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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
番外編1〜前世編〜「東へと続く道」
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4、繰り返す運命

「ふむ、薬が完全に効いて、幼児返りしたようだな」


「幼児返り……!?」


 子供のように素直になるとはよく言ったものだ。


「デニスは記憶も無くしたの?」


「ああ、愛する者への想い以外は全部な。だから、リオ、お前のことを覚えているのだ」


「――!?」


 色々ネヴィルには言いたい事があったが後回しにする。

 レダが来る前にできるだけ遠くへユーリを逃がさなくては――


「ユーリはどこ?」


「こっちだ」




 数時間後、私は馬に乗って全速で草原を駈けていた。

 背後に二騎――ネヴィルとユーリがそれぞれ馬でついてきている。

 野営地ではデニスが私の後ろにぴったりとつき従っていたおかげで、ユーリを連れ出すのも、馬を借りて抜け出すのも簡単だった。


「リオ……どこへ行くの?」


 私の腰にしがみつきながら後ろからデニスが不安そうに訊いてくる。


「うんと、うんと、遠くへよ」


 二人の乗りでこのスピードだと短時間で馬はヘバるだろう。

 だが、森の入り口へ到達するまでもてばいい。


 四つの国の領地に接する広大な森の手前で下馬すると、ネヴィルに命じる。


「なるべく馬を遠くまで行かせて」


「わかった」


 徒歩になったところでようやく会話をする余裕が生まれた。


「デニスの様子がおかしいのは、ネヴィルの魔法?」


 ユーリの質問にネヴィルが答える。


「魔法薬の効果で幼児返りしているのだ。レダに命じられて俺が作った」


 デニスに飲ませた薬がレダの依頼品だというのは初耳だ。


「レダは何の為にこんな薬を?」


 私が尋ねると、ネヴィルはおかしそうに喉を鳴らした。


「愚問だな」


「つまり、僕に飲ませるつもりだったんだね……」


 察しのいいユーリが沈んだ声で言う。


「いっそ、逃げないであのまま城に止まり、薬を飲まされていたほうがどんなに良かったか……。そうしたら苦痛もなく、こうして君達を巻き込まないで済んだ」


「馬鹿な事を言わないで、ユーリ!」


 私は一喝した。

 それでもユーリは後ろ向きな発言を止めなかった。


「どうして昔から僕はこうなのだろう? 姉には幼い頃から一方的にやられっぱなしだった」


「それは、あなたが優しすぎて無欲で、レダが傲慢で強欲だからよ」


 互いの母親が姉妹のように仲の良い従兄弟同士だったので、私とユーリとレダはそれこそ赤子の頃からのつきあいだった。

 負けず嫌いで驕慢な性格のレダにずっとやられっぱなしだったのはこの私も一緒だ。


「思えば生後最初の記憶から、僕はレダに泣かされていた。もしかしたら、生まれる前からそうだったのかもしれない……人の魂の本質は生まれ変わっても同じだと言うからね……」


 それを言うなら私もそうだ。

 武力を誇る一族にあって、我ながら戦いに向いていない性格だった。

 花を摘んだり、人形遊びがしたいのに、物心つく前から無理矢理、朝から晩まで剣を握らされた。

 弱音を吐いては姉のカロに「意気地なし!」と馬鹿にされ、東の大陸では女性は剣など握らないという話を聞いてはうらやましく思った。

 そもそもこんな私が戦女神の剣なんかに選ばれたのが間違いだったのだ。


 ネヴィルが訳知り顔で言う。


「そうだな、基本的に人は何度転生しようとも、自ら好んで因縁に縛られ、繰り返し同じような人生を送るものだ」


 だとしたら、運命を変えるには強い意志力が必要なのかもしれない。


「……きっと僕もそうなんだろうね……」


 沈んだ声で言うユーリにネヴィルは軽口を叩く。


「だが、案外それも悪くない。俺など、兄に与えられた重大な役目を代われと言われたらぞっとしてしまうからな」


「――恐れを口にすると実現するわよ――滅多な事は言わないほうがいいわ」


 人一倍臆病だった幼い頃、姉のカロによく言われた脅し文句をネヴィルに送る。


「不吉な事を言うな」


 私はふっと笑ってから、気を引き締める。


「さあ、無駄話はそれぐらいにして、急ぎましょう!」


 と、足を速めかけた私のマントの裾を、後ろからぐいっと引っ張る者があった。


「ねぇ、リオ、お腹が空いた」


 振り返ると腹の虫を鳴らしたデニスだった。

 私は溜め息をつき、携帯していた堅焼きビスケットと干し肉を差し出す。

 幸い精神は幼児返りしても身体はそのままのようで、どんなに急ごうともデニスは息も乱さずついてきた。

 それからしばらく森の奥へ奥へと向かっていたとき、


「まずいな」


 ネヴィルが鋭く呟いた。


「どうしたの?」


「森に包囲網が敷かれ始めている」


「もう早?」


 随分動きが迅速だ。


「ああ、シメオンの影は先行隊にもいたからな。お前とデニスがユーリを連れ出した事はすぐにレダへ伝わっただろう。影を使えば全体への指示も一瞬だ。一応追跡の影は幻視で巻いたものの、蹄の痕を辿ればわかる。アスティー、リディア、ローアから、ぞくぞくと軍隊がこの森へと向かっている」


