始まりは突然です。
「はぁ…、はぁ…」
5月の暖かい日光…、いや、違うな。
5月とは思えない太陽光線を浴びながらペダルを漕ぐ。
昨日は夜遅くまでネトゲをしていたため寝坊してしまった。
まぁ、いつものことなんだけど。
なのでこうして始業時間ギリギリに到着するように家を出て、息を切らしながら登校するのが日課になっている。
「チャリ通…、やめようかなぁ…」
元々体力が無くてインドア派な僕は、体を動かすのが大嫌いだ。
それでもこうしてチャリ通を続けているのは他でもない。
ゲームの金を確保するため。
これ冥利に尽きる。
電車に金を使うとかアホくさ…。
…でもチャリ通疲れるしな…。
毎朝同じ問答を繰り返し、学校に到着する。
***
今日もギリギリセーフ…。
「おっ、和樹。おはよう」
「あぁ、おはよう」
教室に入るなり、隣の男子生徒声をかけてくる。
藤堂純平。
親友…?腐れ縁…?
…まぁ、どうでもいいか。
いつも頭に寝癖をこしらえて、目の下にクマを作っている。
クマがあるという点では僕も同じなんだけど。
「まぁた、ネトゲか?」
「そっちもだろ?」
お互い大概だな。
ちなみにネトゲを僕に紹介してくれたのは、この純平だったりする。
「いけないぜ~?高2の青春をネトゲに費やしちゃ~」
高2の青春?
女の子と一緒にキャッキャウフフな感じになったり?
友達とバカ騒ぎしてSNSにその軌跡を残そうとしたり?
…うん。
面白くないな。別に負け惜しみとかじゃなくて。
僕は家で一人ネトゲをしている方が楽しい。
しょうもない腐れ縁と、ゲームやアニメの話をしている方が面白い。
「…僕は純平と話をしている方が面白いけど…」
「気持ちの悪いホモ発言をどうもありがとう。…っと、今日俺日直だわ」
「がんばー」
始業が近いからか、純平は早足で教室を出ていった。
……ふぅ、また1日が始まるな…。
***
『今野和樹。
僕がその名で生を受けてから、16年がたった。
母親と二人で、とある地方中枢都市に住んでいる。
今時母子家庭なんて珍しくもないし、一般的に見ても普通の生活を送っている…、はず。
好きなものはゲーム、マンガ、アニメ。
小遣いの大半を注ぎ込む大切な趣味だ。
今一番好きな作品は……、まぁ、どうでもいいか。』
授業中、誰にするわけでもない自己紹介をノートに書き、暇を潰す。
…ひょっとしてけっこう痛い?
急に恥ずかしくなり、消しゴムで消す。
机に突っ伏して隣を見ると、純平がニヤニヤしながら何か描いている。
新しい二次元嫁かな?
…そう言えば、昨日新しいギャルゲーを買ったって言ってたな。
今度貸してもらおう。
「ふぁぁ…」
生あくびが出る。
極度の寝不足と疲労感が、僕を夢の国に誘おうとしている。
寝てもいいかな?いいともー。
よし。寝る。
まぶたを閉じれば、心地よい眠気がやって来た。
青春…か。
朝の純平との会話を思い出す。
しょーもないことを思いながら、しょーもないことをして、しょーもない日々を過ごす。
これが僕の青春だ。
誰にも分かってもらえなくていい。
僕が幸せだったら………、それで…………。
Zzz...
…気付けば昼休みになっていた。
飯食おう。
家にある買い置きの菓子パンを取り出す。
いただきます、とパッケージを破る。それと同時に誰かが僕の腕を掴んだ。
確かめるまでもない。
「…純平、これから僕は昼御飯という、とても高尚な行為をするところなんだけど」
「日直の仕事手伝って」
「聞こえなかったの?僕は今から昼飯で…」
「あのギャルゲー貸すから」
「何をすればいいんだい?」
昼御飯?
画面の中の彼女が待っているのに、飯を食ってる暇は無い!
***
「………ねぇ、純平」
「何?」
「段ボール運搬って日直の仕事かな?」
「知らん」
「……はぁ」
早くも引き受けたことを後悔している。
純平と二人、校舎裏の資源ゴミ置き場へと向かっていた。
何なんだ…?
段ボール運搬って。
要するに担任の雑用だろ…。
整理整頓が苦手だと公言していた担任を思い浮かべる。
…あの野郎。
生徒にこんなことやらせやがって。
今度何かしらの嫌がらせをしてやろうか……、
「すまんが、俺の段ボールも持って先行っててくれないか?」
「何で?」
「…捨てて欲しいものがまだあるんだと」
「…大変だな」
「お前に段ボール任せれば、多分早く終わるだろ」
「…うん、分担すればそりゃ…」
「ということだ、頼むわ」
「っ!ちょっと!」
おもむろに段ボールを放り投げ、純平は校舎の方に戻っていった。
「……ほんっと、引き受けるんじゃなかった…」
悪態をついたところで、段ボールが減るわけではない。
しゃあない。さっさと終わらせよう。
***
ゴミ置き場に着くと先客がいた。
ヘルメットを被り、ツナギ?を着て、ちょうどこちらとは反対を向いて立っていた。
どっかで工事でもしているのかな。
スルーして段ボールを置く、ついでと先客をチラ見してみた。
浅黒い皮膚。顔に浮き出た血管。焦点の合ってない瞳。口から垂れているヨダレ。
…………ん?
ゾンビじゃね………?
……いや、まさか~。
「ヴァアァァ…」
まさか…。
……。
…逃げとくか。
その場を駆け出し、校舎へ向かう。
「いやいや、嘘でしょ…?」
後ろを振り返ると、追ってきている気配はない。
「マジでか…!?」
…ゲームやマンガ、アニメの世界で腐るほど見た。
幾度となくヘッドショットを決めた。
何千体も殺した。
「はぁ…うっ、くっ、はぁはぁ…!」
息が切れる、しかし止まってはいられない。
「純平…!」
しかし、僕にはあのツナギがもう生きているものではないと、確信を持って言える。
理由はない。
ただ逃げろと、本能に訴えてきた。
……そうだ。
間違いない……。
あれは……、
生きる屍。ゾンビだ。