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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
最終章「結び合う魂」
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5、デリアン

 復讐の女神の剣を前方へとまっすぐ伸ばし、気迫をこめて私は宣言する。


「どれほど、この時を待ちわびてきたことか!

 今こそ私の恨みを存分にその身に刻みつけ、敗北の土を食らわせたあと、心臓を抉り出してやるわ!」

 

 対峙するのはたてがみのような黄金の髪と、鮮やかな空色の瞳、きりりと整った精悍な顔、長身の鍛え抜かれた鋼のような肉体を持つ英雄デリアン。


「血なまぐさい言葉を吐く、お前は本当に、あの可憐な白百合のごとき乙女のアレイシアなのか?

 痛ましい事この上ない。今のお前ときたら、まるで野に住む飢えた獣のようではないか?」


 他人事(ひとごと)ようなその言いぐさに、思わず私の胸にカッとした怒りの炎が燃え立つ。

 

「いったい誰がそうさせたのよぉおおっ!!

 無責任な約束をした挙句、私の愛を、夢を、全部、踏みにじったのはあなたじゃない!!」


 デリアンは、銀のサークルを嵌めた頭を掻きむしり、大きな溜め息をついた。


「それではやはりお前は、たった今殺したレスター王子が言っていたように、俺に復讐する為だけにセドリックを逃し、この戦いを起こしたと言うのか?」


 私はゆっくりと嫌味ったらしく答える。


「ええ、そうよ。ただ、あなたに復讐するためだけに、全てやったのよ」


「だったら、もうここまででお終いにしろ。お前に俺を倒すのは不可能だ。

 婚約破棄について謝って欲しいというなら、何度でも頭を下げよう。すまなかった、アレイシア」


 いかにも上から目線のデリアンの謝罪を耳にしながら、『雑念は死を呼ぶ』という母の教えが頭をよぎる。

 

 復讐を達成したいなら、相手に何を言われようと心乱されてはいけない。

 そう分かっていても、苛立ちが抑えられなかった。


「何言ってるの? ふざけないでっ……!

 今さらそんな上辺だけの謝罪などいらないし、ここまできたら、もうとことん殺り合うしかないのよ!」


「頼むから、命を粗末にするな、アレイシア」


「いい加減にして、デリアン!

 私の苦しみがいまだに続いているのは生きているせいなのよ?

 この世に生き地獄より辛いものはない。

 あなたはあの時、私を死なせて、楽にさせてくれるべきだったんだわ!」


 深い恨みを込め、デリアンに先制して復讐の女神の剣を振り下ろす。


「止せ、聞くんだ、アレイシア!」


 制止の声に重なり、ガキィィン、と鋭い金属音が鳴った刹那、ぶつかった黄金の光と黒炎の炎の力が反発しあい、派手な爆風が起こる。


「くっ……」


 目を細めて風圧をやり過ごしていると、唸りをあげた狂戦士の剣が迫ってきた。


 すんでで復讐の女神の剣をぶつけて弾き返すも、これまでやり合った相手とは段違いの攻撃力に、反動で体勢を崩してしまう。

 

「あっ」


 ところが、デリアンは追撃をせず、苦悩に満ちた表情を浮かべて呟く。


「強さを選ぶ者は、この剣を取れ」


「え?」


 何を言ってるのかと一瞬思いかけてから、守護剣の覚醒条件の話を思いだす。


「俺はずっとこの狂戦士の剣の柄に刻まれた言葉の意味が分からなかった。

 だが、先の内乱で、レスター王子に刺されて深手を負い、死の淵をさまよった際――俺は前世の記憶を思い出すとともに悟ったのだ。

 狂戦士の剣を極めるためには、最も大切な物を、お前への愛を捨てて、強さを選ばなければならないのだと――」


「――っ!?」


 初めてデリアンの口から明かされた、すでに記憶を思い出していたという驚愕の事実よりも、生まれて初めて告げられた「愛」という言葉が、私の心を強く揺さぶる。


「――そう確信して、決意したとたん、かつてないほどの力が狂戦士の剣に満ち、柄に刻まれた文字が『最強の者は孤独』というものに変わっていた……」


 まさに私の復讐の前提がすべてひっくり返る、デリアンの衝撃の告白に、全身が動揺で震え、頭が混乱する。

 しばらく絶句したのち、血を吐く思いで問う。

 

