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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
最終章「結び合う魂」
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4、アレイシア

 私もエルメティアの守護剣を手早く拾い上げると、一騎打ちしている二人に視線を向ける。

 

 ちょうどリューク王の繰り出す怒濤の連続攻撃を、セドリックが剣で防ぎ続けているところだった。

 今の老いやつれたリューク王と、気合いたっぷりのセドリックならあるいは――と期待したが、現実はそう甘くなく、母と戦った私よりも一方的な展開だった。


「あっ……!?」


 ハラハラしながら見守っていると、上段の鋭い突き攻撃が避け切れず、セドリックの兜が一部壊れてふっ飛ぶ。

 次の瞬間、銀髪がこぼれ落ち、息が上がって紅潮した乙女のように麗しい顔があらわになった。


 思わず逸らしかけた瞳に、その時、なぜか急に固まったように動きを止めるリューク王の姿が映った。

 反撃の機会と見るや、セドリックは身体ごと突っ込むように聖王の剣を突き出していく。

 罠かと思って冷やりとした、数瞬後。


「……この顔が、こんなにもセレーナに似ていなければ……」


 鎧ごと胸を刺し貫かれたリューク王が、呻きながらゆっくりと落馬した。

 馬から降りて剣を引き抜いたセドリックは、相手が起き上がらないことを確認すると剣を掲げ、


「リューク王を討ち取ったぞ!」


 高らかに勝利宣言した。


 たちまち周囲から歓声とどよめきが巻き起こり、誇らしげな満面の笑顔が私に向けられる。


「シア、勝ったよ!」


「おめでとうセドリック」


 剣を腰の鞘に戻し、負傷した片足を引きずりながら近くまで歩いてくると、セドリックは大きく息を飲んだ。


「エティー……」


 私の足元で、肘を折った両腕を胸の下に敷き、うつ伏せに地面に転がる両足のないエルメティアの姿は、まるで巨大な芋虫のようだった。


「……口づけするなら、私が死んでからにして……」


 煮えたぎるような瞳でそう言ったところをみると、命乞いする気は皆無らしい。

 散々生き恥を晒してきた私には、その心情がとても良く理解できた。


「分かったわ」


 同意した私を無視して、エルメティアは痛みの表情を浮かべて立ち尽くすセドリックを見上げる。


「……地面は固くて冷たいわ……。ねぇセド、最後は膝に抱いてくれない……?

 生まれた時から……婚約者だったんだから……それぐらいの義理はあるはずよ……」


 固さや冷たさは口実で、本心は愛する者の腕の中で死にたいだけなのだろう。


「ああ、エティー……」


 彼女の自分への想いを知ってか知らずか、セドリックは素直に頷くと腰を落とした。


 長い付き合いの二人の別れを邪魔しないよう、私は後ろに下がって見ていることにする。


 セドリックはさっそくうつ伏せの身体に両腕を回し、抱き起こす動作に入る。

 と、まるでその瞬間を待ち構えていたように、突然、エルメティがくるりと身を返し、仰向けになった。


「……うっ……!?」

 

 一瞬遅れでセドリックの口から不吉な呻きが漏れ、両瞳が驚いたように見開かれる。


「……シアと幸せになんて……させないわ……」


「――なっ!?」


 私が慌てて飛びかかった時には、すでに手遅れだった。

 エルメティアが隠し持っていた細身の短剣が、セドリックの胸のほぼ中央に深々と突き立てられていた。


「いやあああああ、セドリック!!」


 絶叫しながらセドリックの鼻や唇を確認してみたが、すでに息をしている気配はなかった。

 エルメティアはいつか私がカエインにしたよりも、迷いなく一思いに心臓を貫いたのだ。


「……いくらカエインでも死んだ者は蘇らせられないわ……。

 言ったでしょう? 口づけなんてさせないって……昔からあなた達は甘過ぎるのよ……」


 すっかり血の気の失せた顔で、エルメティアは薄笑いする。


「……そんなっ……!?」


 せっかく両親の仇を取り、王位を取り戻してこれからだったというのに……!

