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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
第五章「苦しみを終わらせる者」
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3、苦しみを終わらせる者【後編】

「デリアンを倒す……?」


 とてもセドリックの口から出たとは思えない強気な台詞だった。


「ああ……! 君の苦しみの元を絶ち切りたい」


 豹変ぶりにとまどいながらも私は正直な感想を言う。


「止してよ……セドリック……あなたには無理だわ……」

 

 しかし、セドリックは一歩も引かず、燃えるような瞳を向けてきた。


「いいや、無理じゃない!

 牢獄にいる間レイヴンから借りた書物の中に書いてあった。

 魂を燃やす魔法剣の力は、使い手の『想い』の強さに比例すると。

 僕の決意と、君への愛は、決してデリアンにも誰にも負けやしない!

 誰であろうと立ち塞がる敵は打ち倒し、王位を取り戻した暁には君を妻に娶って幸せにする!」


 宣言するように言って、セドリックは腰から『聖王の剣』を抜き放った。

 

 ――瞬間、強烈な純白の光が起こり、一斉に放射される――


「うっ……!?」


 瞳だけではなく、なぜか心臓まで焼くようなまばゆい光に呻きながら、本能的に悟る。


 この真白き光は、私の守護剣が纏う黒炎を浄化する性質のものだと。


 思わず掴まれていた手を振りほどき、胸を押えて涙目で懇願する。


「……お願い、セド、眩しいから、その剣をしまって……!」

 

 慌てたようにセドリックが謝る。


「ごめん。シア、大丈夫?」


 私はといえばろくな返事もできず、肩で呼吸しながら近くの寝台に腰を下ろす。


 てっきり今のセドリックは、私のように心の中が恨みの感情でいっぱいだと思ってたのに。


 まぎれもなくその瞳と剣に輝くのは「正義」と「愛」の光。


 一番心が近かったはずの幼馴染にして親友は、みごと負の感情を乗りこえ、至純の光を抱く遠い存在になったのだ。


 ならば寂しくてもその光を濁らせないよう、心の距離を置かねばならない。

 素早く思考した私は、光が引いたのを確認してから立ち上がり、セドリックの顔を睨みつけた。


「勘違いしないでセドリック、あなたの想いなんかよりずっと、私のデリアンへの憎しみは深いわ。

 直接この手でデリアンに借りを返さない限り、死んでも恨みが晴れないと断言できるほどにね!

 それと、王妃なんて重責を負うぐらいなら、私は気楽なカエインの愛人になる道を選ぶわ」


 最後の部分は本心ではないが、セドリックにも叶わぬ夢は見せたくない。


 私の完全な拒絶の言葉に、セドリックは蒼ざめ息を飲む。


「……そんなっ……シア……!?」


 言うべきことを言い終えたあとは、もはや私の慰めなど必要でないぐらい強くなった彼から離れるため、急いで廊下へ飛び出す。


 そうして火傷したような胸を抱え、あてがわれた部室へ戻ると、なぜか上機嫌な笑顔を浮かべるカエインが中で待っていた。


「遅かったな、シア」


 すでにこの男につきまとわれるのに慣れきっていた私は、無言でベッドまで行って腰を下ろす。


「……ちょうど、いいわ。少し聞きたいことがあったの……」


「何なりと質問してくれ」


 カエインも私の横に来て、長い脚を組んでベットに座る。


「魔法剣の強さについてよ」


 デリアンの剣もそうだが、今見たセドリックの剣からも私の剣に匹敵するほどの力を感じた。


「……ああ、そういえば諸説伝わっているので仕方がないとはいえ、先ほどレスターが間違った知識を披露していたな」


「間違いなの?」


「まあな、たしかに魔法剣の性能には優劣があるが、狂戦士の剣は神と名がつく剣と同じ、かつて魔法の塔にいた俺の祖先が打った最上級の剣の一つだ。ついでに言うと、セドリックが持つ『聖王の剣』含める、王と名がついた剣もな」


「だったら、なんでレスター王子と戦ったとき、デリアンの剣は力を出し切れなかったの?」


 私の疑問にカエインは淀みなく答える。


「それはまだ守護剣が覚醒していなかったからだ。最上位の魔法剣はただ使いこなせるだけでは真の力は開放されない。それぞれ覚醒条件があるのだ」


「覚醒条件?」


「そうだ、まず前提として、神と名のつく剣は、それぞれが冠する神の血を受け継ぐ者しか使い手に選ばない。

 神剣が特別強いとされているのも、単に扱う者の霊力が純粋な人より高いから。ようは魂の資質の問題で、神の加護や剣の性能差は関係ない」


 すると一族に伝えられている、バーン家が戦女神の末裔だという話は真実だったということか。


「その上で本題に入るが、剣を覚醒させるために必要な条件は二つある。一つ目は剣の持ち主として相応しい能力と人格を備えていること。そして二つ目が守護剣の問いに答えることだ」


