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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
最終章「結び合う魂」
25/34

3、エルメティア

※残酷・胸クソ表現注意。

「お母様……!」


 兄にとって私がそうであるように、母は最も戦場で会いたくなかった相手だった。

 近くで馬を停めた母の視線は、私の手にある黒炎をまとう復讐の女神の剣に注がれていた。


「ようやく守護剣の力を目覚めさせたかと思えば、嘆かわしい。

 すっかりどす黒い感情に飲み込まれて、闇堕ちしているではないの!

 つくづくお前は心の弱い、愚かな娘よ。もはや、死なないと救われようがないほど――

 かくなるうえはお前を産んだ母の責任として、この手で始末をつけるまでだわ!」


 決意の言葉とともに母が放った、色んな意味で重たい一撃を、とっさに守護剣で弾き返す。


「悪いけどお母様、私はデリアンに一矢報いるまで、絶対に殺されるわけにはいかないの」


 素早く剣を流して行き過ぎた母は、即座に馬を反転させてこちらへと向き直る。


「また、みっともないうえに、愚かなことを口走る!」


 イラ立ちもあらわに再度斬りかかってきた母の動きは、馬に乗ってると思えないほど迅速で滑らかなものだった。


「くっ!」


 避ける暇もなく、盾がわりにした剣で、力任せに押し返そうとするも、母はさっと剣を引く。


 すかさず反撃したが、人馬一体の動きで鮮やかにかわされ、黒炎をかいくぐって突きが飛んでくる。


 すんでで攻撃を剣でしのいだ私は、剣技以上に母との乗馬技術の差を痛感する。


 ――その後も、戦いの主導権はずっと母に握られっぱなしだった――


 力押ししようにも、最初に剣を交じわせた時点で性能差を察したのか、まともに剣をぶつけ合うのを避けられていた。


 思い切った攻撃を放ちたくても、手数の多い母の剣さばきに翻弄され、馬を操作しながらでは難しい。


 はっきり言って、母とこうしてやり合うまで、私は慢心していた。

 同じ覚醒した最上位の剣を持つ者以外は相手にならないと。


 だけど間違いだった。


 これは兄との時と違って、どちらかが死なないと終わらない闘いだ。


 確信したものの、レスター王子がいつか言っていたように親殺しは「大罪」。

 母を殺せば冥府の監獄送り確定だ。

 そう分かっていても、ここを通るためには避けられない道なら仕方がない――とはいえ、たぶん好機は一回のみ。


 おもむろに意志を固めた私は、攻撃を受けながら馬から滑り降りる。


「あらあら、シア、とうとう馬を捨てたの」


 あとは馬を壁がわりにして陰で守護剣に力をため、逃げ切れない範囲の大きさの攻撃を一思いに放つのみ。

 性能差ゆえ、母の剣では防ぎきれない威力で――


「デリアンへの恨みを晴らすためなら、私は何でも捨ててみせるわ!」


 慌てて剣を構えた母は、大きな黒炎の塊の直撃を受け、馬もろとも吹っ飛ばされた。


「ぐはっ……!?」


 それでも空を舞いながら回転して、地面に着地した母はさすがといえた――が、鮮血が溢れだす腹は、一目で致命傷だと分かるほど深く裂けていた。


 にもかかわらず立っている母の顔には、なぜか苦痛よりも、満足げな笑みが浮かんでいた。


「……シア、よくぞここまで、成長したわね……」


 最期に生まれて初めて母親らしい優しい言葉をかけると、糸が切れたように地面に崩れていく。


 私は駆け寄りたい衝動をぐっと堪え、


「お母様、この罪は必ず地獄で償うわ!」


 母の亡骸に誓うと、胸を引き裂くような悲しみを振り払うように、馬に飛び乗り夢中で駆けだした。


 余計な時間をくったぶん、セドリックが消えた方向へ最短で進むため、鉄をも紙のように斬る魔法剣を奮い、前方に立ち塞がる敵をことごとく斬り飛ばしていく。


