迷ったら家に帰りましょう。
私は、とある地方中枢都市に住んでいる。
住んでいたはず。
……住んでいたはずなのに。
学校を出て、すぐ。
停電したビル郡。
血に染まった道路。
横転し、火を噴いている乗用車。
ガラスが割れる音。
逃げ惑う人々。
嬌声。
銃声。
…そして、我が物顔で街を闊歩する屍。
………現実とは思えない。
「…どうするの?」
固く握った手が震えている。
いつまでもこんな所にいられない。
「……香織」
「何?」
「家、近くだよね?」
***
香織の家は学校から歩いて15分前後。
街から少しだけ離れた住宅街にあった。
屍達は動きが遅いため、全力で走れば難なく逃げられた。
もちろん油断はできないけど。
二人で玄関に飛び込み鍵を掛ける。
瞬間。
どっと疲れが押し寄せてくる。
「私達……。生きてる…よね…?」
「……うん、何とかね……」
本当に「何とか」だ。
危なかった場面もあった。
少しでも迷っていたら、あっという間に屍達の仲間入りを果たしていたかもしれない。
リビングに移り、腰を据える。
「あの技……、凄かったね」
「………あぁ、あれね。大分前に映画で見た奴」
校舎の中で放った技。
そもそも技と呼べるのかどうかも怪しい。
「勢いで蹴ってみたけど、うまくいったね」
「かっこよかったよ…」
……。
そんな恍惚とした表情をされても。
思わず苦笑いでごまかす。
和やかな雰囲気。
先ほどからは考えられないくらい落ち着いている。
「………何か、凄い時間が経っちゃったみたい」
「そうね…」
時計を見る。
…2時30分。
「2時間前は普通にお昼食べながら、おしゃべりしてたのに…」
「……うん」
改めて言われると信じられない。
何でこんなことになったんだろう。
「香織…」
言いかけて思わず言葉を飲み込む。
香織の両目から1滴、1滴。
涙が滴っていた。
「朝田先生……、桜ちゃん……、ヨッシー……」
「……」
「……無事かな」
視界がぼやける。
もう大丈夫。
我慢しなくても。
泣いてもいいよ。
そう誰かが頭の中で囁いた。
「……うぅ、うぐっ、んっ」
「可奈子……」
「ぐすっ、ひっく……、……怖かった……」
「可奈子ぉ……」
「怖かったよぉ………」
今まで堪えていたのに……。
しんどかったのに……。
「ゴメンね……、可奈子に頼りきっちゃって……」
そんな事ないよ。
香織が居たから私は頑張れたんだよ。
声にならない。
……それから私達は、時間を忘れて二人で泣き続けた。




