1、栄光と祝福の陰
※グロ注意
カエインが妖精郷に出向いてまで誂えたドレスは、着てみると気持ち悪いほど私の身にぴったりで、光沢のある白地に微細な七色の光の粒が浮かぶ不思議な布で織られていた。
しかしいくらドレスが綺麗でも、髪がこんな短くては台無しだと思っていたところ、カエインが器用な手付きで私の髪をピンで留め、アップ状態にしてから、大ぶりの花を模した髪飾りで留めてくれた。
そこにさらに宝石が散りばめられた見事な細工のネックレスに、お揃いのイヤリングと腕輪で飾り付けられる。
「さあ、これで完成だ。今日のシアは間違いなく世界で一番美しい。
白く透き通った肌に神秘的な菫色の瞳と可憐で清楚な顔立ち。シアは何もつけなくても充分美しいが、これ以上とない豪華な装いをさせることで、俺のシアへの熱愛ぶりが周囲にも伝わるだろう。
なにしろドレスだけではなく髪飾りもアクセサリーも、すべて妖精の職人が作った稀少なもので、お金を積んでも買えるようなものではないからな。
今夜のお前を見たらデリアンは男として大いに後悔し、エティーは女として激しく嫉妬するだろう」
「……」
「なんだシア、その疑いの眼は? いいか、よく聞け。
エティーはとにかく負けず嫌いで、自分の女性的魅力に絶対の自信を持っている。
加えて、何よりもお前が幸せそうにしているのを見ると腹が立つらしいのだ。
だから悔しがらせるには、女性としての魅力で差を見せつけた上で、俺の愛に包まれた幸福な女を演じるのが最も効果的だ」
セドリックにも「なぜか幼い頃から目の敵」にしていると言われたが、いったいエルメティアに不幸を願われるほどの私が何をしたというのだろう?
子供の頃からいつも刺激しないように大人しくしていただけなのに、実に不可解にして不条理で腹が立つ。
だいたいカエインの主張が正しいとしても、美しさや新恋人との仲を見せつけるなんていうお返しは、悪魔と呼ばれる男にしてはあまりにも地味過ぎる。
しかしよくよく冷静に思い返してみれば、知り合ってからのこの数日間、カエインは侮辱しても、首を絞めても、舌を噛んでも、全く怒らないどころか表面上は優しく親切でさえある。
言うことをきかない弟子も罰を与えず100年放置しているようだし、実のところ噂が先行しているだけの「甘い男」なのではないかという疑念すらおぼえる。
もしかしたらエルメティアへの仕返しにしても、今、口にしたような茶番としか思えない、生温いものしか考えていないのかもしれない。
だとしたらそもそも手を組む以前の問題だ。
なぜなら私が見たいのはデリアンとエルメティアが破滅して絶望する姿なのだから――
私は苛々した気分で時計を見上げたあと、いつものマント姿のカエインを睨みつける。
「ちょっと、カエイン。何のんびりベッドに寝そべっているの? あなたも早く着替えてちょうだい!
