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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
最終章「結び合う魂」
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1、聖王の進軍

 順調にエルナー山脈を下ったあとは、裾野に広がる森に隠れてしばらく進んでいく。

 ちょうど木々の終わり目が見えてきたとき、近くにあるボーク砦の者だと思われる騎士達と遭遇したが、こちらの大軍を見ただけで慌てて引き返していった。



 その夜、野営の火を囲みながら、セドリックがカエイン、レイヴン、ギモスの顔を見回す。


「誰かこの降伏勧告状をボーク砦と、デヴァン城へ、それぞれ届けに行ってくれないか?」


「私が影を使者として飛ばしましょう」


「ありがとギモス」

 

 事前の調べによると、ボーク砦には百人程度、デヴァン城には二千人弱の兵士が詰めているらしい。

 拠点としてはデヴァンを抑えることが最優先なので、降伏勧告が受け入れられず、短期戦でボーク砦が落ちなければ放置して先へ進む予定だった。



 けれど一度致命的なミスを犯した私は、もう二度とつまずかないよう、セドリックの目の前にある石ころは確実に取り除いていきたかった。

 今なら慈悲深い彼が駆け寄る前に、道で行き倒れている者を見かけたら、迷わず斬撃を飛ばして息の根を止めてみせるだろう。



 だから見張り以外は寝静まった真夜中過ぎ、私は一人でこっそりテントを抜けだした。

 勝手についてくるのは分かっていたので、少し歩いてからふり返る。


「カエイン。悪いんだけど、とある場所まで送ってくれる?」


「ああ、どこへでも連れて行こう」


 当然のように背後で答えるカエインのさらに後ろから、その時、歩いてくる第三者の影があった。


「こんな夜中に守護剣を持って起き出すとは、いったいどこへ行くつもりだアレイシア?」


 月光を照り返す銀髪と片方だけ開いた瞳――どうやら顔は似ててもセドリックと違い、レスター王子は眠りが浅いらしい。

 私は大きく溜め息をついた――



 それから少し時間が経った頃、私とレスター王子は飛行するカエインの腕にぶら下がって夜空を移動していた。

 やがてボーク砦の上にくるのに合わせて自ら手を離し、屋上に降り立ったそばから歩哨を斬り倒してゆく。


 レスター王子に先んじて突入した砦内部の狭い通路は、かつて母と二人で踏み込んだ盗賊のアジトを彷彿とさせた。

 当時まだ9歳だった私は守護剣をうまく扱えず、人を殺すのも初めてで、たった一人の盗賊を片付けるのにも手間取り、何度も何度も剣を打ちつけては、無駄に相手の苦痛を長引かせたものだ。

 ところが守護剣を覚醒させた今では、立ちふさがる敵を一撃で簡単に沈めることができる。


 いまだに脳裏に焼きついている母の失望の表情を思い浮かべていると、飾りのついた兜と立派な鎧をまとった人物が視界に現れた。

 末端の物でも高価な魔法剣が手に握られているところを見ると、間違いなく指揮官クラスだろう。


「あなたが、こちらの砦の責任者?」

「いかにも。して、貴様は何者だ?」


 私の問いに老齢特有のしわがれ声が答えた。


「私はこの国の真の王であるセドリック様の使いよ。直接、降伏勧告状の返事を貰いに来たわ」


 老騎士はふんと鼻を鳴らす。


「あんな紙切れ、届いたそばから破り捨ててやったわ」


「そう……。では最後に口頭で尋ねるけど、降伏したら生かしておいてあげるわよ?」


「笑止!」


 気概のある返事とともに斬りかかってきた老騎士の魔法剣は、だが、私の復讐の女神の剣とぶつかった瞬間に脆くも砕け散った。


 ああ、あの頃はあんなに重たかった守護剣が、今はこんなに軽い――

 剣を振る勢いのままに跳ね飛ばした首が石床に転がるのを目の端で捉えると、私は通路の向こう側で固まっている他の騎士達に問いかける。


「さて? 他に死にたい人間はいる?」





 砦を制圧し終わったあと、レスター王子が笑って訊いてきた。


「一つ質問するが、俺がつきあわなかった場合、お前は一人で百人を相手にするつもりだったのか?」


「ええ。たった百人程度を一人で相手取れないようでは、一騎当千の英雄と呼ばれるデリアンを倒すことなど百年経っても無理ですから」


「それは頼もしいな」


 レスター王子は感心したように言ってから、先日の話を蒸し返した。


「なあ、幸い俺はまだ婚前だし、愛妾ではなく正妻ならどうだ?