 見通しのいい平原と過酷な山脈越えを避けた結果、却って状況が悪くなったらしい。


 たぶん、プロメシア側にも厚く兵が敷かれることだろう。

 かと言って今更戻るわけにもいかない。

 慎重に馬で入れない経路を選んでいるとはいえ、四方から来られればいずれ追っ手と出会う事は避けられない。


「なら、戦って力づくで突破するしかないわね」


「でも、リオ……相手にはローア国……君の家族も……」


「戦場にあって家族も何もない。デニスが敵にいないだけでもありがたいわ」


「ねぇ、リオ、敵がくるの?」

 

 横で会話を聞いていたデニスが尋ねてきた。

 木立ちの上から差し込む夜明けの光に浮かび上がるその表情は、相変わらず子供のように無邪気なものだった。


「そうよ、悪い奴らが私達を捕まえにやってくるの」


「捕まったらどうなるの?」


「あなたはともかく、私は殺されちゃうでしょうね」


 聞いた瞬間、デニスは真っ青な瞳を見張り、端正な唇を引き結んで、ぶるぶると震わせた。


「リオが……殺される!? そんなの絶対に駄目だ!!」


 叫びしな、さっそく私を守ろうとするように逞しい両腕で抱きしめてくる。

 本来の状態の彼に守られるなら、どんなに心強かっただろうだろうと思いつつ、私にはデニスの腕の中で話を続ける。


「レダのいる位置はわかる? ネヴィル?」


 悔しいけど勝てない相手は避けたほうがいい。


「いや、見える範囲では今のところそれらしき姿はない」


 どうやらネヴィルの遠見には距離制限があるらしい。

 レダもデニスと同じように戦場ではつねに特徴的な朱金色の鎧を着ていた。


「他はいいから、もし、レダが見えたら教えてちょうだい」


 とにかく前へ進んでいくしかない。



 ――予想より早く、最初の追っ手と出会ったのは、朝日が登り切る前だった――

 数十人ほどのリディア兵がこちらに向かってくるのを視界に認めたとき、私より先にデニスが動いた。


「リオは、俺が守る!!」


 力強く叫び、鎧の重さもものとはせず疾風のようけ駆け出したかと思うと、大鷲のように空を舞う――


「――!?」


 空中で抜き放った剣は太陽のように目映い輝きを放ち、一振りで数本の大木ごとリディア兵をなぎ払った。

 そのあまり威力と自国の王への畏怖に逃げだそうとする兵士達もデニスは背後からまとめて斬り倒し、瞬きをしている間に、立っている敵は一人もいなくなる。


「凄い……!」


 ユーリが感嘆の声を漏らす。

 確かにこれまで見てきた中では圧倒的に、今日のデニスが一番強い。

 特に剣の威力が凄まじかった。

 驚愕の思いと共に同時に激しく疑問が起こる。 


「……なぜ……? 私を想うと狂戦士の剣は威力を失うのでは無かったの?」


 その問いに幼児返りしているデニスの代わりに答えたのはネヴィルだった。


「デニスの持つ剣は、利己的な理由で強さを求めた時は『狂戦士の剣』となり、誰かや何かを守りたいというような純粋な心で強さを求めた場合は『聖騎士の剣』となるのだ」


「なぜ、あなたがそんな事を知っているの?」


「詳しくは言えないが、胎内で得た知識とだけ言っておこう」


 それにデニスは国を守りたくて強さを求めた筈だ。


「純粋な想いって何?」


「それは私欲の混ざらない、見返りを求めない、無償で捧げられるもののことだ。とにかく、デニスの強さを求める動機に邪念がなければ、レダを選ぶ必要はなかっただろう。なぜなら今見たように剣はより強さと輝きを増していた筈だからな」


「……そんなっ……!?」


 もしもネヴィルの言うことが本当なら、デニスは私を選ぶ道もあったのだ。


 愕然とする私の耳に、その時、ユーリの焦った声が入る。


「リオ、また新たな追っ手が現れた!」


 途端、再びデニスが駈けだしていく。

 私も反射的に剣を抜いてはみたものの、全く出番はなさそうだった。

 なぜならデニス単独でも無双状態――人間離れした身体能力で跳躍し、現れた傍からまとめて相手を地面に沈めていったから――


 ところが、数千ほど追っ手を地面に沈めた頃だろうか。

 新たに現れたアスティー兵の一団の一人の剣が紅蓮の火を吐き――逆巻く炎が『聖騎士の剣』が放つ黄金の光とぶつかり、激しく押し返し合う――


「……なっ……!?」


 驚くべき光景に言葉を失う私の背後から、ネヴィルが謝罪してくる。


「すまないリオ、教えて欲しいと言われていたのに、見逃してしまっていたようだ。まさか、俺の遠視を警戒して、一兵卒の鎧を着て現れるとはな」


「えっ?」


 まさか、と思って固まって見ていたとき、デニスに向かって飛んでいく白い影が視界を掠める――


 一拍遅れで反応して剣を投げつけるも、見事に外れ、デニスの膝裏に白蛇が食らいついた。

 あわせるようにアスティー兵はいったん後方へ飛び「よくやったわ、シメオン!」と甲高い笑声をあげた。

 白蛇は地面を流れるように逃げていき、白ローブを着た白髪の人物の腕へと巻き付く。


「ぐっ――!?」


 直後、デニスは呻きながら膝を押さえ、地面にうずくまった。


「うふふ、即効性の毒よ、デニス。すぐに身体が麻痺して動けなくなるわ」


 愉しそうな声で言いながら、フルへイムの兜を脱ぎ放ったのは――真紅の巻髪とユーリと同じ緑色の瞳を持つ、アスティーの王女にしてリディアの現王妃レダだった――


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