死闘
ゼルレイン王国・北・ノルス平原
ノルス平原は
魔物が出ない《安全地域》と呼ばれる珍しい土地でゼルレイン王国が厳重に管理している。
一部は監視塔や騎士団の訓練の場となっているため盗賊などの悪人はノルス平原にはほとんど出ることがなく安心してピクニックなど出来るため王国の人達に人気がある平和な場所だ。
しかしそんな平和な場所は地獄と化していた。
緑で埋め尽くされた草原は人や魔物の血で赤く染め、猛烈な悪臭を放っており、人と魔物の戦いが今、繰り広げられていた。
津波のように次々押し寄せてくる魔物の攻撃を颯真は
ただ見ているだけだった。
何もできないと判断したゴブリンたちは立ち尽くす颯真を見て蔑んだ笑いを顔に浮かべ拳や棍棒で殴りかかろうとしていた。
(遅いな……)
颯真はゴブリンたちの攻撃を見てポツリと呟いた。
それは一瞬の出来事だった。
黒い線は容赦なくゴブリンたちの頭を切り裂く。
「グギャ?」
宙を舞うゴブリンの頭。
その顔は狼狽や困惑で驚いており、噴水のように血飛沫を撒き散らしながら地面へと落ちていった。
刀に付いた血を振り落とし、まだいる敵を見据え刀を構え直した。
「ギ、ギャ…ア…」
その時ゴブリンたちは知ることになる。
目の前の人間は絶対的な強者であり、喧嘩を売ってはならない相手だということを……
「ギャア!!」
耳障りな声を上げ、ゴブリンたちは一目散に逃げ始めるが仲間同様頭を斬られ死に絶えていく。
「まだ来るのか……」
颯真の目線には終わることがないと思わせるような魔物の数を見て溜め息をついていると背後からオークが雄叫びを上げながらその巨体で突進して来た。
「・・・!」
油断していたため反応が遅れ、咄嗟に刀で斬りかかろうとすると――
「【氷狼】!」
魔法が唱えられた瞬間、一気に気温が下がり、吹雪が吹き溢れると魔方陣から氷で作られた狼が現れ、オークを噛み砕く。
そんな光景を呆然と見ているとミラとフィリアがやってた。
「余計なお節介だったかしら?」
「いいや。助かった!」
更にやってくる魔物たちを斬りながら礼を言う。
「【炎槍】!」
フィリアは中級魔法を瞬時に発動させ、炎の槍で敵を貫いていく。
「凄いな……」
二人の魔力コントロールは俺と同等、またはそれ以上の力を見て驚いた。
「すごいでしょう!」
フィリアは誉められたのが嬉しいのかえっへんと胸を張っているのだが大きな胸が制服を膨張させるのでかなり目の毒だ。そんな事を知らないフィリアは目を逸らしてる俺を見て首を傾げているがミラはジト目で睨んでいた。
「と、とりあえずここはもう片付いたし移動しようか」
ミラの目線から逃げるように話を変える。
「そうね。あまり悠長なことはしてられないわ」
「・・・」
しかしフィリアからは返事がなくずっと空を見ており、狐耳をピクピクさせていた。
「フィリア?」
フィリアの様子が気になり声をかけるが反応がない。
「……何か…く……る?」
「フィリア?一体どうしたのよ」
ミラがフィリアの肩を揺らそう手を伸ばそうとした瞬間。
「グアアアァァァァァアアアア!!!!」
鼓膜が破れそうな咆哮が戦場に鳴り響き思わず耳を塞ぐ。
「嘘……」
「こ、この声って……」
「まさか…」
颯真たちは空を見て呆然と呟いた。視線の先には体は強靭な赤い鱗、鉄すら噛み砕きそうな顎、見た目はトカゲのような外見、大きな翼を広げそれは(・・・)空を悠々と飛んでいた。
「ド、ドラゴン……」
戦場にいた誰かが声を震わしながら呟いた。
S級危険指定魔物 竜種
赤い竜は戦場を見据えると急降下し、砂を巻き上げながら大地に舞い降りた。
「グアアアァァァァァアア!!」
咆哮が大地を揺るがす。
大轟を浴び、正気に戻った者たちは悲鳴を上げながら全力で逃げていく。
「ド、ドラゴンだァ!!」
「だ、誰か助けてくれぇ!!!」
先程まで優勢だったのが竜が現れた瞬間その近郊は崩れていく。
「っ!不味い!」
舌打ちをしながら全力で竜の元へ向かう。
「ソ、ソーマ!」
「待ちなさい!どこへいくの!?」
突然走り出した颯真を追いながら声をかけるが颯真には返事を返す時間などなかった。
竜は本来人間や魔物がいない《竜天山》と呼ばれる静かな場所に生息しているため滅多に人里に出てくることがない。颯真は一度依頼で《竜天山》の近くに来たことがあり、そこで竜と遭遇してしまい戦ったことがあるのだ。結果は引き分けに終わったがその強さは尋常ではない。
今、目に見える竜は前回の竜と比べると迫力がそれほどないがそれでも 竜には変わりない。
竜とっては人も魔物も害虫に過ぎない。
人間だってゴキブリがいたら殺すのだ今回はただそれが逆の立場になっただけ。
竜は俺達を視線でとらえると、口を開け魔力を集め出す。
(こいつ!ブレスを!!)