 デリアンへの恨みを果たせば、また白銀の光をまとう戦女神の剣に戻ろう。

 お前さえ隣にいれば、俺は世界さえも征服できそうな気がする」


 私がどうして「こうなった」か知っていながら、婚約者がいる身でそんな申し出をするとは――

 かっと込み上げてきた怒りをぐっと飲み込み「その話はもう終わったはずです。失礼いたします」素早く挨拶してその場を離れた。




 屋上に出て頭を冷やしていると、急に身にしみるような夜風が止み、見ると濡れたような漆黒の髪とマントを靡かせたカエインが風上に立っていた。


「まったく、シアのことを何も分かっていない癖に口説くとは、無神経なうえに図々しい男だな」


 毎度の地獄耳に呆れつつ、例によって皮肉が口をつく。


「あなただって同じでしょう。幻想を抱いて勝手に酔っているだけだわ」


 言いながら、ふっと、自分こそデリアンの真実の姿を見ていたのかという疑念が頭をかすめる。

 対してカエインは相変わらずぞっとするような美貌を寄せ、確信をこめるようにきっぱりと断定した。


「幻想なんかではない。俺はまごうことなき生身のシアを愛している」


 そのいっさい迷いのない台詞にイラ立った私は、血まみれの手を差し出してみせる。


「いったいこの私のどこに愛しようがあるというのよ?」


 己の復讐のために利用するだけして何も返さない私は、肉体を与えたエルメティアよりもずっと性質(たち)が悪い。


 ところがカエインはすべてを受け止めるように私の手を掴み、愛おしそうに血染めの指先に口づけた。


「すべてだ」


「……っ!?」


 思わず息を飲んで見上げたカエイン金色の瞳には、苦しそうに歪んだ私の顔が映っていた――





 夜明け後、兵を引き連れて砦に駆けつけてきたセドリックに、生首入りの袋を見せながら経緯を説明する。

 意外にも勝手な行動を咎められることはなく、すぐに今後の計画の打ち合わせに入った。


「デヴァン城を守るウォルシュ卿は降伏を拒否してきたよ」


 セドリックの言葉を受けてレスター王子が溜め息混じりに言う。


「まあ、攻城戦は守る側に有利で長引きやすいから、主君が来るまで籠城するのは当然の選択だろう」


「もうリューク王に連絡が届いている頃でしょうね」


 森で出会った騎士達を思い出して言う私に、セドリックが頷く。


「そうだね。レイクッド大公国方面から、今頃、こちらに戻り始めている頃だろう」


 エルナー山脈入りに合わせ、陽動としてレイクッド大公国にも国境まで軍を進めて貰っていた。

 ギモスの情報によるとリューク王を始め、デリアンとエルメティアも釣られてそちら側へ向かったらしい。

 現時点ではバーン家は出ていないようだけど、所領であるローア侯領はレイクッド大公国に行く途中にあるので、取って返すときに合流してくる可能性が高い。


「広大なブリューデ平原を挟んでいるから多少猶予はあるとはいえ、問題はアスティリア軍が来るまでにデヴァンを攻略できるかだ。

 ――そこでだが、ギモス、坑道の準備はどうだ?」


 レスター王子が腕組みして隣のギモスに尋ねる。


「はい、半月前から弟子五名に人数分の巨大ワームを操らせて掘り進めておりますので、すでに城壁の一部を下から崩せる範囲には達しておりますし、侵入経路としてもご利用頂けます」


