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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
第二章「勇気ある者は……」
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3、悪魔への貸付

「あなたと……組む?」


「ああ、そうだ。俺もお前と同じように相手に尽くしてきたぶん、大いに心が傷ついている。

 二人で共に報われなかった恋の恨みをすすがないか?」


 冗談めかした口調で言うカエインの瞳に、一瞬だけ、悲しみの色が浮かぶのを見た気がした。


「つまり対等な関係で協力し合おうと言うのね?」


「もちろん対等な関係だとも。俺の愛人になるかもお前の自由意志だ。

 それならば断る理由はないだろう?」


 ということは見返りなしで、デリアンとエルメティアに思い知らせるための強力な仲間を得ることができるというわけか……。

 ――断わる理由がないどころか、むしろすぐにでも飛びつきたい提案だ――


 しかし現在、心が荒みきっている私は即答を避け、あえて皮肉っぽくこう尋ねる。


「あなたが私を裏切らないという確証はある?」


「そこは素直に信じて貰うしかないな」


 私はカエインの悪魔じみた妖しい美貌を眺め、ふーっと長めの溜め息をつく。


「信じようにもカエイン、あなたの今までの行動を思うとね……。

 我がバーン家には、信用できない者とは決して手を組むなという家訓があるのよ。

 まずは口先ではなく、行動で信用できるところを示して欲しいものね」


「――と、言うと?」


 興味深そうに尋ねるカエインの声に、そこで扉のノック音が重なる。


「カエイン様、いらっしゃいますか?」


「なんだ、レイヴン」


「エルメティア姫とカスター公がお会いになりたいとおいでになっています。

 ただ今、お二人には琥珀の間にてお待ち頂いておりますが、いかがいたしましょうか?」


「分かった、すぐに行こう」


 返事をしてから、カエインは私と顔を見合わせ愉快そうに口元を歪める。


「どうやらお前のことが気になって様子を見に来たらしいな」


 私はふんと鼻を鳴らし、忌々しい思いで吐き捨てる。


「わざわざ二人で連れ立って、私が無事に忘却の水を飲んだか確認しにくるなんて、まったくご苦労なことね!!」


「取りあえず、シア。王族を追い返すわけにはいかないし、この俺にも一応立場というものがある。ここは話の内容に合わせてくれないか?