 またしても私の甘さが致命的なミスとなり、今度はセドリックを本当に死なせてしまった。

 あまりの急展開と自分の愚かさに愕然として、言葉を失うどころか呼吸さえも忘れていた。


「……何年も、何年も……私にしては、これでも我慢したのよ……。

 ……でも、シアの癖にっていう言葉は、撤回するわ……」


 最期にそう呟くと、エルメティアは急いでセドリックを追うように、息を引き取った――


「セドリック……セド……」


 悪夢でも見ている気分で名前を呼び、セドリックの躯を膝の上に抱き、頬を、顎を指先で撫でる。


「ごめんなさい……愚かな私を許して……」


 申し訳なさと悲しみで胸が潰れそうで、涙が溢れてきて止まらなかった。

 私が戦いに巻きこんだ、優しく温かい大きな心を持った親友にして幼馴染。


「……出会った頃から今までずっと……あなたのことが大好きよ……。

 デリアンがいなかったら……きっと私はあなたの想いに応えていた……」


 子供の頃は駆け回るデリアンやエルメティアをよそに、本を読むあなたの横で、庭で摘んだ花を編んで花飾りを作るのが好きだった。


 セドリックの顔に涙をこぼしながら、開いたままの瞼をそっと閉じると、まだ温かい唇に別れの口づけをする。


 その後は二人の遺体をぴったりと寄せて並べ、王国の薔薇と呼ばれた美しいエルメティアの顔の泥を拭う。

 胸を覆うのは自責の念ばかりで、彼女への恨みの感情はあまり起こらなかった。


 なぜなら、他の女性に心を奪われている愛する者を見続ける辛さは、私も充分知っているから。

 本人も言っていたように、エルメティアは私よりもずっと長きに渡り、その苦しみに耐えていたのだ。

 むしろ故意にやるより、無自覚に相手を傷つけているほうがより残酷に思える……。


「気づかなくて、ごめんなさい、エティー」


 出会ったばかりの、幼い頃に呼んだきりだった愛称を口にして、高慢で火のように熱い性格だった幼馴染に謝罪する。

 それからもう一度、春の陽だまりのように優しく温かった親友の顔を見ると、その場をあとにした――





 すでに旗印であるセドリックとリューク王が死んだ今、もうこの戦い自体に意味はないのかもしれない。


 それでも私は必死に馬を走らせる。

 たった一人の運命の相手を目指して――


 結局、私もエルメティアと同じなのだ。

 愛していたからこそ耐えられなかった。

 デリアンにとって自分が不要どころか、何の影響力もない、取るに足らない存在であることが。


 ――憎しみと愛はなんと似ていることか――


「そうね、カエイン、私も最早、これが愛なのか執着なのか憎しみなのか、自分でもよく分からない……!

 分からないのに、この胸の中で燃えさかる業火は一向に消えそうにないの!」


 きっとこの火は、デリアンへの恨みが晴れるまで消えることはない。


「ああっ、どこなの? デリアン、どこにいるの?」


 デリアンを呼んで探し求める瞳に、舞い上がる粉塵が染み、涙と汗が弾けて飛散する。

 闇雲に戦場を駆け回れども、なかなかデリアンには出会えなかった。


 すっかり途方にくれて苛立っていたとき、ふいに手中の守護剣が、初めてレスター王子に会った時のように振動し始める。

 まるで対になる剣の持ち主の身に何かが起こったことを知らせるように――


 昨夜レスター王子はデリアンの元へ直行すると言い切っていた。


 もしやと思った私は、守護剣の導きに従って馬を走らせ始める。

 カエインがかけた支援魔法によって、あたかも羽が生えて飛ぶような移動速度だった。


 距離が近づいていくのを知らせるように、徐々にキィーンとした振動音が高鳴っていき――巻き上がる土埃の中、ようやく地面に横たわる黒づくめの胴体へとたどり着く。

 

 見たところ遺骸には頭部がなかったが、身につけている特徴的な漆黒の鎧から、レスター王子に間違いないようだ。

 頭部は首級をあげた証拠として、デリアンが持ち去ったのだろう。


 予感はしていたが、やはり剣鳴りは不吉な知らせだったらしい。


 レスター王子とは短い付き合いで、しかも揉めることのほうが多かったのに、兄妹剣を持つ影響だろうか――まるで身内を失ったような苦い思いが胸を覆う。

 あるいは守護剣の覚醒条件の話をしておけば、前回の勝利に慢心せず、私が到着するぐらいまでは持ったかもしれない。


 しかし母の死と同様に今は感傷的に振り返っている場合ではない。

 

 ――デリアンの姿は近くに見えないが、首の断面からまだ血が流れ出ていることからそう遠くまでは行ってないはずだ。

 そう判断して周囲を見回す私の瞳に、その時、多くの人馬の向こう側で閃く、魔法剣から放たれる黄金の光が映る。


 やっと見つけた!

 英雄だけが扱える大剣を奮う、吐きそうなほど愛しい私の元婚約者。


 私は鞭を奮って一気に馬で駆け出すと、復讐の女神の剣を派手に振り回し、間にいる邪魔な敵兵をまとめてなぎ倒してゆく。


「デリアーーーーーン!!」


 ドスをきかせた声で叫びつつ、我ながら正気を疑ってしまう。


 だけどそれほどあなたを愛したのよ。


 デリアン。


 気がふれるほどあなたを愛していたの。


 この胸に残された望みはただ一つ。

 私が味わった苦しみをそっくりあなたに返すことのみ!


 ――忘れ去られるぐらいなら、殺し合うほうが百倍ましだ――


「アレイシア!」


 デリアンも私に気がついたようで、野菜のへたでも切るように次々と兵士の首を跳ね飛ばし、こちらに一目散に駆けてくる。

 悲鳴を上げる暇も与えないほどに一瞬にして奪われていく命達――まさに圧巻の強さといえよう。


 そうして至近距離まで来ると、お互い馬を止め、真正面から睨み合った――


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