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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
第四章「歓喜の瞬間」
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3、歓喜の瞬間

「さあ、急いで逃げるから、背中に乗ってくれ」


 金色の大きな瞳を向けてカエインの声で促す、濡れたような漆黒の羽をした巨鳥を唖然として見ていると、レイヴンが意識不明のセドリックを抱えてきた。


「落ちないように背中に縛りますね」


 まずは断りを入れてから、変身したカエインの長い首にもたれるようにセドリックを下ろし、手から生やすように出した植物の蔓で固定する。

 手早くレイヴンが段取りを終え、窮屈そうに身を屈めるカエインの背に乗り込むようすを眺めながら、私はある重要な点に気がついた。


「カエインあなたの身体、あきらかに洞窟の入り口よりでかくない?」


「いいから、シアも早く乗ってくれ!」


 切迫した声で質問を流され、急かされた私は慌ててカエインの胴体の最後尾に飛び乗った。


「逃がしませんよカエイン様!」


 ――と、その時、洞窟内に制止の言葉がこだまする――


 とっさに手元に守護剣を呼んで、レイヴンの肩越しに前方を覗き見ると、漂白したような髪と肌をした純白のローブ姿の青年が、白く発光しながら巨大な杖を構えて立ちはだかっていた。


 それは王国の行事で数回ほど見たことがある、カエインの代理を勤めている宮廷魔法使い。


「アロイス! 貴様、カエイン様に本格的に逆らうつもりか?」


 レイヴンの叫びに答えるように、アロイスが輝く杖を振りかざす。

 ――すると巨大な白い盾が出現し、壁のように道を塞いだ。

 しかしカエインは怯むことなく、さらに上体を低く落として勢い良く駆け出していた――


「カエイン、ぶつかるわ!」


「いいや、シア、さっき言っただろう。デリアンは誰にも追いつけない速度で迫っていたと。

 アロイスが先にここにいるわけがない――これは幻影だ――」


 証明するように盾の中央へと突っ込んだカエインは、すり抜けながら尖った嘴から鋭い咆哮を発し、直後、洞窟の入り口が派手に吹っ飛ぶ。


「くっ――!?」


 と、外へ飛び出した瞬間、爆風で黄金の髪と鮮やかな真紅のマントを舞い上げ、吹き飛ぶ無数の岩を剣で跳ね返しながら立ちすくんでいるデリアンが見えた。


 今度は幻ではなさそうで、カエインが頭上を飛び越えて避けた一瞬後には身を反転させ、雄叫びをあげながら高く跳躍して斬りかかってくる。


 ――間合い的に現在のカエインの巨体では避けきれない――


 瞬時に判断すると、振り落とされる覚悟でレイヴンの胴体から片手をほどき、身体を回転させて巨鳥の背から身を乗り出す。


「アレイシア様!」


 すかさずレイヴンの声とともに飛んできた植物の蔓に胴体を巻かれた私は、両手で持ち直した剣に渾身の力をこめて大剣を受け止める。


 ――刹那、盛大な火花が飛び散り――「復讐の女神の剣」を中心にとぐろを巻く黒炎と、デリアンの「狂戦士の剣」が放つ眩しい黄金色の光が衝突し、重なり、混ざりゆく――

 その、まるで互いの魂がぶつかって一つに溶け合ったような感覚に、物理的な衝撃だけではなく、私の全身を別の甘い痺れが貫いていった。


「ああっ……!?」


 思わずあえぐ私の手元を見つめ、デリアンが驚愕したように息を飲む。


「――!? その剣はアレイシア、お前は……!?」


 空色の瞳を大きく見開き、精悍な顔を歪めて地上へと落ちゆくデリアンとは逆に、カエインは漆黒の翼をはばたかせてさらに上空高く舞い上がっていく。


「待て! 行くな、アレイシア!」


 絶叫するように他ならぬ私の名を呼び、着地したそばから地面を蹴って追いすがる。

 必死な形相のデリアンを見下ろす両の瞳に熱い涙がこみあげてきて、胸に沸き起こる激しい歓喜に、私ははっきりと自覚する。


 まだこんなにも胸が震えるほどデリアンが愛しく、その分たまらなく憎いのだと――


 だからこそ、もっと、もっとデリアンの心を私でいっぱいにしたい!


