王女ではなく
神官たちの居住区である神殿奥に戻り、神官たちから勇者所縁の地を聞いて回る。
聖女を連れ帰ったという事も作用してか好意的に教えてもらった。まあ、中には怯えていた者も居たが、大剣の所為という事にしよう。
地図も大剣の【強欲】の機能を用いてコピーさせてもらった。所縁の地も幾つか記入済みのものをだ。とはいえ、灯里の所縁の地は特定が難しい。
400年前の灯里は水の勇者だったらしいが、その水の勇者所縁の地は100年前までに灯里が使っていた水の聖剣を使った者全ての場所が記されているのだ。つまり、水の勇者は歴史上複数人存在し、どれが灯里のものか判別出来ないと言われた。女神としての所縁の地も曖昧なのだ。墓は更に…奏多なら知っているだろうから聞いておけば良かったと後悔していた。
まあ、時間はあるのだと自分に言い聞かせ、地図を眺める事暫く。未だに湯浴みへ行くと奥へ消えたアリエルアも戻らず、遠巻きにこちらを見る神官たちの視線にも慣れた頃、彼女が現れた。
「トウマ様、お待たせしました」
その少女リーゼアリアの姿は王女らしいドレス姿ではなく、トウマ…いや、アレクがよく知る冒険者やギルド員といった長袖長ズボンの安物の服であり背中には矢筒、手には銀色に鈍く輝く弓を持つものであった。
「……どういう事だ?」
さすがに予想の範囲内ではあったが、トウマは聞かざるを得ない状況だった。
「私は今日からただのリーゼアリアです。トウマ様には魔王を討伐していただいた報酬を何1つお支払いする事もままなりません。ですから、これを…」
リーゼアリアはそう言って、あるものを差し出してくる。
「…首輪?」
「【隷属の首輪】です。これをトウマ様が私に巻いてください。それでしか、トウマ様に報いる事しか出来ないのです」
つまり、求人の報酬は最初からこれだったという事か。親友を助け母親の仇討ちを成し、王女の身分を捨て勇者に一生の償いをする…全て覚悟の上で。
俺は首輪を受け取り、まずは【強欲】でコピーを行う。そうする事で道具の用途も詳しく分かるのだ。
【隷属の首輪・シングルタイプ】
かつての勇者の1人・調教師の力を模した首輪。
主従契約に用い、主人の命に逆らえない契約を施す。主人以外には解除不可能な呪いが施されている。なお、ダブルタイプとは異なり奴隷の意識は奪わないものであるが、命によっては一時的に奪う事も可能である。
とんでもない道具なのは理解出来た。これを目の前の少女は自分に付けろと差し出してきたのだ。正直、ドン引きだよ…
アレクの世界でも奴隷という身分が無かったわけではないが、もっと酷い扱いをされた人たちの方が圧倒的に多かった。
だが、これはあまりにもザルなのだ。その首輪を使えば勇者でなくとも国王は簡単に殺せたはずなのだ。それをせずにこのような結果になっている。
わざわざ罪を背負い王女でなくなる事を選んで。そう…その考えがそもそもおかしい。
「…聞かせてもらおうか。どうしてこんな事になったか。そして、こうしなければいけなかったかを」
「はい。全ての始まりは将軍と騎士団長の愚かな行為からでした。私も伝え聞いただけですが、魔物の討伐中に些細な口喧嘩から互いに剣を魔物から相手へと向け相打ちになって死亡したのです」
「…救いようの無いアホだな」
「はい。ですが、それを公にするわけにはいかなかった。ですから、魔物の異常増加を仮想の敵として魔王の仕業、それによって2人は名誉にして非業の死を遂げたとしました」
仮想の敵、魔王か…まあ、そこまでは理解出来た。有る事無い事魔王の所為にしていたのはあの世界も同じだ。もっとも、俺が魔王になってからは全て有る事にしたわけだが。
「その魔王の影を使って、国王に反発的な宰相である伯父が何者かに暗殺されました。そして、それに気付いた母様も…」
「…それに、私の父である神殿長もです」
俺たちの会話にアリエルアが加わってきた。湯浴みを終え、先程見た時よりはっきりと生気を取り戻していたのは幸いだ。
「…その場面を目撃していたのか?」
「仰る通りです。父を殺す瞬間を…ですが、私は殺されませんでした。国王の後妻にさせるつもりだったようです。国王と聖女の婚姻によって王国をより王国たらしめるために」
理解出来ないわけではないが、怯えきったアリエルアを見ると一刀両断ではなく八つ裂きにすべきだったかとも思う。
父を目の前で殺され、そいつの妻にさせられるなど恐怖というレベルでは語れない。まあ、俺にはそれをどうこう言う資格は無いのだが。
「アリエルアの行方が分からなくなって、私は色々捜しました。そして、諦めかけて女神様に祈りを捧げようと教会へ赴き、声を聞いたのです。アリエルアの声を…」
「全ては女神様の御導きでした。リーゼアリア様に真実を告げ、勇者様の御力を借りようと提案したのです」
「なるほど…灯里のな」
まあ、灯里なら「たまたまだよ」とか「女神なんて小っ恥ずかしいからやめて」なんて言うだろうが、あいつの優しさは俺が一番よく知っている。意外と本当に導いたのかもしれない。
「アカリ様です。きちんと様を付けてください」
「本当です。いくらトウマ様でも許しがたい暴言です。この国の祖となった王妃の命を自らの命をもって救ってくれた偉大なる女神様なんですよ。訂正してください。様を付けてくださいデコ助野郎なんです」
なんか、アリエルアもリーゼアリアも人が変わったように責め立ててくるんだが…怖くはないんだが、威圧感はある。遠巻きに見ている神官たちからも威圧を感じるわけだし。なら、あのボロ教会を修繕しろよと思うわけだが。
「灯里に様なんて付けたら草葉の陰で号泣されるんだがな…見えなくても泣かれるのは兄としても2度とごめんなんだが…」
とりあえず、誰にも目を合わせずそう呟いた。
俺が死んで灯里と奏多はずっと泣いていた。もうあの光景は2度と見たくなんてなかった。