【竜の息吹】は下級の竜でも村を吹き飛ばすほどの威力を持っている。今ここで息吹を撃たれれば王都はただではすまないだろう。
(やるしかない……か…)
颯真の持つもうひとつの力。
【覇】と対立する純白の盾。
「フィリア!ミラ!俺の後ろに隠れてくれ!」
「ソーマ!?」
「貴方一体何をするの!?」
「【息吹】を止める!」
心臓が跳ねる。うるさいくらいに脈動し血が全身に走り巡る。魔力を全体からかき集め、皆を守る盾を想像する……。
颯真の体は白い魔力で覆われ輝く純白オーラを放っていた……
「え……」
「嘘でしょ……」
背後から驚きの声が上がるが颯真の耳には入ってこなかった。
竜は大きく口を開け【炎の息吹】を放つ。視界は赤く染まり、大地を溶かし、草原は一瞬で焼け野原へと姿を変えていく。
「はああぁぁぁぁッ!!!!」
熱風で息ができず喉が焼かれ苦しみながらも左腕を息吹に向かって伸ばし掠れる声で唱える。
「【崩天・熾華】!!」
白と青の炎が吹き荒れ、炎は白い花の蕾に姿を変え、仲間を守るように大きく開花する。
白炎と赤炎の衝突。
炎の波動は渦巻き荒くれ、大爆発を起こす。
衝突が起きた場所は縦10m深さ15mの巨大なクレーターができ、その近くで一人の男と竜が対峙していた。
「はぁ…はぁ……」
颯真の左腕は熱により焼かれひどい火傷を負っているが白いオーラは止まることなく吹き溢れている。
「ソーマ……」
「貴方……その力……」
「…はぁ……話はあいつを倒してからで頼む…」
颯真は竜から目を話さず睨み続ける。
「ゴアアアァァァアア!!」
自分の【息吹】を止められ怒りを感じられる咆哮を上げ、双眼で俺を睨んでいた。
「ここは俺が食い止める……。だから二人は逃げてくれ…」
返事を待たず刀を握り歩いていく。しかしそんな事は出来なかった。
「私達も戦うよ。ソーマ」
「そうね。ソーマ言っておくけど私達はそんなに弱くないわ」
今までとは違う声色で話す二人の顔は真剣そのものでむしろ俺に怒りを向けていた。
「…はぁ~」
深く深呼吸をする。喉が痛いがそんなの関係ない。徐々に気分が落ち着いてきた。
(結局は焦っていただけか……)
「二人とも、力を貸してくれ…」
「うん!」
「当然よ」
二人は笑顔で肯定してくれた。
颯真は刀を構え竜に向かって走り出す。
「二人は魔法で援護してくれ!」
「「わかった(わ)!」
地を蹴り竜と距離を縮め刀を竜の心臓に袈裟斬りを入れ鱗は斬るが肉は斬ることが出来なかった。弾かれた反動で隙が生まれた俺を竜は噛みきろうとするが咄嗟に鱗を蹴り距離を取る。
(やっぱり、固いな……)
竜は明らかに不機嫌になり鋭い鉤爪を無造作に斬りきってくる。
「【火焔爆砲】!」
「【氷結霧斬】!」
俺に気を取られていた竜は彼女たちの魔法を食らい大きな悲鳴を上げる。
「ガアアアァッ!」
竜は火傷、凍傷を負いダメージを与えられているが竜はまだ倒れる気配はない。
「【揺刻】!」
颯真の周りには黒いオーラ状の剣が無数に現れ銃のように剣は撃たれていくが竜はブレスを撃ち黒剣を炎でかき消していく。
「まじか……」
颯真は先程の大規模な【熾華】を使用したため魔力をほとんど持っていかれ魔力があまり無い状態だ。
虐刃を構え、地を蹴り再度斬り付ける。頭、胸、腕、腰、翼、脚を神速の如く竜の身を削る。
しかし竜も負けじと鉤爪で反撃し爪と刀でお互いを斬り合う。
だが竜と人では力の格が違うため、刀もろとも吹き飛ばされ宙を舞う。
「がはァ!」
