13. 消去法は勘弁してくれ
「なんだかんだで来てしまった・・・・」
放課後。俺は地学室の前に来ていた。読書部の活動場所である。
家に帰って本を読むか、部室に行ってみんなと話すか、両者を天秤にかけた結果、後者に傾いたわけだ。
本来なら迷わず家に帰るだろう。俺は何よりも読書を愛する男だ。だが昨日の一件があって以来、どうにも読書に集中できない。あのクロワッサンの温もりが頭から離れない。
「とりあえず入るか」
俺はもう読書部の一員だ。赤怒田からも公認をもらったし、後ろめたいことなど何もない。
「よく来たわね変態。その度胸だけは認めてあげるわ」
「へ?」
部室に入った途端に赤怒田から罵声を浴びる。
「自首しに来たんでしょ? まあ土下座して謝るって言うんなら、警察に通報するくらいで許してあげるわよ?」
「あかっち鬼だねー」
すでに部室には4人とも揃っていて、何かを話し合っていたのかテーブルを囲むようにして、それぞれが座っている。
「えっと、聞きたいことは色々あるんだけど・・とりあえず赤怒田、なんで体操服のままなんだ?」
「どうしてだと思う?」
赤怒田は俺を睨みつける。お怒りのようだ。
「赤怒田さん。水無月くんは何も知らないみたいだよ?」
「しらを切っているに決まってるでしょ!」
「まあまあー決めつけはダメだよー。まずは事情を説明してみようよー」
設楽は事情とやらを話し出す。
「要するに、制服泥棒が現れたんだよ、みなっち」
「制服泥棒?」
「そう。赤怒田さんの制服が盗まれたらしいんだー。みなっち達のクラスは6限目は体育だったでしょ?」
「そうだな」
俺もこの前までは知らなかったのだが、喜田と赤怒田は俺と同じAクラスらしい。俺は読書に熱中するあまり、クラスメイトの顔なんて覚えていなかったのだ。
「で、体育が終わって地学室に帰ってきたら制服が無かったんだってー」
「なるほど」
だから体操服姿でいるわけか。それに関しては納得がいった。だが・・・・
「さっきの赤怒田の口ぶりだと、まるで俺が犯人みたいじゃないか」
「うん。問題はそこなんだよね。つまり・・みずっちは容疑者ってことだよー」
「俺が!? なぜに!?」
「だってあんたしかいないからよ」
赤怒田が会話に割り込んでくる。
「あんた、体育の時間見なかったけど、何してたの?」
「本が読みたかったからな。体調が悪いって言って、保健室でサボってた」
「へえ? 保健室ねえ? 証拠はあるの?」
「ちゃんと体育の先生には保健室に行くって言ったぞ」
「それだけじゃあんたが保健室に居たっていう証拠にはならないわ。どこかに隠れといて授業が終わる頃に戻ってくればいいんだから」
確かにそうだ。今日は保健室に先生が居なかったし、これは少しマズい展開だな。
「ちなみにあんた以外は全員、授業に参加していたわ。私は授業が終わってすぐに地学室に戻ってきたし、犯行が可能なのは水無月! あんただけってことよ!」
赤怒田は探偵のように、ビシッと俺のことを指差した。
「別に俺以外にも犯行可能なやつはいるだろ? 例えば他のクラスの連中とか」
「それはないんじゃないかな」
今度は喜田が割って入る。
「私と赤怒田さんがここで着替えてるのを知っているのは、同じクラスの人くらいだよ」
赤怒田は肌を他人に見られるのを嫌う。そのため女子更衣室を使わずに、この地学室を使用している。喜田はそれに付き添う形だ。
「で、でも・・・・俺には動機が無いぞ!?」
「は? どうせ私の制服を匂って、いやらしいことでもするんでしょ!?」
「俺が犯人だったら喜田の分を盗むぞ? 喜田の方が素直で可愛いからな」
「あんた喧嘩うってんの!?」
「水無月くん・・そういう発言はちょっと・・恥ずかしいっていうか」
喜田は顔を赤くして照れている。うん。可愛い。制服盗みたい。
「みんなー、いったん落ち着こー? このまま熱くなっても、しょうがないよー」
「でも設楽! どう考えてもこいつが怪しいじゃない!」
「そうやって決めつけるのは、あかっちの悪い癖だよー? まずはみなっちが犯人だっていう先入観を捨てなきゃー」
「でも消去法で考えると・・!」
「消去方を用いて結論を出したいなら、すべての方法の可能性を考えなくちゃいけないよー? もしかしたら誰かがこの部室に偶然入って、あかっちの制服を見つけたのかもしれないよー?」
「そんなこと考えたらキリがないじゃない!」
「そうだねー、キリがない。だから消去法に頼り切るのも問題だよー?」
赤怒田は悔しそうに黙る。どうやら設楽が言うことにも一理あると思ったようだ。
「さーて、面白くなってきたねー」
設楽はこんな状況にも関わらず、楽しそうに笑っていた。