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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
最終章「結び合う魂」
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2、決戦の始まり

 退位を迫る書状は当然のようにリューク王に拒絶された。

 先の内乱で直接交渉には懲りていたのか、セドリックは返事を受け取るやいなや、今度は一方的な近い日付での会戦状を叔父に送りつけた。


 いくらこちら側にルーン城の管理者のカエインがいるとはいえ、先日レスター王子が言っていたように攻城戦は長引く。

 何より、市街戦になれば多くの国民が犠牲になるので、絶対に王都入りする時間も隙も与えないつもりだった。


 とはいえ、王都に残る騎士達に背後をつかれてもまずいので、一早く聖王派を表明したセドリックのはとこのサージ公に王都の包囲と監視を委任する。


 出軍後のデヴァン城と都市の管理については、寝返ったばかりのウォルシュ卿に任せるのはリスクがあるので、カエインの二番弟子であるレイヴンに任された。

 セドリックとしては、地下牢獄時代に世話になった彼への恩義と信頼ゆえの判断だ。

 レイヴンは、カエインの話によると全魔法使いで第三位で、実力では第二位の現アスティリアの宮廷魔法使いであるアロイスと比べても遜色ないらしい。

 裏切る可能性のある諸侯や、連れてきた配下の一人に任せるより、よほど安心して留守を任せられる相手だろう。




 そうしていよいよ決戦を前日に控えた夜。

 ブリューデ平原の手前で野営を張った私達は、大きな天幕に集まり、明日の戦いに向けての最後の確認をし合っていた。


 いつもの面子に合流した諸侯を加えた席で、諜報担当のギモスがまずは相手の情報を報告する。


「今回は短期間なのもあり、今のところリューク王の召集に応じた諸侯は、ローア侯、ルアード伯、メルリック伯です」


 予想通り、私の父であるローア侯も相手側に名を連ねていた。

 というのも先の内乱では片側についたが、古くから続く家系のバーン家では、血統断絶を防ぐために両軍に分かれて戦うことが多かった。

 だから『お飾り王子』への不信感だけではなく、私がこちら側にいるからこそ、向こう側に留まった面もあるだろう。


 セドリックは最高司令官らしい落ち着いた態度で軍議を仕切っていく。


「して、兵数と配置は?」


「はい、私が直接数えましたところ、兵士数はおよそ騎兵が八千で、弓兵含めた歩兵が四千ほどでした。

 ただ、残念ながら、私の遠見の術は映像しか見れませんので、軍議の内容は聞こえず、詳しい将や兵の配置までは分かりませんでした」


「そうか、ご苦労様、ギモス。ということは相手側は合わせて一万二千で、対するこちら側の騎兵九千、歩兵がイルス傭兵隊と長弓兵合わせて一万の合計二万か。

 兵数では勝っているものの、向こうは傭兵の割合が少なく、王と諸侯に仕える騎士達と、州単位で徴兵された歩兵が大半だ。

 単純な数では勝敗は計れない部分があるので、油断はできないな」


 セドリックの神妙な言葉に、レスター王子が楽観的に返す。


「とはいえ、こちら側には世界一精強なイルス傭兵隊と、シュトラスが誇る長弓隊がいる。

 なにせ我が国は、騎兵よりも長弓兵のめざましい働きによって、近隣の国を統一してきたからな」


 いずれにしても、こちらが有利なのは間違いないとして、やはり脅威になるのは相手側にある魔法剣の数だろう。

 特に覚醒した魔法剣は強力な兵器と呼ぶべき代物(しろもの)だ。


 そう考えた私は、隣に座るカエインのマントを掴んで引く。


「ねぇ、カエイン、リューク王が持つ『武王の剣』は覚醒しているの?