地面に叩きつけられた衝撃で肺にある空気が全て出され骨が嫌な音を鳴らし口の中が血の味で一杯になる。全身を見ると衣服はボロボロであり血がポタポタと落ちていく。立ち上がろうとすると骨が大きな悲鳴を上げる。
(くそッ。骨が……)
心の中で悪態をつくが竜は容赦なく口を開けブレスを放ってくる。
「【灼炎風蓮】!」
「【氷砕零咆】!」
剛炎の竜巻と零氷の光線はブレスとぶつかり合い爆発の衝撃で二人は容赦なく吹き飛ばされる。
「きゃァ!」
「くッ!」
「フィリア!ミラ!」
颯真は急いで二人の元へ向かい二人を抱き締め更なる衝撃に備える。
「がッ!」
骨が肉を貫き体に激痛が襲いかかり、一瞬意識が飛びそうになるが歯を食い縛りなんとか堪える。
「ソーマ!」
「無茶しすぎよ!」
「大丈夫だ……問題ない」
はっきり言って颯真はもう限界が来ていた。本当は倒れていてもおかしくないくらい負傷している。
(負けるわけにはいかないんだよ!)
心の中でも叫び、再度竜に挑もうとしたその時……
「「「うおおおぉぉぉぉおおお!!!」」」
「【炎弾】!」
「【風牙】!」
雄叫び上げ竜に斬りかかる剣士たち、魔法を唱え攻撃する魔法使いたちがいた……そんな光景を見て呆然としている颯真たちにギルドマスターがやって来た。
「ギ、ギルドマスター……」
「遅れてすまなかった。後は俺たちに任せろ!」
ギルドマスターの後ろには先程逃げた人達がおり、先頭いた男は俺たちを見ると土下座してきた。
「俺らだけ逃げて本当にすまない」
男が謝罪をすると周りの人達も頭を下げてきて颯真はどうしようかと困惑していた。
「あまり気にするな。見ての通り俺達は無事だし…それよりも…」
「ああ、皆!俺達もやるぞ!」
「「「おう!!!」
みんなの顔には竜が現れた時の絶望などなく、やる気に満ちていた。
「ありがとう…みんな…。ギルドマスター、少し時間を稼いでくれませんか?」
「それはいいが…何をするんだ?」
「……あいつをぶっ飛ばす!」
俺の言葉を聞き、ギルドマスターは急に厳つい表情を笑顔にし笑い上げる。
「ガハハハ!いいぞ、乗った!野郎共!行くぞ!!」
「「「おお!!」」」
皆はギルドマスターの後に続き竜に突撃していく。
「私は何をすればいい?」
「私達に出来ることならなんでもするわ」
「ありがとう。……二人とも俺に魔力を流してくれないか?」
「うん!任せて!」
「分かったわ」
二人は俺の肩に手を起き魔力を送る。
二人の魔力が流れてくるのが分かる……俺の中にある魔力が二人の魔力と結び付き、力が沸いてくる。想像しろ。あいつを倒す技を!
颯真の体は漆黒のオーラに包まれ暴虐の如く荒くれる。
「黒…?」
「なんなのこの力……」
二人は颯真の魔力の波動に驚きを隠せていなかった。颯真の魔力は見たことがない黒。先程の白い魔力も同じように白と黒の魔力なんて『存在するわけがないのだ』。
「ギルドマスター!!準備ができた!」
「おう!!お前ら!退却しろォ!!!」
ギルドマスターが叫ぶと皆、竜から離れ離脱していく。
「グアアアァァァァァアア!!!」
竜は颯真の魔力の波動を感じ取ったのか怒りのこもった咆哮を轟かせ、翼を広げ突進しようとするが……届くことはなかった。
「これで終わりだ!!【覇焉・黒燼】!!」
黒い炎が一瞬にして竜を飲み込み、天を焼き、地を焦がす。黒い炎は跡形もなく竜もろとも消し去った。
放たれた黒い炎の威力を周りの人達は目を見開き口を開けたまま虚空を眺めていた。
その魔法を撃った本人は
(やべぇ……やり過ぎた……)
――と思いながら意識を失った。