「待てと言われて、待つわけないでしょう?

 ――次に会う時は殺し合いよ、デリアン!」


 深く印象づけるためにわざと"嘲り"と"煽り"をこめて言い渡し、最後に見返したデリアンの瞳が"すがる"ように見えたのは、たぶん私の願望だろう。



 ほどなくデリアンの姿は森の木々に隠れて見えなくなり――たった一撃を受け止めるだけで残りすべての力を使い果たした私は、そこで昏倒した――




 次に意識を取り戻すと、見知らぬ白亜の天井が目に映った。

 右手に誰かの手の感触がして、寝たまま頭を転がすと、傍らの椅子に座っているカエインが見えた。


「目覚めたのか、アレイシア」


「……カエイン、ここは……?」


 身を起こそうとベッドに肘をついたところ、カエインが握っている手に力をこめて引き起こしてくれた。


「エルナー山脈の南峰にあるクセルティス神殿だ」


「クセルティス神殿?」


 神話ではクセルティス神は、人々に世界の万物を支配する原理と法則の知識を与えたとされている叡智と魔法の神だ。


「シアが知らないのも無理はない。断崖絶壁の途中の岩を削った場所に建つ、魔法使いの中でも特別な者しか来ることも入ることもできない秘密の神殿だからな」


「秘密の神殿――」


 ぼんやりと復唱しつつ、いかにも愛しげな表情でこちらを見つめているの白皙の顔から目を逸らすように、自分が寝ている異様に大きく豪華なベッドを観察する。


 カエインはずっと私に付き添っていたのだろうか?

 疑問をおぼえながらこれまでの記憶を辿り、はっ、とする。


「セドリックは?」





 クセルティス神殿は室内だけではなく、廊下の床や壁や天井も白く、建物全体が石造りのようだった。

 私達がいた部屋は一番奥まった場所にあるらしく、大きな像が置かれた広いホールを通り抜けてからさらに距離を歩いた。

 途中すれ違った人間がいちいち立ち止まって恭しく挨拶してくる。



 カエインはとある部屋の前で足を止めると、いきなりノックもせずに扉を開いた。


「入るぞ」


「カエイン様」


 振り返ったレイヴンが座る椅子の前の、部屋の中央部に置かれたベッドには、銀色の長い髪をほどいて横たわるセドリックの姿が見えた。


「セドリック!」


「シア……?」


 思わず叫んで駆け寄り、上半身を起こしたセドリックの飛びついて、身体の温もりを確かめるように両腕でしっかりと抱きしめる。


「あなたが死んでしまうかと思った!」


「ごめんね、シア、心配をかけてしまって。

 ……僕は本当に愚かだった……」


「ううん」


 かぶりをふりながら少し身を離し、セドリックの顔を両手で挟んで様子を確認する。

 若干やつれてはいたが、麗しい輪郭を描く頬には赤みがさし、唇も淡い薔薇色で、緑色の瞳も澄んでいた。


「病に倒れたのは、牢屋暮らしの長かったあなたに無理をさせた私のせいでもあるわ……」


 セドリックは即座に私の発言を打ち消す。


「いいや、シアには何一つ非はない! 全面的に悪いのはこの僕だ!

 歴史上、幾度も大陸中に蔓延して多くの国々を死体で溢れさせた、疫病の怖さは本で読んで充分知っていたつもりなのに……うかつなんていうものじゃなかった……!」


 長い睫毛と唇を震わせるセドリックの言葉に続けるように、レイヴンが私の顔を睨みつけながら嫌みったらしく言う。


「アスティリア王国は建国以来、カエイン様の知識のおかげで疫病が流行したことがありませんからね」


「よけいなことは言うな、レイヴン……」


「いいえ、ここは重要なことなのでぜひとも言わせて頂きます!

