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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
第三章「忠実な魔法使い」
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4、別れの接吻

※残酷描写注意

 朝食後、塔の上の部屋まで上って行った私は、豪華なベッドで熟睡するカエインの裸の肩を掴んで揺すった。


「カエイン、起きて、朝よ」


 ――数瞬後、羽毛のような長い睫毛が震え――瞼がゆっくりと開かれて輝く金色の瞳が現れる。


「……シア……?

 これは、夢か?」


 思えば朝早くに私からカエインを訪ねるのは初めてのことだった。


「夢じゃないわ。話があってあなたに会いに来たのよ」


「――どうせならキスで目覚めさせて欲しかったものだな」


 薄く笑いながらカエインは裸の上半身を起こし、けだるげに艶やかな漆黒の髪を掻きあげる。


「そうね、結婚後はそうするわ」


 調子を合わせるように私が返すと、カエインはピタリと動きを止めて目を見張る。


「それは俺と結婚してもいいという意味か?」


 私は即答せずに目を伏せてしおらしい表情を作った。


「カエイン……私ね、あれから色々と、デリアンとエルメティアへの復讐方法を考えてみたの。

 自ら二人を襲うことはもちろんのこと、現王権に不満や恨みを持つ勢力を使って、エルメティアを誘拐して拷問するなど……。

 だけど例の誕生日以来、あなたの言うように幸せな私の姿を見せるのが、何よりも一番のエルメティアへのし返しになり、デリアンへのあてつけにもなるんじゃないかと思えてきて――

 さらに侯爵家の庭であなたの口から結婚の意志があるのを聞いてからは、まずは『盛大な結婚式を挙げてあの二人に見せつける』のもいいかもしれないと考えるようになったわ」


「いいのか? 俺が提案したのは形ばかりではなく実の伴った結婚だぞ」


「もちろん理解しているわ。そうとなったら私も、とことん幸せを演出するために、あなたの子供も産みたいし……」


 刹那、カエインの瞳が劇的なほど見開かれ、問う声がかすれて震える。


「俺の子供?」


 この男の表情がここまで大きく動くのを目にするのは初めてかもしれない。


「ええ、そうよ、嫌だった?」


「嫌なものか……! 俺はずっと自分の子供が欲しかったんだ」


「そうなの?」


「ああ、そうだとも!」


 思いをこめるようにしっかりと頷き、カエインは両手で私の左手を取って強く握り締める。


「悲しいことに、これまで数多くの女を抱いても子供が出来ることはなく、この352年間の人生で一度も結婚したことがないゆえに、一人の女とじっくり子作りする機会もなかったが……。

 もしもシアが俺の子供を産んでくれたら、長年の悲願がようやく叶うことになる!」


 意外なことにカエインは今まで未婚だったらしい。

 本気で結婚するつもりはないので関係ないが、望みながらも300年以上も女性を妊娠させられなかったのなら、本人の生殖能力に問題があるとしか思えない……。 


 しかしこうも単純に喜ばれるとさすがの私の胸もチクチクと痛み、演技ではない本物の溜め息が口から漏れ出す。


「……でもね、結婚を実現させるには、一つだけ障害があって……」


「それは何だ?」


「私の気持ちの問題よ。この18年間、ずっとデリアンとの結婚を夢見てきたおかげで、心の切り替えが難しくていまいち気分が乗りきれないの。

 できればエルメティアとデリアンが辺境から戻ってくるまでには、結婚式の準備を終わらせておきたいとは思っているんだけど……」


「どうしたらその気になれるんだ?」


 らしくもない必死な形相でカエインが尋ねてくる。


「……ええ、考えてみたんだけど、私は幼い頃から結婚式自体にも夢を描いてきたから、この前の誕生パーティーで着た以上の豪華な婚礼用のドレスを見れば、確実に気分が盛り上がると思うの」


「よし、分かった! 