 お前は二人の前では何もしゃべらず、ただ俺の身体にしがみついているだけでいい」


 カエインの頼みにたいし、私は少し考え込んでから、勿体ぶった口調で答える。


「いいけど、この貸しは高いわよ? カエイン」


「ああ、後で必ず返そう」


 あっさり請け合って、さっそくカエインは漆黒のマントを靡かせて歩き出し、私は守護剣を引っ込めると、お返し目当で哀れな忘却者を演じる舞台へと向かう――


 信じがたいことに、上りはあんなに長かった塔の階段なのに、下りはたった一階分ほどの距離だった。


 下の階の廊下へと出たカエインは、少し進んだ位置の扉の前で立ち止まり、私の腰を抱き寄せると、挨拶しながら扉を押し開く――


「お待たせしたな。エルメティア姫にカスター公」


 また空間が省略されたらしく、目の前に広がったのは、ここに来た時に最初に通ったホールの続きの間だった。

 琥珀色の壁や天井に囲まれた室内では、中央に置かれた長椅子に深く座るエルメティア姫と、その真後ろに立って背もたれに肘をつくデリアンが待ち構えていた。


 私はマントの内側に潜るようにカエインの身体にしがみつき、無意識にでも睨まないようにわざと目の集点をずらして憎き恋人達を眺める。

 すでに二人一緒にいる姿を見ても、腹の底から沸きあがるどす黒い感情が強烈過ぎて、今までのような胸の痛みはほぼ感じられない。


 私達の入室に合わせて立ち上がったエルメティア姫が、ハッとしたように私の頭部に目を止める。


「――シア、その髪――!?」


 カエインが気安く私の髪に触れながら説明する。


「どうも、シアは昨日、俺が命を助けたことを相当に恨んでいたらしく、会いに来た早々、錯乱状態で抗議しながら自ら髪を切ったのだ。

 だが忘却の水を飲ませたあとはこの通り、すっかり大人しくなって可愛いものだ」


「――ずいぶんあなたにべったりなのね、カエイン?」


「ああ、どうやら記憶を無くして最初に出会ったこの俺に懐いてしまったらしい。

 くっついて離れない上に、俺の姿が見えないと狂ったように泣いて暴れるので、落ち着くまでは側についているしかない」


「まあ、カエイン。まさか面倒くさがりのあなたがシアのお守りを、引き受けると言う気じゃないでしょうね?」


「むしろ喜んで引き受けるとも。こんなすこぶるいい女は滅多にいないからな」


 積極的なカエインの台詞を聞いて、エルメティア姫が赤い巻き毛を揺らしてケラケラと笑う。


「なーんだ、カエイン! そっち方面でシアを気に入ったのね。

 いいんじゃない? どうせシアのその様子じゃ、どこにも嫁ぐことは出来ないでしょうし、あなたの自由にしてもまったく問題ないわ!