 ――そうしてついに目印の白銀の兜と真っ青なサーコートを見つけたとき、セドリックはすでにリューク王と対峙していた――


 私は全力で駆け寄りながら声を張り上げて志願する。


「下がって、セドリック! あなたがやられたらお終いなのよ。

 私が先にその男の相手をするわ」


「シア!」


 いくら老いていても、武で鳴らしてきたリューク王の相手は、絶対的に戦いの経験不足のセドリックには荷が重い。


 ところが、セドリックは大きく頭を振り、


「いいや、これは君にも誰にも譲ることのできない戦いだ」


 きっぱりと断り、一際目立つ黄金の兜と鎧をつけたリューク王へと白く輝く聖王の剣の先端を向ける。


「簒奪王リューク! 父の、母の無念を晴らし、正統な王位を取り戻すため、このセドリックが今ここに一騎打ちを挑む!」


 対する余裕と貫禄をみなぎらせたリューク王は、あざけるように喉を鳴らす。


「ほう、これは愉快だ。乳飲み子と思っていた甥っこが、ようやく口をきける程度には育ったらしい。

 ここはぜひ、叔父として可愛がってやらねばなるまい。

 いいだろう、挑戦を受けて立とう」


「セドリック、お願い、止めて、撤回して!」


 騎士同士で、お互い同意の一騎打ちが成立したら、以降、手出しをするのはルール違反だった。


「大丈夫だ。シア、君への愛に賭けて戦う僕は、決して誰にも負けはしない。

 お願いだから信じて、そこで黙って見ていて欲しい。

 そしてどうか僕が勝利した暁には、祝福の口づけを――」


「……っ!」


 硬い決意をうかべたセドリックの表情に、説得しても無駄だと悟る。


「分かったわ、セドリック。口づけでも何でもしてあげるから、必ず勝ってちょうだい!」


 勝ってほしい一心で約束したとき、背後から大きな却下の声が飛んでくる。


「なーにが、口づけよ。させるものですか!」


 反射的に振り向くと、逆巻く炎のように真紅の巻髪を広げて、馬を寄せてくるエルメティアが見えた。


「セド、こんな大事な場面でもあんたのそのおめでたい脳みそには、大好きなシアのことしか詰まってないのね。

 幼い頃から、もういい加減、うんざりなのよ。

 お父様、お願いだから、その馬鹿を私に()らせてちょうだい!」


 緑色の瞳をらんらんと燃やし、嫉妬ともとれる発言をするエルメティアと馬を回して向かい合った私は、ばっ、と黒く燃え立つ守護剣を突き出す。


「いい加減にするのはあなたでしょう?

 セドリックを馬鹿呼ばわりすることも、仇討ちの邪魔も、この私が許さないわ!」


「はん、許さないですって?

 デリアンの話によると、少しは剣を使えるようなったようだけど、シアごときが私にでかい口を叩くなんて百年早いのよ!

 いいわ、戦って身のほどを直接身体に刻みこんでやるついでに、腸を引きずり出して、その生意気な口に突っ込んでやる!!」


 およそ姫君らしからぬ口汚い言葉を吐くと、エルメティアは真っ赤に燃え立つ炎女神の剣を構えた。


 張りつめた空気のなか、背後からリューク王のかけ声と金属音がしても、セドリックを信じることに決めた私は振り向かなかった。

 代わりに自分の戦いを始めるため、復讐の女神の剣をしっかりと握り直す。


「こちらこそ、長年に渡る嫌がらせと侮辱、デリアンと一緒に私を笑い者にした恨みを、今こそそっくりまとめて返してやるわ!」


「なにが恨みよ。その場で返さずに後から言い出す負け犬に、仕返しの権利などあるものですか!」


 言い合いながら同時に互いの剣をぶつけ合い、炎女神の剣から放たれた紅蓮の炎を、復讐の女神の剣の黒炎で押し返す。


「自分の立場を笠に着てやりたい放題の卑劣な女に、小出しに返したところでまるで効かないでしょう?

 一気に地獄まで叩き落とすため、まとめて返せるように溜めておいたのよ!」


「ふん、よく言う。男を取られてキレただけの雑魚が!

