうところだった。
俺は一通り、美味しそうなお菓子を何点か選び、喜田のいるレジに向かおうとする。
ん・・・・ちょっと待てよ?
俺は雑誌コーナーのある部分に目線を移動させる。
もし俺が、ちょっとエッチな本を買おうとしていたら、喜田はどういう反応をするだろうか・・・・?
「顔を真っ赤にした喜田が見れる・・・・! 可愛いこと間違いなし! 天才か!? 俺は!!」
俺は一番表紙がそれっぽいのを選び、その本を土台として、上にお菓子をのせてレジに持っていく。
お菓子を取るたびに、段々と表紙があらわになっていく、という目論見だ。
「会計よろしく、喜田」
「うん」
「あっ喜田ちゃん?」
「どうしたんですか? 店長」
控え室から、40代くらいの男が出てくる。どうやらこいつが店長のようだ。
「今日はもう、あがってもいいよ。あとは俺に任せて」
「いいんですか? 1時間ほど早いですが・・」
「いいのいいの、今日は喜田ちゃんに無理して来てもらったわけだし、タイムカードなら俺が1時間後に押しといてあげるから」
「そんな、悪いですよ?」
「いつもお世話になってるんだから、このくらいはさせてよ。ほら、レジ変わって?」
「・・・・分かりました。ではお言葉に甘えて」
喜田と店長が入れ替わる。
「あ、水無月くん。わたし今から準備して帰るから、一緒に帰らない?」
「おう、別にいいけど・・・・」
「ありがとう、じゃあ入り口のところで待っといてね」
そう言い残すと、喜田は控え室の中に入っていった。
「お待たせしました。お客様」
店長はそう言うと、会計を始めた。もちろん、エッチな本を見ても全く表情を変えず、
「1900円になります」
とだけ言った。
「あの、この本、お菓子と勘違いして持ってきちゃったんで、戻してきてもいいですか?」
「はい・・・・?」
店長はしばらく、訳が分からない、といった表情をしていたが、何かを察したのか、
「いいですよ」
と笑顔で言った。おおかた、こいつ買うのが恥ずかしくなったんだな、とでも思われているんだろう。
俺はエッチな本を本棚に戻してレジに向かう。
「では、先ほどの本の代金を差し引いて・・・・900円になります」
俺は店長に900円ぴったりを渡す。
「ありがとうございました」
なんだか申し訳ない気分になったので、俺は1000円札を募金箱に突っ込み、コンビニを出ることにした。