 相手に気づかれないように盗み見や影飛ばし、行軍や侵入の下準備をするなど、シュトラスのギモスはアスティリアのアロイスよりもかなり有能かもしれない。


 しかし、できるなら城壁を破壊して攻め入るよりも、素直に開門して貰うほうがいいに決まっている。

 そう思って考えを巡らせた私は、カエインの顔を見た。


「ねぇ、カエイン、たしかあなたは極地的なら雲を操れるんだったわね?」





 物資の補給を終えてボーク砦を出ると、城塞都市であるデヴァンを目指し、夜も休まずに最速で行軍する。


 その間、カエインには一足早く現地に飛んで貰い、雲の操作をお願いする。


 おかげで翌々日の昼過ぎに到着したときには、目的地周辺はすっかりぶ厚い雲に太陽を遮られ、夜のように暗かった――


 朝どころか昼になっても明けない夜に、デヴァンの人々は今頃さぞや怯えていることだろう。


 ほくそ笑みつつ馬で近づいていった私は、薄暗闇に目を凝らし、城壁の上にズラリと並んでいる兵士を確認する。

 距離を取ってこちらの軍を並べたところで、カエインが空から舞い戻り、いよいよ私の発案した作戦の始まりだった――


 まずは打ち合わせ通り、先にレスター王子が一部の歩兵を連れて坑道経由で城壁内部に侵入する。

 カエインには巨鳥姿になって、その背にセドリックを乗せて飛び立って貰う。

 残された私は準備が整ったのを確認してから、ラッパを持った兵士に指示して、合図のための音を盛大に辺りに鳴り響かせる。


 暗い空に光が灯ったのはその直後だった。


 巨大な鳥の背に乗ったセドリックが、城壁内の人々からも見える高い位置で、光り輝く剣を抜き放って掲げる。

 聖王の剣から放たれる純白の光は、夜明けの太陽よりも美しく、暗い世界を明るく照らしだした。


 それは心が闇に染まりきった私が見ても、胸を打たれるような劇的な光景だった。


 多くの視線が集まるのを待ってから、煌めく銀髪を靡かせてセドリックが雄々しく叫ぶ。


「城門を開あけよ! 我こそは正統なアスティリアの王、セドリックだ!」 


 そこで計画通り、先に潜入させておいた兵士達が声をあげる。


「聖王だ!」

「聖王万歳!」


 やがてその声は城壁内外に瞬く間に伝播して、大きな音のうねりとなった。


「聖王万歳!」

「真の王を迎え入れよ!」


 ほどなく城門が開かれ、殺到している人々の間を、私は騎兵を率いて馬で進んでいく。



 砦を守っていた老騎士と違い、デヴァン城の留守を預かるウォルシュ卿は、手土産の生首を渡す前にあっさり投降した。


「セドリック様、ご立派になられましたな」


「ウォルシュ卿はお変わりなく」


 城の前で私達を出迎えた初老の男性は、リューク王の側近であるとともに、セドリックにとっても親戚であるらしい。

 話し合いのためにデヴァン城の一室に移動すると、ウォルシュ卿は酷く疲れたような表情で語りだした。


「これも因果なのだと、正直私はこうなってほっとしております。リューク様はセレーナ様がお亡くなりになってから、すっかり人が変わられてしまった」


「母が?」


 セドリックは意外そうに反応した。


「はい……、これはごく近しい者しかあずかり知らぬ話ですが、リューク様は凍らせたセレーナ様のご遺体と毎日共寝して、周りの者が説得しても、しばらく葬儀にも埋葬にも応じませんでした。

 しかも、内乱が終わったばかりでシュトラスとの関係がこじれた状態なのに、今度はレイクッド大公国に攻め込むとおっしゃっていて……正気を疑う限りでございました……」


 最後に見たときのリューク王はひどく老け込んだ印象だったが、まさか乱心していたとは……。


「これはあくまでも私の邪推であり、この場限りで聞き流して欲しいのですが、レイクッド大公国のマルティナ様はセレーナ様と容姿ばかりか性格まで双子のようにそっくりです」


「まさかウォルシュ卿、リューク王は叔母を手に入れるために戦争を起こすと言いたいのか?」


 そんなことは常識なら有り得ないが、完全なる私情でここまできた私には否定しきれないものがあった。


「どのみち近しい者に正気を疑われるような人間は、一国の王として終わっている。

 セドリック、このまま王都へ向かって攻め上り、一気に片をつけようじゃないか……」


 レスター王子が出された酒を飲みながら言った。


「ああ、レスター。まずはリューク王宛に退位を迫る書状を送り、聞き届けられない場合は、ブリューデ平原での会戦を挑むつもりだ」


 ブリューデ平原を越えれば王都なので、会戦に勝てばそのまま凱旋できる。


 最高司令官であるセドリックの意見に、逆らう者は誰一人いなかった。


「想像以上に短期決戦で済みそうだな」


 レスター王子の呟きに私も同意する。


「そうね」


 いずれにしても決着の刻は近い。


 せいぜい首を洗って待っているがいいデリアン――今度は死んでも忘れられないよう、とことん身体と心を抉って私を刻みつけてあげる!


 ついに目前に迫ったデリアンとの再会を思い、血が騒ぎだした私は、レスター王子が差し出してきた酒がつがれた銀杯を受け取り、一気に飲み干した――



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