2、銀の魔法使い
私はいったん立ち止まり、盛大に溜め息をついた。
「いい加減にしてユーリ! はっきり言うけどレダの味方をするぐらいなら、私は舌を噛み切って死んだほうがマシなのよ!」
「それは……デニスがレダを選んだから?」
親友のユーリは私のデニスへの想いを知り尽くしていた。
「……痛いところを平気でつくのね」
「ごめん」
「勿論理由はそれだけじゃないわ」
レダへの嫉妬心以上に、私は今回の事で責任を感じていた。
なぜなら戦は急に起こったりしない。
何ヶ月も準備期間を要していた筈なのに、失恋した悲しみやレダへの嫉妬で頭がいっぱいで、少しもその動きに気づかなかった。
一国の妃になるならもっと国の情勢に気を配るべきだったのに――この体たらくぶりではデニスがレダを選ぶのも当然だ。
「でも、今はこんな風に言い合っている余裕はない。一刻も早く遠くへ逃げなくては――それと」
私はユーリの背後を睨み付ける。
「ネヴィル、なんでついて来ているの! あなたは連れて行けないわ」
「なぜだ? 俺がいなければ、お前らは逃げ延びられない」
「……どういう意味?」
「今回の戦の為にデニス王が雇ったシメオンは魔法使い第三位の実力者。無数の影を飛ばすのが得意なので、お前らはすぐ見つかるだろう」
「――あなたが一緒にいれば見つからないとでも言うの?」
「俺は魔法使い二位だ。あらゆる魔法はより上位の魔法の前では意味をなさない。お前らが見つからないように探索除けの術をかけることができる」
私は冷笑した。
「どうせ大ボラを吹くなら魔法使い第一位と言ったらどう?」
「待って、リオ! ネヴィルの言うことは真実だと思う。僕が見てきた範囲では、他の魔法使い達はことごとく彼を敬う態度を取っていた。かなり上位の魔法使いであることは間違いない」
「つまり、最上位の魔法使いが乗り出さない限りは安泰ってわけ?」
「心配ない。魔法使い第一位は俺の双子の兄。弟想いなので決して邪魔はしないだろう」
どうやらネヴィルもユーリと同じで双子だったらしい。
「いずれにしても、あなたのことは信用できない。裏切られる可能性がある者と一緒に行動するなんてごめんだわ」
「でもリオ! 彼は僕を逃がしてくれた」
「案外そのままレダの元へ連れて行く気だったかもよ? 二人の仲の良さをあなたも知っているでしょう?」
「……それは……」
ユーリは口ごもる。
私は口元を歪め、ネヴィルの妖しく光る銀色の瞳を見据え、つい三ヶ月前の事を思い出す。
――忘れもしない、リアの王城で行われたデニスとレダの結婚式――
他の女性と並ぶデニスを直視したくなくて反らした瞳に、同じく挙式に参列していたネヴィルの姿が映った。
その、微動だにせずレダだけを一心に見つめる様子に思わず目を奪われていたとき、視線に気づいたらしいネヴィルがこちら向いた。
――お互いの瞳と瞳が合った一瞬――
確かに私はネヴィルの瞳の中に自分と同じ”痛み”を見たのだ。
あるいはそれは幼い頃から訪れる機会が多かったアスティー城で、いつもネヴィルにべったりだったレダを見てきたからかもしれない。
何にしてもネヴィルがレダではなく、ユーリにつくなんておかしい。
「ねぇ、ネヴィル、レダが隣国へ嫁ぐまで恋仲だったと言われていたあなたを、一体どうしたら信用できるのかしら?」
「そうだな、特別レダと親しかったことは認めよう。だが、恋仲だったという噂については否定させて貰う。
そもそも俺には恋愛感情どころか人間らしい感情はない――すべて腹の中で片割れである兄に持って行かれたものでな。レダの事をなんとも思っていない以上、アスティーの宮廷魔法使いとしての立場が優先される。だからこうしてレダからの協力要請を無視してユーリアンを逃がしているのだ」
「……」
そこまで言われても結婚式の印象があるので、にわかにネヴィルを信じられない。
しかし、今は一刻を争う。追求は後にするべきだろう。
「だったら、行動で証明する機会をあげる。魔法使いなら馬ぐらい呼べるでしょう?」
「お安い御用だ」
ネヴィルの返事通り、洞窟を出ると立派な体格の馬が三頭待っていた。
まずは洞窟周辺の湿地を抜け、その後は国境を跨がる森林に隠れて、ユーリの母親の出身国であるプロメシアへ向かう事にした。
ところが、ぬかるむ地面を進むのに時間を食っているうちに、押し寄せる蹄の音が前方から響いてくる――
私は舌打ちして逡巡する。
隠れてやり過ごすか、突破するべきか。
後方は頂上に城が建つ断崖絶壁で、しばらく迂回する必要がある。
現在いる周囲は痩せた低木ばかりで、長く身を隠せるような場所ではない。
しかし使いこなせないとはいえ、私も戦女神の剣に選ばれた者。
加えてデニスの隣に並びたい一心で、この7年間ひたすら剣技を磨いてきた。
音からして数百騎程度。
デニスかレダさえいなければ突破できるかもしれない。
「軍を率いているのは誰だかわかる?」
素早く問いかけると、ネヴィルは遠見するように銀色の瞳を細めた。
「デニスだ」
それはツイていない。
デニスは私の剣の師匠なので戦っても万に一つも勝ち目はない。
「あなたの術で私達の姿を隠せる?」
「やれないことはないが、狂戦士の剣の使い手であるデニスには特殊能力がある。近くへ寄れば、強力な魔法剣の使い手であるお前達の気配は確実に察知されるだろう」
悪い事にユーリも古代から伝わる「聖王の剣」に選ばれた者なのだ。
答えを聞いたそばから私は判断し、近くの沼に馬を沈め、ユーリの手を引いて茂みの中で腹ばいになる。
――果たして――ネヴィルの言った通り、騎馬兵達の先頭に立っていたのはデニスだった。
私はその姿を確認すると機転を利かせて剣を抜き、ユーリの首筋に剣先を当ててから立ち上がる。
そして自らデニスの方へと進んでいく。
「デニス! 待っていたわ!」