 ――ねぇ、デリアン?」


 同意を求められたデリアンは、発作的にたてがみのような金髪を掻き毟り、溜め息まじりに吐き捨てる。


「その女のことなら俺にはもういっさい関係がないし、興味もないので好きにするといい――と言いたいが――侯爵家に戻らなければ家族が心配するだろう?」


「あら、デリアン。逆にこの状態で戻ったほうが家族は心配すると思うわ」


 相変わらず人を人とも思わない会話の内容に、堪えきれぬ憤怒の感情が溢れて歪みかけた顔面を、不本意ながらもカエインの胸元に埋めて隠す。

 怒りでうち震える私の身体を、カエインの両腕が包み込むように抱きしめた。


「任かせてくれ――そこら辺は俺が、魔法薬の副作用が出たのでここで療養させるとでも、適当な理由を書いた手紙を侯爵家に送っておこう――」


「そういうことならカエイン、シアのことは全面的にあなたに任せるわ。

 ただし王国の二本の剣の片方と呼ばれているバーン家に、これ以上無駄な恨みは買いたくないから、くれぐれも死なない程度に可愛がるように気をつけてちょうだい」


「そこは心配無用だ。なにせ俺はベッドの上では蜜のように甘く優しい男だからな。

 殺すどころかシアの身体を毎日悦びで存分にとろけさせてやる予定だ。

 ――実はここに呼ばれる前にも少し味見をしていたのだが、想像以上にシアは甘美な味わいだった」


 もしかして舌を噛まれて口から血を垂れ流したことを言っているのだろうか。


「それは、それはお楽しみのところを邪魔して悪かったわね。

 だったらこれで話も終わったことだし、すぐにベッドに戻ってたっぷりシアを可愛がってあげるといいわ」


「ありがとう。ぜひそうさせて頂くよ」


 カエインの愉悦が滲んだ声に、低くくぐもったデリアンの声がかぶさる。


「エティー、俺は先に行く!」


「待ってデリアン、私も行くわ」


 慌てたようなエルメティアの声が響き、脇をすり抜けて行く二人の足音と気配がした直後、乱暴に扉が閉じられる音が室内に響き渡る――


 ――と、部屋に残された私は、


「いつまで図々しく抱いているのよ!!」


 八つ当たり気味に叫んでカエインの腕を振りほどき、力いっぱい胸を突き飛ばす。


 終始無言でしがみついていただけの私への嫌みなのか、


「なかなかの名演技だったじゃないか」


 ニヤニヤ笑いを浮かべて軽口を叩くカエインの顔を、今すぐ引っ掻いて血まみれにしてやりたかったが――他に優先すべきことがある私は、ぐっ、と堪える。


「そんな下らないことより、カエイン。

 さっそくだけど、今貸した分の取り立てをしてもいいかしら?」





 ――それから少し後――


「ねぇ、カエインここの階段は省略できないの?」

「……まあな……」


 私はカエインの後ろに続いてルーン城の地下牢獄を目指し、細く長く暗い階段を下っていた。


 貸した分のお返しにと私がカエインに求めたのは、この先にある牢獄で幽閉されている、幼馴染にして親友のセドリックとの面会だった。

 カエインは手に持った短い杖の頭部分の珠を光らせて、進行方向を照らしながら下へ下へと進んでいく。


 そうして地の底に吸い込まれていくような階段をひたすら下り――

 ようやく辿り着いた地下牢獄の入り口には、見上げるほど巨大な黄土色の岩でできた二体のゴーレムが立っていた。

 カエインは珠の光で私の顔を照らしだし「以降、この女はこの扉の中へと通してもいい」と門番のゴーレム達に告げてから、扉を開けるように指示を下す。


 開け放たれた扉をくぐれば――その先はいよいよ、両脇に鉄製の扉が並ぶ地下牢獄内の通路――


「この牢獄を守っている門番も見回りもはすべて、作り主である俺の指示にしか従わないゴーレムで、絶対に脱獄の手引きなどしないので安心だ。

 ――何しろ、人間というやつは裏切るからな」


 この男が言うと妙に説得力がある。


「しかもお前の会いたがっているセドリックのいる部屋は、この牢獄の最奥部分にあって、途中10体のゴーレムに会わないと辿りつけない場所にあるから、俺の許可無き者が潰されずに生きて通り抜けるのはまず不可能だ」


 解説しながら、カエインは見回りのゴーレムに出会うたびに、いちいち私の顔を見せて「この女は通していい」と教えていく。


 そして数えて10体目のゴーレムとすれ違った私の瞳に、ついに通路の突き当たりにある扉が映る。

 あそこが最奥部分のセドリックがいる牢屋に違いない。


 三年弱ぶりの親友との再会に舞い上がり、私は閂を開ける間ももどかしく、扉についた小さな覗き窓から中の様子を伺った。

 ところがぼーっと照らされた室内には毛布の塊が床に転がるだけで、特にセドリックらしき姿は見えなかった。

 本当にこの中にセドリックがいるのだろうか? 

 疑問を感じながらも、扉が開くのと同時に私は室内に飛び込み、懐かしい幼馴染の名前を大声で呼ぶ。


「セドリック!! 私よ!!」


 すると、室内中央の床にあった毛布の塊が、ビクンと大きく跳ね上がり――次の刹那――中から叫んで立ち上がる人物があった。


「――その声、シアなの……!?」


「ええ、私よ、セド!!」


 煌く長い銀髪に、乙女のように甘く優しく美しい顔立ち、エルメティアと同色でありながらまったく逆の印象の陽だまりのように穏やかで温かい緑色の瞳。

 目の前に立っているのは間違いなく、絶世の美女であった前王妃に生き写しの、幼馴染の廃太子セドリックだった。


「本当にシアなの! ……これは夢……? 信じられないよ、君にまた会えるなんて……!?」


 セドリックは両腕を広げて感極まったように叫ぶと、いきなりがばっと私に抱きついてきた。


 苦しいほど強く抱きしめられながら、私はセドリックの肩越しに、石造りの粗末な牢屋内を見回す――


 見たところ調度は隅に置かれた椅子式便器のみで、見事なまでに毛布以外何もなく、唯一の照明である床に置かれたオイルランプが寒々しい室内を照らしている。


 ――これが一国の王子として生まれた者の現在の住まいとは……。


 そう思う一方、これほどまでに今の私の気分に合致した住処もないと思える。


 再会の興奮をおさめるようにセドリックが溜め息をつき、抱擁する腕の力を緩めたタイミングで、私は背後のカエインを振り返る。


「カエイン、私はセドと色々積もる話があるので、今夜はここに泊まることにするわ。

 悪いけどあなたは一度帰って、明日またここに来てくれる?」




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