 私はすぐに思い当たる。


「……それって、剣に書いてあった文句のこと?」


「ああ、そうだ。あの文言が書かれているのは、覚醒することができる魔法剣のみ。お前の戦女神の剣なら『戦う意志と覚悟』を問うものだったはずだ」


 それが守護剣の柄に最初あった『勇気ある者はこの剣を取れ』という言葉の意味か……。


 守護剣に刻まれている文字は使い手本人のみにしか見えないが、セドリックもその問いに答えたからこそ覚醒させることができたのだろう。

 そこまで理解したところで、また新たな疑問が複数起こる。

 

「じゃあ、レスター王子の剣が私の剣より弱かったのも、覚醒していないから?」


「いや、軍神の剣は覚醒しているし、レスターもお前が思っている以上に強い。

 ただし戦いの双子神は兄が妹を溺愛していた関係で、軍神の剣は戦女神の剣と戦うときのみ力が加減される特性がある」


 意外な真実に私は驚く。


「じゃあ、レスター王子は私が相手だと弱いってこと?」


「そうだ。さらにつけ足すと、剣の性質は持ち主の精神状態にも影響を及ぼす。軍神は妹神に懸想(けそう)していたので、レスター王子も自然にお前に惹かれてしまうのだ」


 むしろレスター王子には嫌われていた気がしたが、それが事実なら物凄く迷惑な話だ。


「同様にお前がデリアンに惹かれるのも神話にある通り、戦女神が狂戦士の剣の元となった英雄に惚れていたせいだ」


 すると前世だけではなく二重の因縁にとらわれていた? ――ということは――


「まさか、戦女神の剣は狂戦士の剣にたいして弱いってこと?」


 ギクリとして訊いた私に、カエインは形の良い薄い唇をにっとしてみせる。


「もしも戦女神の剣のままだったらそうだったであろうな。

 だがシアも、デリアンと剣をぶつけ合ったとき感じたはずだ。守護剣が余すことなく力を発揮しているのを――

 それは、守護剣が持ち主の恨みの感情ゆえに変容したから。つまり戦女神の愛が憎しみに変わることによってな」


「つまり今の私の剣の状態なら、狂戦士の剣にも勝てるのね?」


「……勝てるかどうかは、本人の技量とセドが言っていたような『想いの力』の勝負になる。

 最上位の魔法剣ならばみな性能は同等で、デリアンとエルメティア、セドの三人は同じ神の末裔たるアスティリア王家の血筋だから、魂の資質に差はないからな」


 ひとまず条件が不利でないと知って安心する。


「他に聞きたいことはあるか?」


「――そうね、あと一つだけ……」言いながら私は目の前の緩みきった顔を見上げる。「先刻からなぜ、あなたはずっと笑っているの?」


 カエインは即答する。


「それは勿論、愛しいシアがはっきりと、セドリックの求婚を断って俺を選ぶと言ってくれたからだ」


「いつもながら、盗み聞きとは悪趣味ね」


「愛する相手のことが気になるのは仕方ないだろう? なにしろ、目下、セドリックは一番の恋敵だし、シアを逃がすと俺にはあとがないからな」


「女なんてごまんといるでしょうに」


 苛立ちをこめた私の呟きを、カエインはきっぱりと否定する。


「俺にとってはいないも同然だ。何度も言うが初恋以来の数百年間、一人たりともシア以外に心を動かす女とは出会えなかった。

 だからシアが俺の愛を受け入れてくれるまで、永遠にだって待ち続ける所存だ」


 私は冷めた気分で嫌味たっぷりに言う。


「永遠なんて言って、どうせエルメティアのように、いつか愛し返さない私を憎むようになるんでしょう?」


「それだけは有り得ない」


「どうして?」


 以前も否定していたが、一度心変わりしておきながら、なぜ断言できるのか不思議だった。


「理由を説明するには、この前断わられた、サティアとの思い出話をしなければならない」


「いいわ、話して」


 私が促すと、カエインは眼差しを遠くさせ、静かな口調で語り始めた。


「サティアとの出会いは俺が16歳の頃。たまたま通りかかった戦場で、勇ましく炎女神の剣を振るうその美しい姿に一目惚れした。

 彼女は当時このあたりに乱立していた小国の一つの王妃で、その場で戦いに加勢した俺は、たちまち家臣に取り立てられた――」


 意外でもないがカエインの初恋も不倫の恋だったらしい。


「俺にとって都合がいいことに、野心的なサティアは争いを好まない性質の夫エミリオと極めて相性が悪く、夫婦関係は冷え切っていた。

 おかげで努力のかいもあり、ほどなく俺は彼女の愛人の座におさまることができた。

 そしてサティアの望むままに働き、周辺諸国の統一に協力し、アスティリア王国を建国した。

 その後も国を大きくするために働き、彼女に逆らう者は容赦なく首を斬り飛ばしていった」


 彼が残忍だという評判はその頃にできたのだろう。


