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召喚魔王の再英雄譚  作者: 紅満月
間章 勇者と魔王の物語
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アレクの物語

藤島燈真が転生したのはアレクという名で黒髪の5歳の少年。それが燈真の新しい体にして新たな人生だった。


山間の小さな村に住むアレクとその父親。そして近所の人々の暮らしは貧しかった。されど、彼らはそこで生きていた。いや、生きなければならなかった。



「貴族様、どうして今回は魔物を退治なさらないんですかっ!?」



燈真が最初に目にした光景は村人たちが視察に訪れた貴族の男に詰め寄る場面だった。この時、アレクは知らなかった…この村が1人の少女を救うためだけに魔物たちの餌場にされようとした事を。万能薬と称されるドラゴンの肝をその貴族が欲していた事を…そして、この抗議を行った3日後、彼を残して村の人々がドラゴンではない、ただの大型魔物に殺されてしまう事を。






アレクを救ったのは金色に輝く竜だった。大型魔物を噛み殺し、彼を救い寝ぐらへと連れ帰った。


セイントドラゴン…人間の言葉を話し、人々から神と崇められていた彼女はアレクの特異性を見抜き助けた。だが、それは遅かった。「もっと早く助けてくれれば」とアレクは責めた。燈真にとって数日の付き合いでもアレクにしてみれば父や仲間だった。ましてや、ドラゴンに殺された燈真が彼女を信じる理由などありはしなかった。怒りだけが残された。


彼女は許しを請うた。アレクは力を望んだ…大切な人を守る力を。だから、彼女は自らの力を分け与える事で報いようとした。


炎と水と樹と金と地の五行、そして光を操る神の力【聖竜波動】の正統な後継者として、またどんな魔物にも屈しない強き剣士として4年もの間、アレクは彼女に鍛えられた。その中で燈真はアレクとして生きる事を選び、ドラゴンに対する恨みも消えていった。


それと同時に、少しずつ歪なこの世界を知る事となっていった。







別れは突然起きた。セイントドラゴンに【聖竜波動】を授けられた翌日の事だった。


力を分け与え一時的に弱った彼女のため、彼女の好きな魔物を倒しに行ったアレクの不在を狙って1人の男が彼女の寝ぐらを襲撃した。


アレクが帰ってきて目にしたのは、今にも事切れそうな彼女と、それを見て笑う…村を見殺しにしたあの貴族の男だった。


アレクは初めて殺意を覚えた…そして、彼女に突き刺さる【竜殺しの剣】を引き抜き、貴族の男の首を刎ねた。


そして、アレクは彼女を救おうと彼女に力を注ごうとするが、彼女はそれを拒み残りの力さえアレクに与えた。「私の肝をその男の孫に与えてくれ」という遺言と共に。


これが、後に勇者と呼ばれる事になるアレクの初陣の真実であった。





アレクは彼女の願いを聞き入れた。彼女の命を奪った剣で彼女の亡骸を切り裂き肝を取った。


殺した男に同行し、竜と相討ちしたという彼の功労と偉業をでっち上げ、思いを聞き届けて肝を届けに来たと男の家族に伝えた。全ては彼女の優しい願いを聞き届けるため…そう自分に言い聞かせてアレクは皆殺しにしたい感情を抑えつけた。


だが、その感情は収まらなかった。リーシャという今にも死を迎えそうな年下の少女を見ても。その少女が彼女の肝を食し病を克服した後も。だが、殺せはしない…そうすれば無駄になると知っていたから。だから、アレクは呪いを吐いた…



「お前の所為で家族が、友達が死んだ。師匠も殺された。だから、俺はお前の祖父を殺したんだ…憎ければ憎め。殺したければ襲ってこい。俺は師匠の思いを踏みにじらない。だから、いつか殺しにこい」



それはアレクに恋心を抱いた少女には何よりも酷い言葉のはずだった。だが、リーシャはそれを拒んだ。彼女は全てを知っていた。そして、アレクを許し【竜殺しの剣】を彼に託した。


それがやがて、拒んだはずの結末を迎える事とは知らずに。





竜殺しの功労と偉業はリーシャの独白と祖父の死の隠蔽によってアレクのものとされた。アレクはそれを受け入れた。守れなかった事を忘れないために。


そして、彼は冒険者になった。様々なクエストをこなし、彼は名実共に一流となった。多くの魔族を殺し、勇者と呼ぶ声も増えていった。そんな中、人を攫う魔族の女の討伐クエストを受けた。大切な人たちと離された苦しみを理解していたからこそ、やらなければならないと思っての事だった。