 アレイシア様! カエイン様は魔法使いの叡智の結晶である『賢者の珠』の継承者にして、『賢者の塔』の『塔主』であり、この世界でただ一人、自由に人間界と妖精界と冥界の三界を行き来できる、かけがえのない、神にも等しい存在なのです。

 あなたごときが個人的な都合で殺していいような相手ではありません!」


「……塔主?」


「『賢者の塔』の代表者のことです。つまりカエイン様は世界中の魔法使いの中で一番偉い方なのです」


「いい加減にしろレイヴン、席を外せ!」


「……分かりました……」


 言いたいことを言い終えたのか、カエインに叱責されたレイヴンは素直に頷き、私を一睨みしてから部屋を出て行った。

 私がしたことを思えば当然かもしれないが、すっかり彼には嫌われてしまったようだ。


 深く溜め息をつき、腕組みしてからカエインに向き直る。


「今の話は本当なの?」


「……まあな……」


 あっさりと認めるカエインの整いきった顔をしばし無言で凝視したあと、私は「はっ!」と吹き出し笑いする。


「何それ? 世界中の魔法使いで一番偉く、しかも三界を自由に行き来できる神にも等しい存在ですって? 

 ふざけないでよ! そんな人物に裏切られたんじゃ前王は負けて当然だったし、あなたが味方についた側が勝利確定じゃないの! カエイン、やっぱりあなたは悪魔だわ!」


 我ながらこんな辛辣な言い方をする必要はないと分かっている。

 けれど、遥かに想像をこえたカエインの正体を知り、改めてその強大な力と影響力が、私を始め、セドリックや多くの者、そして王国自体の「運命」を左右し「ねじ曲げて」きたことを思うと、どうしても腹立ちがおさえらなかった。


 カエインは静かな表情と口調で否定する。


「そうとは言いきれない。魔法使いは協会の定めにより、要人の殺害や戦争に関わる戦闘行為は一切禁止だ。

 あくまでも戦いにおいては助言や治療、効果魔法などの、補助的な役目しか担えない」


「だけどあなたは賢者の珠の力とやらで、致命傷の私を救ったでしょう?

 あなたがついていれば負けても死なない以上、勝つか寿命が尽きるまで戦いは終わらないじゃない」


 そう、カエインが私に執着してそばにいる限り、絶対に死なせては貰えないのだ。


「それは一理あるな……。話のついでなので明かしておくが、俺は先の内乱の時に一度、前王の援軍に駆けつけたシュトラスのレスター王子の会心の一撃をくらい、深手を負って瀕死になったデリアンの命を、エティーの頼みで救ったことがある」


 レスター王子といえば、つねに戦場で漆黒の鎧と兜を身につけていることから黒王子と呼ばれている、シュトラスきっての武勇を誇る名将だ。


「デリアンが……瀕死?」


 カエインの告げた事実に私は耳を疑う。

 デリアンが死にかけたという話も初めて聞くが、『武神』のごとき強さの彼に深手を負わせるような人物が存在すること自体が信じられなかった。


「つけ加えると、俺は一度でも生気を分け与えて救った相手は『賢者の珠』の力により、どこにいるのか分かるようになる。

 だからシアの居場所が分かったし、デリアンが洞窟に迫っていた時にも正確に距離をはかることができた」


「つまりあなたからは決して逃げられないし、負けても殺されても死ねないってわけ?

 冗談じゃないわ――私はあなたに最初に命を助けられてから、これまでもう充分生き恥をかいてきた!

 この上、みっともなく醜態を晒し続けるのだけは絶対にごめんよ!

 カエイン、信じると言ったことは嘘じゃないけど、やっぱりそばにいられること自体が迷惑だわ――あなたとはここでお別れよ――!」



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