私の身支度に手間暇かけ過ぎて、とっくに誕生パーティーの開始時刻を過ぎてしまっているのよ?」
「まあ、そう焦るな、シア。主役は遅れて登場するものと相場が決まっている。
それに俺が纏っているマントは冥府製の貴重なもので、中に着ている衣装は『賢者の塔』の魔法使いの最上級の礼服だ」
「賢者の塔?」
「魔法使いの協会のことだ。とにかく着替える必要性は微塵も感じないし、黒づくめの俺と並んだほうがお前の白いドレスが映える。
大丈夫だ。今から行っても充分、二人の婚約発表には間に合うだろう」
やはりカエインも、エルメティアとデリアンが今日、婚約を発表することを知っていたのだ。
――塔を下りて会場へ向かう途中、カエインが思い出したように注意する。
「一応先に言っておくが、大広間では王族の血を受けたもの以外は守護剣は呼べないからな。
頼むからあの二人を襲おうだなんて妙な気は起こすなよ?」
カエインが私をどういう人物だと思っているのかよく分かる発言だ。
しかしセドリックは居館部分で守護剣は呼べないとしか言わなかったが――
「ということは大広間でも王族の血縁者は守護剣が呼べるってこと?」
「ああ、そうだ。エルメティアはもちろん、前王朝の流れをくむお前の元婚約者も愛剣を呼び出せる」
つまり帯剣不可の場所であっても、いつでもあの二人は守護剣を呼び出して、私を真っ双つに斬り落とせるということか……。
「それとシア、今日のお前は記憶喪失のフリをするだけで、年齢相応にしゃべってもいいからな」
「……分かったわ、カエイン」
正直、演技力には自信がないので、廃人のフリをしなくていいのは有りがたい。
ようやく大広間前へと到着した私達は、大扉をくぐり、大勢の人がひしめき合う会場へと足を踏み入れる。
中に入ると、すでに招待客の視線は最奥にある一段高い場所に立つ三人――リューク王やエルメティアとデリアンに集中していた。
婚約発表にはギリギリ間に合ったらしく、奥へと進む途中で「このたび娘のエルメティアとカスター公デリアンが婚約する運びとなった」と告げるリューク王の力強い声が響き――とたん会場内から大きな歓声があがる――
今から大勢の人を掻き分けて目立つ前側へ行くのは難しそうだと、少し私ががっかりしていたところ。
夢のように美しい妖精製のドレスにアクセサリーと、滅多に人前に現れない魔性の美貌の魔法使いの登場効果は絶大だったらしい。
歩くごとに周囲のどよめきが高まっていき、とうとう遠目から壇上の三人の注意を引きつけるまでになった。
こちらを見た瞬間――エルメティアはハッとしたように口を押さえ、デリアンは彫像のようにその場で硬直する――
唯一リューク王だけが平然としたようすで、先の内乱での二人での活躍ぶりを称えたあと、この婚姻が王国の栄光の歴史を築く礎になると言い切る。
たちまち大きな拍手が巻き起こり、リューク王に名を呼ばれた二人が我に返ったように前に進み出る。
私はといえば、二人を動揺させられたことが異様に嬉しくて、愉快な気分で壇上を眺めることができた。
簒奪王リュークは、内乱後に一気に老け込んだ印象で、見るたびに白髪が増えて、目が落ち窪み、頬がこけていくようだった。
比べて今が最盛期であるデリアンは、黄金の鬣のような髪をまばゆく煌かせ、飾りの多い紺色の軍服に真紅のマントを羽織り、王より頭一個分ほど高い長身から堂々と会場を見下ろしている。
その横で肩を抱かれるエルメティアも、今夜のために誂えたのか金と宝石を散りばめたような豪華な真紅のドレスを着て、炎のような赤い巻髪を揺らして招待客へと手を振っている。
――二人とも、せいぜい今は仮初めの栄光と幸福の美酒に酔いしれるがいい。
いつか必ずやその高みから引きずり落として、惨めに地面に這いつくばらせた状態で上から踏みつけにしてやる!
改めて復讐を誓う私の瞳に、その時、エルメティアがドレスの裾をたくしあげ、ブーツで壇上を蹴って飛び降りる姿が映った。
同時に人波が真っ二つに割れ、人目もはばからず、私達めがけて一目散に駆け寄りながら、エルメティアが大仰に叫ぶ。
「カエイン! いったいどういう風の吹き回し? 人前に出るのが大嫌いなあなたが、こんな集まりに参加するだなんて!」
「――どうしてもシアと一緒にお祝いを言いたくてね――
19歳の誕生日、そしてカスター公とのご婚約、おめでとう、エルメティア王女殿下」
うやうやしくお辞儀するカエインに合わせ、私もスカートをつまんで深く腰を落とす。
エルメティアは勢い良く目の前で立ち止まると、不愉快そうに顔を歪め、私の姿を上から下まで見回した。
「まあ、そうなの、わざわざありがとう、カエイン!