「つまり、私を捨てたのも、エルメティアを選んだのも、すべては強くなるためだったというわけ?」


 恋ゆえの盲目でデリアンはエルメティアに夢中なのだとすっかり思いこんでいたが、目の曇が晴れた今ようやく真実が見える。

 彼の胸に燃えるのは、恋ではなく野心の炎だったのだと。


「もちろん、それだけではない、生まれ変わる前の記憶を思い出したからこそ、絶対に同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかった」


「過ち?」


「そうだ。お前も知っているだろう?

 俺達が死んだあと、ラキュア王国がどうなったのか?

 世継ぎの王子の立場と、嫉妬深く復讐心の強い父の性格を思えば、王妃であるお前は決して手折ってはいけない花だと、そう分かっていたのに……。

 その色香に惑い、初めての恋に目がくらみ、求める感情と欲望にあらがえなかった結果、大きく道を踏み外してしまった。

 お前の愛ゆえに、俺は破滅した!!」


 魂の底から絞り出すようなデリアンの叫びが、その時、私の心に激しい嵐を巻き起こす。

 

「だからこそ俺は今生こそ王となり、この手で愛する国を守ると決めたのだ。

 無駄な争いを生み出した災厄の種であるお前には、とうてい理解できないだろうな!」


 私への非難で締めくくられたデリアンの弁明を聞き、納得するどころか却ってこれまでよりも深く絶望的な、新たな恨みの感情に心が飲み込まれてゆく。


「長々言い訳を語ってくれたけど、いったい何なの?

 自分の弱さも何もかもを私のせいにして……!

 だったら前世、一緒に死ぬ時に恨み言を言ってくれたら良かったじゃない!?」


「……それは……!?」


 ジークフリードとしての記憶が戻っていたということは、つまりデリアンは今生の私だけではなく、前世の愛も誓いも一緒に捨てたということだ。

 私の唯一の心の拠り所だった、ジークフリードの愛までもが、今完全に否定された。


 逆恨みだと分かっていても、憎悪と悲しみが溢れて止まらない。


「ねぇ、教えてよ!! なぜ、もっと早く、私がこうなる前に、事情を話してくれなかったの?

 最初に教えてくれていれば、あなたに復讐しようなんて絶対に思わなかった。

 私一人がこの世から消えるだけで終わる話だったのよ……!

 母を殺し、親友を死なせ、幼馴染を葬る必要などなかったのに!!」

 

 よりにもよって、何もかもが取り返しのつかない段階になってから、初めて告白したデリアンがどうしても許せない!!


 すべての真実を知った今だからこそ、かつてないほどの大きな怒りの炎が心に燃えたぎる。

 激情が業火となって復讐の剣を芯にぶわっと燃え盛り、狂戦士の剣から放たれる黄金の光を暗く覆ってゆくのが見えた。


「あなたの話はよーく、分かったわ、デリアン!!

 もう充分だから、死んで黙ってちょうだい……!!」


 憤怒の炎に巻かれて復讐の女神の化身となった私は、今こそ渾身の恨みを込めた、巨大な蛇のような黒炎に巻かれた守護剣を振り上げる。

 