「そうして十数年ほどたったある日だった。エミリオが不慮の事故で亡くなったのは。

 これでようやく、気兼ねなく二人一緒にいられると喜んだのも束の間。たまたま俺の留守中に、サティアも落馬して亡くなった。

 もちろん俺はすぐさま、彼女を追って冥府へと下った」


 そこでカエインの表情は、目に見えて暗くなった。


「ところが冥府を駆け回り、ようやくこの瞳で探し当てたサティアは、なぜか生前不仲だったエミリオのそばにいた。

 冥府にあっては人は夢を見ているときと同じ無意識になり、いわば心がむき出しの状態になる。

 エミリオだけを一心に見つめ寄り添うその姿に、俺は初めて彼女の心の真実を知った――」


 聞いていた私の胸に、デリアンの心変わりを知ったときの痛みが蘇る。


「だが、よくよく考えればそれも道理。サティアに愛があるなら、とっくに祖先達と同じように、俺の賢者の珠は継承されていたはずだった。

 なぜなら、二羽の神鳥の愛の結晶である卵から造られた賢者の珠は、お互いの愛によって引き継がれる。

 サティアは愛の言葉と肉体で俺を操りながら、とうとうエミリオの種しか宿さなかったからな……」


 つまり相手に愛がなければ、子は成せないということか。


「俺は裏切られた恨みを抱えながらも、どうしてもサティアへの愛と、愛されたいという望みを捨てられなかった。

 探すまでもなく彼女の魂は自分の造ったアスティリア王国と深く結びつき、必ず王家の血筋に転生した。

 俺は今度こそはと期待して近づいた……。

 ところが、何度生まれ変わっても彼女は俺を愛さない。献身的に尽そうとも、力づくで手に入れても、何度交わっても俺の子を身ごもらない。

 自暴自棄になって他の女を試してみても今度は俺のほうが愛せない。

 とうとうくり返し失望と絶望を味わううちに、俺は次第にこの心で燃え続ける炎が、愛なのか憎しみかすら分からなくなった……。

 ――憎しみと愛はなんと似ていることか――

 愛を見失った俺はやがて恋の情熱も失い、あとは何度か話したように、かつての残り火を見つめるだけの、抜け殻同然の存在となった……」


 カエインは長い昔話を終えると、深く溜め息をついて笑った。


「でもそれももう過去の話だ。シアに出会うことでサティアへの未練は完全に断ち切れた。

 とはいえもう金輪際、あんな虚しい思いだけはしたくないがな。

 だから俺は二度と愛を見失わないし、今度こそ最期まで愛しぬくと誓った。

 たとえシアに裏切られても、殺されても、永遠に俺を愛さなくても、絶対に憎んだりはしない……!」


 私と同じように運命の恋に裏切られた末の、カエインの悲壮な決意の言葉は、セドリックよりもずっと痛く重くこの胸に響く。


 身に詰まされすぎて耐え難くなるほどに。


「何よ、それ。勝手に気持ちを押しつけているだけじゃない……そもそもあなたの愛なんて望んでないし、いらないのに……」


 それはカエインと同時に、自分へも突きつけた言葉であった。


「私が欲しいのはあなたの愛じゃない。私がたった一つ望むのは……」


 言いかけた言葉を飲み込み、私はぐっと唇を噛み締める。


「ああ、シア、分かっているとも。

 だから今の俺は、ひたすらお前の望みを叶える手助けをするのみだ……」


「だったら……今日は、もう出ていって……」


「分かった」


 カエインはあっさり頷き、速やかに隣の部屋へと引っ込んでいった。

 一人になった私はベッドへ倒れ込み、うずくような痛みを胸におぼえながら寝つかれない夜を送った――




 あくる日は、中断されていた話し合いの仕切り直しとなった。

 正午から、主要な面子で円卓を囲み、飲食しながら相談しあう。


「昨夜のうちに、先の内乱で中立を決めていたレイクッド大公国に決断を迫る使者を送ってある。

 他にもこちら側につきそうな諸侯や、前回の内戦でエリオット3世側につき、他国へ逃れた元有力貴族にも伝令を飛ばしてある。

 さらに傭兵団を雇い入れる手配もしておるし、シュトラスの兵士も可能な限り派遣しよう」


 さっそく食前酒を飲みながら、ギディオン王が戦争前提の話を進め始める。

 そこへすっかり頼もしい顔つきになったセドリックが、積極的に要望を口にする。


「昨日も言ったけれど先の戦いでアスティリアは疲弊している。できるだけ市街戦を避けて、かつ短期決戦で終わらせたい」


 その台詞を聞きながら、私は横に座るカエインの顔を眺めたあと、思いついたことを提案する。


「でしたら、最短距離を通るのはどうでしょう?」


「というと?」


 レスター王子に問われた私は、机の上に身を乗り出し、中央に置かれた地図の一部を指し示す。


「エルナー山脈越えです」



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