――ところでシアはだいぶ良くなったようね?」
「ああ、賢者の珠の力を使って知識を授けたので、知識面ではほぼ年齢に追いついている。
感情面もこれから俺が愛情を注ぎ、時間をかけて育てていく予定だ」
カエインは私の腰をしっかり抱いて、身をぴったりと寄せた状態で説明する。
「賢者の珠ですって!」
エルメティアは甲高い声を上げ、カエインの空いているほうの腕を乱暴に掴むと、力任せに引っ張った。
「カエイン、ちょっとこっちへ来て!」
「……分かった。
シア、すぐ戻ってくる」
と、引きずられるように連行されていくカエインを見送っている最中、鋭く突き刺さるような視線を感じる。
とっさに斜め前方を見やると、そこにいたのは大勢の貴族達に囲まれているデリアンで、よほど私が目障りなのか、会話の合間に険しい目つきでこちらを睨みつけている。
思い起こす限り、ここまで強くデリアンの関心を引いたのも、真剣に見つめられるのも、生まれて初めての経験かもしれない。
皮肉な気分で思うと、私は記憶を失っていないことがバレないように、あえてデリアンから目線を外して会場内をゆっくり見回す。
私の婚約者を奪った王女の誕生会になど出たくなかったのだろう。ざっと見回した分には家族の姿は一人も見えない。
他の見知った顔が複数あっても、誰も私に近づくそぶりもみせなかった。
そのまま一人でぼんやり突っ立っていると、ふいに斜め後ろからクスクス笑いが聞こえてくる。
つられて振り返ると、エルメティアの取り巻きの令嬢達が三名ほど固まり、あきらかに私を見ながら笑っていた。
思えばそれも当然なことで、いかにこうして美しく着飾ろうと、所詮、私はデリアンに捨てられ、エルメティアに婚約者を奪われた惨めな女。
しかし、これしきの嘲笑は、地獄の絶望を味わったあとの私にとってはごく些細なこと。
どうでもいい思いで、通りかかった給仕に酒の入ったグラスを一つ貰い、喉を潤していると、懐かしい人物が歩いてくるのが見える。
銀色の髪にアイスブルーの瞳、甘く麗しい顔立ちをした、見た目だけはセドリックと良く似た容姿のイヴァンだ。
婚約発表を聞いたばかりのイヴァンは、いずれは二国の王冠を戴くというあてが外れたせいか、見るからに機嫌が悪く気が立っているようす。
口からふーっ、ふーっと、息を吹き出して近づいてきたかと思うと、いきなり血走った目を私の背後へと向け、「何が可笑しい!!」と爆発するように怒鳴りつけた。
私の横を素通りして迫るイヴァンの剣幕に、令嬢達は一斉に蒼ざめて怯え、身を寄せ合って後退していく。
「で、殿下を笑っていたわけではございません!」
気丈にも一人の令嬢が申し開きするのと、イヴァンの右手に白銀の剣が現れたのはほぼ同時だった。
アスティリア王家から分かれた大公国の世継ぎのイヴァンには、当然ながら王族の血が流れており、この場に守護剣を呼び出せるのだ。
「嘘をつくな!! 俺の名を口にしながら笑っていただろう!!」
逆上したような叫びとともに剣が二閃し、空中にポンポンと二つ首が跳ね上がったかと思うと、首無しの胴体から血しぶきがパーッと放射状に吹き出す。
近くにいた私の白いドレスにも、細かい霧のような血の飛沫が降りかかった。
私を笑っていたばかりに可愛そうにと思い、足元に転がってきた首を眺めていると――断末魔の叫びが耳をうがち――残り一名の令嬢も胸を串刺しにされて絶命した――
蜘蛛の子を散らすように周囲にいた人々は逃げ去っていき、ただ一人その場に留まる私へと、自然にイヴァンの狂気の眼差しがキッと向けられる。
「何を見ている!? お前も俺を憐れんで馬鹿にしているのかっ!?」
たしかに精神年齢が5歳ぐらいで止まってそうなイヴァンは、ある意味私より憐れに思える。
返事がわりに、私は床に落ちていた生首を一つ拾い、子供に自分の仕出かした罪を見せるようにイヴァンへと差し出す。
「ひっ、そんなものを寄越すな――寄るな!」
すると混乱状態のイヴァンは狂ったように剣を振り回し、避けようとした私の目の端に――真紅のマントを広げて飛ぶような勢いで疾駆してくるデリアンの姿が映った――