「ああ、命も、立場も、自分の持てるすべてを投げ捨てても惜しくないほど、盲目的にお前を愛していた。

 そんな前世の自分に心が引き戻されるのが怖くて、お前に真実を話せなかったことこそが、俺の最大の弱さで過ちだ、アレイシア――いいや――フローラ!」




 ――不意打ちのように、前世の名前を呼ばれた瞬間――




 かつてのようにぎゅっと心臓が掴まれたようになり、無意識に動きが止まってしまう。


 その隙を突いてデリアンが守護剣を繰り出し――鋭い一閃が私の腹を刺し貫いた――


「がはっ……!?」


 狂戦士の剣で串刺しにされた私は、まるでリューク王の死を再現するように、馬から落下しながら、悟る。


 ああ、そうか。


 最初から私に勝ち目などなかった。


 結局最後は、より愛しているほうが、負けてしまうのだ……。


 だけど、こうなってみても少しも悔しくはなく、胸に湧き上がってくるのは安堵感のみだった。


 そこでようやく自分の復讐の最終的な望みが、デリアンを殺すことではなく、殺されることだったのだと気がつく。

 同時にあまりの己の憐れさ加減に笑いを禁じ得ず、喉から変な声が漏れる。

 

「ありがとう、デリアン……! これで、ようやく死ねるわ。

 なぜ最初から、こうしてくれなかったの……?

 そうしたら無駄に苦しまなくて済んだのに……!」


 皮肉たっぷりにお礼を言うと、残された力で腹に突き刺さった狂戦士の剣を引き抜く。

 すると、栓を抜いたように、盛大に血が吹き出した。


 デリアンは馬から転げ落ちるように降りて、私の身体をかき抱く。


「一緒になれなくても、お前がこの世から消えるのだけは、どうしても耐えられなかった……!?

 来世こそ結ばれたいと願ったのも、永遠の愛を誓った心にも嘘はなかった。誰よりも愛しているんだ、シア……!!」


 黄金色の髪をふり乱し、両瞳から涙を吹きこぼして咆哮する、デリアンの悲痛な顔を見上げながら、私は満足の笑みを浮かべる。


 最期にデリアンの胸を深くえぐって私を刻みつけることができた……。


 前世からずっと、ずっと、あなただけを愛し、見つめ、結ばれて幸せになることだけを夢見てきた。


 真実のあなたの心を見ようともせずに、自分勝手な夢を押しつけて……。


 でも、もうそれも今生でお終いにする。

 深くそう決意した私は、渾身の力を振り絞って叫ぶ。


「お願い、カエイン、私を連れて行って!

 デリアンの腕の中では死にたくないの!」



 直後――漆黒の疾風が走り抜け――


 気がつくと、私はいつかのように、カエインの両腕に抱きかかえられていた。





「最期まで世話かけるわね……カエイン……」


 彼は約束を守り、戦闘中いっさい手を出さなかったし、今も私を治療せずに横抱きにしているだけだった。


「シア、お願いだから、俺に助けろと命令してくれ」


 カエインの必死の懇願に、私は迷いなくかぶりをふる。


「……それはどうしてもできないわ……あなたには何も返さずに申し訳ないけど……」


 母に誓ったように、今から冥府の監獄で犯した罪の償いをしなければならない。

 カエインは長い睫毛を伏せて、ふっと溜め息をつく。 


「俺に悪いと思っているなら、今後生まれ変わったら、あんな下らない男に執着するのは止すんだな」


「……止すもなにも、私怨を果たすためだけに実の母を手にかけた私は……間違いなく冥府の監獄行きよ……。

 だから、これであなたともさようならね……カエイン……」


 力なく笑い、見上げたカエインの顔は、なぜだか涙一粒流していないのに泣いているように見えた。


「シアの口から別れの言葉など聞きたくない」


「……いろいろありがとう……ごめんなさい……」


 なんとか最後の気力を使って謝罪と別れの言葉を伝えると、急速に視界と意識が闇に飲まれていった。


 薄れゆき、遠ざかる意識の中、切に願う。


 他人をも破滅に巻きこんだ、独りよがりで苦しいだけの、私の愛。


 どうかこの身から溢れ出る血のように、この魂からすべて流れだし、残らず無くなって欲しいと――



 そして、もしもいつか罪の償いが終わり、冥府の監獄から出られる日がきたとして――その時にまだあなたが一人なら……。


 今度こそ必ず借りを返すわ。


 ――私の魔法使い――





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