だが、それは間違いだった。倒した魔族は死の間際、こう言ったのだ…「アレク、ごめんね。ちゃんと傍に居てあげられなくて」と。分かってしまった。その顔は燈真が見た自分の葬儀での母親の悲しげな顔と同じだったのだ。そして、それは彼女が攫った人たちの言葉で事実だと知った。アレクは自分の母親を手に掛けたのだと…


更に、攫ったはずの人たちはアレクと同じ人間と魔族の混血だったり、人間ながら回復以外の魔法が使える異端者であったのだ。つまり、人間社会ならば殺されて当然の存在だったのだ。それを守っていたのは、同じ境遇にし離れなければならなかったアレクの母親…贖罪というつもりは無い。けれど、母親の遺志を受け継ごうと思った。


それは茨の道だった。そして、破滅の始まりだった。





アレクは更にクエストをこなした。守るべき人たちのために。そして、様々な歪みを見た。泣きながら人を殺す魔族を見た。笑いながら魔族を殴りつける村人を見た。


そして、神の加護を失いそれを魔王のせいだと言い出す僧侶たち…そして、歯車は動き出す。勇者アレクと冒険者の有志たち、それに軍の精鋭を合わせた魔王との決戦へと。



「死ぬかもしれない」



アレクは最後の別れをした。少ないながらも友と呼べる仲間は共に行く。だが、アレクは魔王を討伐するつもりなど無かった。魔王を説得し、醜く歪んだこの世界を正そうと考えた。どうせ一度は死んだ命なのだからと…


少女は泣いた。絶対に帰ってきて欲しいと…愛しているのだと。恨んでなどいないのだと。


歪んだこの世界で、自らの意思で守りたい人になっていた。アレクは言った…



「リーシャ。君だけは絶対俺が守るから」



その約束は破滅を加速させる事になる純粋な気持ちだった。





アレクには仲間がいた。友と呼べる仲間が3人…弓使いの少女、槍使いの青年、短剣使いの少女。彼女たちはリーシャ以外で唯一心を開けた人たちだった。歪んだこの世界を憂う仲間だと思っていた。だが、悲劇は起きる。


それはアレクの母親が虐げられた人たちを集めた村で起きた。


軍の精鋭たちは近くで野営をし、アレクたち4人は村へ泊まった。魔王城から近いというのが理由だった。そして、アレクは過ちを犯す。3人に全てを話したのだ。それはリーシャのところへ帰るための決意でもあった。優しい世界が欲しかった。明るい未来が欲しかった…ただ理想を語っただけ。そのはずだった。


その翌日、村は無かった。あったのは兵たちに殺された村人たちと、村人たちを殺した兵たちの死骸…そして、仲間を裏切り殺そうとした3人の冒険者の惨殺体と返り血に塗れた勇者だったものだけだった。





アレクは人間を見限った。たった1人の少女を除いて。


彼女のところへはもう帰れなかった。


アレクは死んだのだ。心が死んだのだ…それでも、彼女が笑ってくれるならそれで良かった。優しい世界になるならそれで良かった。


だから、魔王と手を組もうとした。でも、魔王はやはり悪者だった。


魔王は同族である魔族をほぼ根絶やしにしていた。僅か3人だけが使用人として生かされていた。それは野望のためだった。



「魔法を使わずマナが消費出来ない世界がどうなるか、見てみたいと思わないかい?」



歪んでいたのは魔王も同じだった。アレクは知っていた。マナを消費出来ない世界がどうなるのかを聞かされていた。そして何より、燈真はその犠牲者の1人だった。だから、止めなければならなかった。


それは【傲慢】な考えだった。全てに対する【憤怒】だった。力を持った者たちへの【嫉妬】だった。【怠惰】に今を受け入れ【強欲】に生き、この世界を【暴食】し【色欲】でしか考えられない者たちへの失意であった。


気がつけば、アレクの手には魔王が握っていたはずの禍々しく醜い大剣があった。


そして、その大剣は前の主を一振りで葬った。アレクという勇者の理想と共に。

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