 要は私を妬んでいるんでしょう?」


 ギリギリとつばぜりあいをしながら舌戦を交わす。


「そっちこそっ、さっきのセドリックへの言い様を聞くと、私にずっと嫉妬していたみたいじゃない?」


「――っ!? ふざけないでよ。あんな軟弱者の『お飾り王子』のために、誰が嫉妬などするものですか。

 ちょうどお似合いの『色気虫』のあんたに、喜んでくれてやるわ!」


「色気虫? 女なんだもの綺麗にするのは当然でしょう?

 好んで男みたいな騎士服を着る、あなたのほうがおかしいのよ」


「――おかしいのは、名剣の使い手に選ばれながら、着飾ることと男のことしか頭になかったあんたじゃない!」


 そこでお互いいったん下がると、今度は交互に剣を出しあい剣戟を繰り広げる。


 幼い頃から男勝りに剣を振り回していただけあり、エルメティアは相当な手練れだった。

 女も強制的に軍人として育てるバーン家で育ち、日々過酷な訓練を受けてきた私でも、わずかに騎馬と剣の技量が劣っている。


 ただし「想い」と「覚悟」の強さは別!


 そう思えども、炎女神の剣がまとう業火は復讐の女神の剣に匹敵するほど激しかった。


 とうとうやりあううちに実力差が出て、厳しい攻撃を受けきれず、バランスを崩した私は落馬してしまう。

 当然のように間髪入れず上から追撃が降ってくる。

 その攻撃をなんとか地面に伏せってかわし、苦し紛れにエルメティアの乗る馬の前左足を斬る。


 倒れ込む馬から地面に飛び降りる勢いのまま、エルメティアが炎女神の剣を突き下ろしてくる。

 すんでで転がって避け、串刺しをまぬがれた、その時。


「うああああああぁっ!!」


 かん高いセドリックの悲鳴が響き、一瞬、エルメティアの注意が、平行して戦っている二人へと向く。


 もちろんその隙を見逃す私ではない。寝たまま最速で守護剣を横振りにする。

 瞬間、エルメティアははっとしたように跳ぶも避けきれず、両足首から下のみが地面に転がり落ちた。


「ぎゃあああああっ!!」


 絶叫を上げ、足から血を噴きだしてエルメティアがうつ伏せに倒れ込む。


 反対に立ち上がった私は、まずは炎女神の剣を踏みつけてから、背後を確認する。

 幸いセドリックは大腿から血を垂れ流していたが、致命的な傷ではないようだ。


 ひとまずほっとすると、改めてエルメティアを見下ろす。

 望んでいたように地面でのたうつ惨めな姿を見ても、思ったほどには気が晴れない。


「最後は私をあなどって、戦い中に気を散らすような傲慢な性格が仇になったわね、エルメティア」


 冷たく見下ろしながら、やはり私が憎いのはデリアンで、エルメティアはおまけでしかないのだと再確認する。


「……嘘よっ、こんなの嘘よ、カエイン!」


「残念ながら、今のカエインは私の命令しか聞かないので、呼んでも無駄よ。

 このままだとあなたは間違いなく失血死する。

 でも特別に、これまでのセドリックへの仕打ちを謝ったうえで、命乞いするなら助けてあげてもいいわ。

 私については見下されても仕方がない面があったとしても、セドリックは違う。

 誰よりも優秀で思いやりがあって、あなたにだっていつも気を使っていたはずよ。

 馬鹿にされたり辛く当たられる理由など、一つもなかったわ」


 瀕死の状態で少しは反省するかと思えば、エルメティアの口から出たのは、相変わらずの憎まれ口だった。


「……ふん、むしろ気を使われれば、使われるほど腹が立ったほどよ……。

 いつもいつも………本かあなたにしか興味がなくて……こっちに見向きもしない。

 セドの癖に、私に無関心だなんて、許せない――」


 顔を上げて苦々しくそう言った彼女の、セドリックと良く似た緑色の瞳には、深い悲しみの色が滲むようだった。


「エルメティア、やはり、あなた……」


「……勘違いしないで……私はあなたや、兄嫁への嫉妬に狂って死んだ母とは違う。

 自分を愛さない男にみっともなく執着するような女じゃないわ……!」


 口では否定しながらも、失血で青ざめたエルメティアの瞳は、求めるように戦っているセドリックへと向けられた――



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