20. 結局、君は何がしたかったの?
桜山 凛音、3年A組。わが校の生徒会長を務める女。才色兼備、文武両道な彼女は当然、男子から大人気なわけだが、恋人などの浮いた話はてんでない。それは彼女の厳しい性格が原因だろう。
他人に厳しく自分に厳しく、という高校生らしからぬスローガンを掲げており、教員からの評価は高いものの、生徒からの支持はあまり得られていない。
そんな彼女に目を付けられることは絶対に避けねばならないことなのだが・・・・
俺としたことが・・・・目先の利益に飛びついて、安直な行動を取ってしまった。反省反省。
そして現在。俺は桜山に引っ張られ、生徒会室に連れてこられていた。中には俺ら以外には誰もいない。
「水無月、君には生徒会の書記になってもらう」
「丁重にお断りします」
俺は即答する。これ以上、面倒ごとを増やすのはごめんだ。
「言っただろう? 拒否権は無いと」
「先輩にそんな権限はないですよね?」
「あんまりこんな事は言いたくないのだが・・・・私の桜山という名前に聞き覚えはないか?」
「桜山・・・・?」
聞き覚えがある、というかよく聞く言葉だ。
「この高校と同じ名前ってことですか? でもそれが何だと言うんです?」
「桜山高校。この学校は私の父が運営している学校だ。つまり・・・・」
桜山は不気味に笑う。
「私の発言には、それなりに影響力があるということだよ」
「俺を脅しているんですか?」
「そうだな、脅している」
「自分で言うのも何ですけど、俺って結構、頭いいんですよね」
「ああ。知っている。君のことは既に調べている。一週間前にあった中間テストでお前は好成績を残している。特に国語は満点で学年トップ。大したものだ」
「そんな俺が何の理由もなく退学、なんてことになったら、さすがに他の生徒や教師から怪しまれるんじゃないですか?」
「たとえ怪しまれようとも、疑わしきは罰せず。なんの問題もない。さて、それでは選んで貰おうか」
桜山は書類を取り出す。
「これは生徒会役員の申請書。ここに名前を書いて書記となるか、この学校を去るか、好きなほうを選ぶといい」
「はあ・・・・」
正直、どっちでもよかった。別にこの学校に未練はない。ただ・・・・
桜山の言動が気に食わなかった。一泡吹かせてやりたい。そのためには学校を退学になる訳にはいかない。
「分かりましたよ。書記になりましょう」
俺は書類に名前を書き、桜山に渡す。
「うむ。いい判断だ。私は嬉しいぞ」
「ただで済むと思わないでくださいよ? もしかして、生徒会選挙の時も、こんな風に汚い手を使ったんですか?」
「さあどうかな? ご想像におまかせする」
「そうですか。では俺はこれで失礼します」
「待て。水無月」
「何ですか?」
俺は桜山に背を向けたまま答える。
「私からも一つ質問だ。結局、君は何がしたかったの?」
「なんの事ですか?」
「君は読書が大好きなんだろ? 山田先生から聞いているよ。それなのに何故、あんな行動を取ったんだい?」
「ご想像におまかせしますよ」
俺は振り返ることなく、生徒会室を後にする。
何がしたかったの? か・・・・
確かにその通りだ。俺は何がしたかったんだ?
読書部を廃部にしたかったのか? 喜田や哀川のことを助けておきながら?
なんで助けたんだ? 気に食わなかったから? 本当にそれだけか?
ふと俺は、遠い昔のことを思い出す。なぜ自分が何をしたいのかが分からないのか。なぜ俺はここまで読書に熱中するようになったのか。
「おい俺。余計なこと考えてるぞ。もう思い出さないって決めたんだろ?」
俺は自分に言い聞かせるように、そう呟き、思い出したことを頭の奥の引き出しに、そっとしまった。