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10. 少し遅めの自己紹介

 結局、哀川が目覚めたのは設楽が部室を出て行ってから2時間ほどが経過した時のことである。


「あ・・・・れ・・・・?」


 哀川は顔を起こすと、隣に座っている俺の存在に気づく。


「あ、起きたか」

「・・・・誘拐?」

「落ち着け哀川。俺は誘拐犯じゃない」


 俺は即答する。変な誤解でもされたら、たまったもんじゃない。


「あれ? 部室・・? 私なんで寝てたの・・・・? 他の皆は?」

「皆ならもう帰ったぞ。だいぶ外が暗くなってきたしな。俺たちも帰ろう」


 時刻は現在、午後6時半。いつもの俺なら家でベッドに寝っ転がって本を読んでいる時間だ。


「あなたは・・・・だれ?」

「水無月だ。残念ながら今日から読書部の一員になってしまった。というか1回、自己紹介したろ?」

「みな・・づき? ああ、山田先生が言ってた・・」

「そうだ。これからよろしく。多分あんまり来ないけど」

「私は・・哀川ともみ・・・・その・・・・よろしく・・」


 哀川は俺と目を合わさないようにして答えた。恥ずかしいのだろう。


「さ、帰るぞー」

「ま、待って・・」

「ん? 具合でも悪いのか?」

「お腹・・・・空いた・・・・」

「は?」


 突然何を言い出すんだこの子は。やばい・・また面倒なことになりそうな予感が・・・・


「この時間だと食堂も開いてないだろうし、とりあえず学校の外に出るしかないだろ」

「でも・・動く元気が・・・・」

「俺は先に帰るぞ」

「・・・・ぐすん」


 哀川は泣きそうな顔でこちらを見てくる。やめろ。そんな目で俺を見るな! くそっ! 可愛いじゃねえかこの野郎!


「あー! もう分かった。とりあえずこれでも舐めとけ!」


 俺はポケットから飴を取り出すと、哀川に向けて投げる。哀川は一瞬、びくっと驚いたがその正体が飴だと分かると笑顔になった。


「ありがとう・・!」


 今日一番の返事のよさだった。普通、飴1つでここまで喜ぶか? 小学生かよこいつは。まあ可愛いからいいけど。


 哀川は飴を口に入れて舐めだす。


「あ・・でもそういえば。お母さんが知らない人に貰ったものは食べちゃダメだって言ってた・・」

「そういうセリフは食べる前に言おうな。それに、俺はちゃんと自己紹介したんだから知らない人じゃないだろ?」

「あ、そっか・・」


 まったく・・知らない人とは失礼な! 俺がショックでうっかり自殺でもしたらどうすんだ!


「とりあえず・・帰れそうか?」

「うん」

「よかった」

「正門くらいまでなら歩けそう」


 よくなかった。






 とりあえず正門まで2人で歩いていくと、そこで設楽と合流する。


「みなっちお疲れさまー。はい差し入れ」


 そう言って俺に袋を渡す。温かい・・? 中を見ると、炊き立てだと思われるパンが入っていた。


「はい、ともみの分もあるよー。お腹空いてきたころじゃないかなーと思って」

「わあ! クロワッサン! 優大好き!」


 哀川は、俺が飴を渡した時とは比べ物にならないほどの笑顔を設楽に向ける。


 ・・・・べっ別に! 悲しくなんてないけどな! ふん!


「用があるってパン屋に行くことだったのか?」

「いやー? 用があるって言ったのは嘘だよー。ごめんねー」


 設楽はヘラヘラ笑いながら俺に謝ってきた。そんな謝罪があってたまるか。


「嘘ってお前・・どうしてそんな嘘をつく必要があったんだ・・?」

「そっちの方が楽しそうだったからかなー?」

「殴ってもいいか?」

「女の子を殴るなんて最低だねーみなっち」


 お前には言われたくない。


「まあまあー、クロワッサンあげたんだから許してよー」

「はあ・・お前ってやつは・・・・」


 部室で2時間も待った苦労がクロワッサン1個でチャラ? 割に合わないとはこのことだ。


 俺はクロワッサンを一口かじる。


「おいしい・・」

「でしょー? 私のオススメなんだー」


 俺は久々に、ぬくもりというものを感じたような気がした。

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