 そういうことなら今から急ぎ妖精郷へと向かい、最高の婚礼用ドレスを仕立てて来よう!」


 力をこめて叫び、布団を跳ね飛ばすようにベッドから飛び出したカエインは、さっそく傍らの椅子に置いてあった衣服を掴んで身支度を整えた。


 内心、思惑通りにことが進んでいくことにほっとしつつ、私は見送るために窓辺までカエインについて行く。


「ではシア、向こうではこちらの一日が数時間とはいえ、今回のドレスにはたっぷり時間をかけたいので、4、5日ぐらいは戻って来れないと思うが待っていてくれ」


「ええ、カエイン、楽しみにしているわ」


 窓枠に手をかけてから、カエインは名残惜しそうに振り返る。


「見送りのキスはないのか?」


「キスも、ドレス次第よ」


「ならば、ぜひとも、シアが思わず俺に抱きついてキスしたくなるような、素晴らしいドレスを持って帰らねばな!」


 最後に笑って告げると、カエインは漆黒の翼を広げて塔から飛び立って行った――

 少しの間それを見送った私は、くるりと踵を返し、窓の向かい側に位置する棚の物色を始める。


 先日、虫除け薬が切れたと言ってこの部屋へ貰いに来た際に、カエインが在庫を出した棚を憶えておいたのだ。


 古代語は一切読めないのでポケットから見本の虫除け薬を取り出し、棚に並んでいる小瓶とラベルを見比べて探す。


「あった、これだわ」


 ――と、私が見つけた小瓶に手を伸ばしかけた時だった――

 カタッと背後で物音がしたあと、今しがた出て行ったはずの人物の声が室内に響く――


「シア」


 呼ばれた瞬間、鼓動がどくっと高鳴り、とたんに心臓が早鐘を打ち始めた。


「……忘れ物でもしたの、カエイン?」


 背中を向けた状態で訊きながら、さっと懐から取り出した短剣を袖口にしのばせ、背後を振り返る。


「いや」


「だったらなぜ、戻って来たの?」


 自然に声が震えて胸に鋭い痛みが走る。


 私とて万が一にも脱獄を失敗しないよう、後々に禍根を残さないためにも、カエインを殺すべきだということは重々分かっていた。

 幼き頃より母に『甘さ』は命取りになると再三に渡って教え込まれてきたのだ。

 それでも短い間とはいえ、カエインに世話になったという意識があり、出来れば命までは奪いたくなかった……。


 だから私は今朝のカエインの行動に賭けていたのだ。


 すんなりと妖精郷へと向かった場合は殺さずに済ませようと――


「なぜって、出かけてすぐに気がついたんだ。

 シア本人が直に妖精の職人に会いドレスの要望を細かく伝えたほうが、理想に近いものができあがるとね」


 近づいてくるカエインが伸ばした手に応じて、上から手を重ねると、ぐっと掴まれて身体を引き寄せられる。


「というのは口実で、本音は数日もシアと離れているのが耐えられなくなったからだ。

 出会ったばかりだというのに我ながら相当シアの魅力に参っているらしい」


 苦笑するカエインの背中に腕を回しながら、私は胸に広がる苦みに、ついする必要のない質問をしてしまう。


「どうして? 私はあなたに好かれることなど一つもしていないわ」


 カエインはふっと笑い。


「若いシアにはとうてい理解できないと思うが、俺みたいに長生きしていると、すべての現象に飽きて無感動になる。

 実際この百年ばかりの俺の人生は、起きていても眠っているような、退屈極まりないものだった。

 そこへ嵐のようにシアが現れて、久しぶりに目が覚めるような思いがした。

 シアの激しさが長く止まっていた俺の心を動かし、共にいるだけで楽しいと感じるようになった。

 特に放っておいて欲しいと言われたこの数日間で、どれほどシアがそばにいないと味気ないかを思い知った。

 頼むから、そんな俺を憐れんで一緒に来て欲しい――」


「でも妖精郷は滅多に人を迎え入れないと聞くわ」


「他ならぬ俺の妻となる女性が拒まれることは無いので、その点は安心していい。

 妖精郷はとても景色の美しいところだ。ドレスが仕上がるまであちこち名所を案内しよう」


「楽しそうね……嬉しいわ、カエイン!

 一緒に行けるなら、ドレスの仕上がりはもう保証されたようなものね!」


 感激したように叫びながら袖から短剣を出し、片手をカエインの首に絡めた私は、爪先立ちになって顔を寄せていく。

 気取られて外したら一巻の終わり――確実に一発で仕留めるために油断させなくては――


「……シア……?」


 意外そうに呟くカエインの唇を唇で塞ぎ、自ら誘うように口を開く。

 ――重ねた唇は初めて会った日と違って熱く、口づけはすぐに深く激しいものになった――


 私は短剣の刃を横に寝かせ、夢中で唇を貪るカエインの背中から狙いすまして、一息で心臓へと突き立てる。


「……!?」


 カエインは一瞬ビクンと身を激しく硬直させたあと、ふうっと脱力するように足下から崩れていった。

 反射的に胴体を両腕で抱き止め、口づけしたままゆっくりと床へと下ろす。

 そして私は腕の中の身体の痙攣が完全に止まるのを待ってから、唇を離して立ち上がり、カッと両瞳を見開いて動かなくなったカエインを見下ろした。


 やはり魔法使いと言っても人間であり、心臓を一突きされれば即死はまぬがれなかったようだ。


 間違いなくこの場で悪魔と呼ばれるべきはカエインではなくこの私。


「さようなら……カエイン。冥府で会った時に謝るわ……」


 ――最後に別れの言葉を告げ――私は虫除け薬を取るのも忘れて、その場から逃げるように塔の部屋を後にした――




 そうしておかしいほど痛む胸を抱え、急いで地下牢獄へ降りて、セドリックのいる牢屋へと駆け込む。


「お待たせ、セドリック!」


「お帰り、シア!」


 立ち上がって私を迎えたセドリックはすでに準備万端で、その手には守護剣『聖王の剣』が握られていた。

 幸い彼の両手首に嵌められていた魔法腕輪はアダマンタイト以外の金属製だったらしく、塔へ向かう前にあらかじめ守護剣で斬って外すことが出来た。 


 と、牢屋の入り口に立つ私の元へ駆け寄った直後、セドリックは、はっ、とした表情になる。


「ひょっとして、シア、泣いているの?」


 手元に引き寄せた『復讐の女神の剣』の柄をしっかりと握り、私は大きくかぶりを振って叫ぶ。


「いいえ、泣いてなどいないわ! ――さあ、急いで逃げるわよ!」



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