 それとあなたの祖先が打った最上級の魔法剣で、現在使い手がいるのは何本?」


 見上げて問うと、カエインは金色の瞳を細め、少し嬉しそうな顔で答える。


「まずリューク王はとっくの昔に覚醒している。

 そして神の名がつくのはシアとエティーとレスター、王の名を冠する剣はセドとリューク王が持つもののみ。 

 他に俺の祖先が打った剣で国内にあって使い手がいるのは、デリアンの狂戦士の剣だけだ」


 ということは覚醒した魔法剣は、向こうもこちら側も三本ずつか……。

 先の内乱で兵数が(まさ)っていたのにエリオット3世が敗北続きだったのは、王弟派に三つの最上級の剣が揃っていたせいだろう。


 つまりこちらの軍の被害を減らすためには、相手の軍の覚醒剣持ちを優先して殺さねばならない。

 セドリックも私と似たような考えに至ったらしく、はっきりとした声で明言する。


「僕はまっすぐリューク王を倒しに行くつもりだ」


 レスター王子がそれに続く。


「じゃあ、俺はデリアンの元へ直行して首級をあげ、アレイシアへの求婚の捧げものにしよう」


 セドリックはレスター王子をはっとしたように眺めたあと、急に表情を引き締めて一堂を見渡した。


「レスターとカエイン、他の方々も聞いて欲しい。

 僕は王位を奪還しだい、ここにいるアレイシア・バーンを王妃に迎えるつもりだ。

 そして二人で力を合わせてアスティリアを治め、平和を守ってゆこうと思う」


 思いやり深いセドリックらしくない、完全に私の気持ちを無視したその公言は、これまでとは違う確固たる意志の表れのようだった。

 皆が驚いたように言葉を失うなか、バーモント公が最初に賛意を示す。


「戦女神の申し子たる伝説の剣の持ち主ならば、聖王セドリック様の妻に相応しいかと」


「王の結婚祝いムードで、内乱後の暗い空気も一気に払拭されましょう」


 サックス伯が追従したところで、どうにもいたたまれなくなった私は、退席するために立ち上がり挨拶する。


「申し訳ありませんが、お先に失礼させて頂きます」





 テントに戻って中に入ると同時に横から腕を掴まれた。


「まさか本気で王妃の座を受け入れる気ではないよな?」


 首だけ回してカエインの顔を見ると、ばっと腕を振りほどく。


「単に大事な会戦前に、人前でセドリックに恥をかかせて最高司令官としての威信に傷をつけたくなかっただけよ。

 私は誰の求婚も受けないし、復讐を果たしたあとはアスティリアを出ようと思ってるわ」


 離れがたい思いはあっても、セドリックに私は相応しくない。

 その純粋な輝きが曇らないよう、戦いが終わったあとは速やかに離れなくては――


 切ない溜め息をつき、敷物の上に腰を下ろすと、カエインも私に並んで長い脚を崩して座りこむ。


「もしも復讐を達成できなかった場合は?」


 私は愚問だとばかりに鼻で笑う。


「どうもこうも、そうなったら死ぬだけだわ。

 討ち死にできれば本望。もしもデリアンが他の者に殺された場合は急いで後追いするまでよ。

 どちらにしてもカエイン、私が死ぬのをもう絶対に邪魔しないでね?」


 語尾を強めて言うと、カエインはまるで針を飲み込んだような表情になった。


「分かっている。冥府で俺は、愛にかけてシアの意志を尊重すると誓ったからな。

 でもくれぐれも忘れないでくれ。それはあくまでも『傍にいたいなら』という条件つきだったことを。

 代わりに俺はこの先も永遠にシアと一緒にいるからな」


「死んでもってこと?」


「そうだ。また生まれ変わってもだ」


 悪夢のようにうんざりする話だが、カエインの真顔から判断して、頷かないと死ぬことは許されないらしい。


「仕方ないわね。ただし、何度生まれ変わろうとも、永遠にあなたを愛することはないわよ?

 自分を愛さない相手と一緒に居ても虚しいだけだし、だいいち賢者の珠を継承させることができないんじゃないの?」


 カエインは静かにかぶりを振った。


「虚しくなどない。俺がシアを愛していれば充分だ。

 愛する者の傍にいられるなら、賢者の珠のことなどどうでもいい。

 ――その境地に至るのに、300年以上もかかってしまったがな」


 そう言って苦笑したカエインの金色の瞳には、滲むような温かな光が浮かんでいた――




 翌日に備えて早めに休み、一晩明けた会戦当日。

 秋晴れの空の下、ブリューデ平原に布陣する両軍の間には、乾いた風が吹き抜けていた。


「念のため言っておくけど、私の戦いにはいっさい手を出さないでね」


 戦い前に最後に釘をさすと、カエインは私の馬に補助魔法をかけながら約束した。


「誓いは守るから安心してくれ。

 とりあえず俺は『賢者の塔』の塔主として、協会の規則に背いた一番弟子とさらにその弟子達を皆殺しに行かなくてはならない。

 全員殺し終わったらシアの戦いを見物しに行こう」





 やがて開戦のラッパが鳴り響き、戦いは両軍の突撃からの正面衝突で始まった。


 陣の中央部にいた私は、セドリックにつき従うように馬を走らせる。


 もちろんデリアンへの復讐も果たすが、旗印であるセドリックを死なせるわけにはいかなかった。

 近くで守りながらデリアンを探すしかない。


 ところが、突然セドリックと私を遮るように間に割り込んできた人物があった。

 すぐに相手の水色の髪とバーン家の紋章入りの濃紺のサーコートが目に入り、胸がドキッとする。


「シア、お前とだけは戦場で会いたくなかった」


「クリス兄様……」


 馬に乗って私の前に立ちふさがったのは、悲しみに満ちた灰色の瞳をした、いつでも私に優しかった大好きな兄だった。


「だが、我がバーン家の家名を守るためには、お前をここで見逃すわけにはいかない。

 最愛の妹よ、せめてもの情けだ。

 他の者に殺される前に兄である俺がこの手にかけよう」


 悲壮な決意を告げると、クリス兄様は自分の守護剣を高い位置で構えた。


 あるいは復讐の女神の剣が覚醒する前なら、負けてあげることも可能だったかもしれない。


「……クリス兄様、ごめんなさい」


 けれど今となっては、命を奪う必要がないほど力の差は歴然だった。


「何を謝る?」


 返事代わりに私は素早く剣を振って、フェイント攻撃をしかける。

 案の定、兄は釣られて剣を出す。

 そこですかさず剣をかわしながら馬の頭を斬り飛ばし、返す剣で兄の右肩を斬りつけた。


「ぐあっ」と呻きをあげ、倒れる馬から転げ落ちてゆきながら、クリス兄様は呆然としたように呟く。


「そうか、妹よ、お前は俺の相手をするとき、いつも手を抜いていたのだな……」


「あなたの剣は性格そのままに、素直すぎるのです。クリス兄様」


 苦い気持ちで地面の兄を見下ろしたあと、再び手綱を握って馬の腹をける。


「待て! シア」


 兄の制止の声を振り切るように全速で馬を駆り、見失ったセドリック、あるいはデリアンかエルメティアの姿を必死で探し求める。


 と、その時、急に近くから馬のいななきが聞こえ、釣られて見た瞳に映ったのは、またしてもバーン家の紋章入りの濃紺のサーコートだった。


「探したわよ、シア!」


 水色の髪を振り乱して手綱を引き、灰色の瞳を燃やしてそう叫んだのは、他ならぬ私の母だった――



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