失われた証
おかしいと思っていた。彼女の名前はとある俳優と同じだったと思い出す。まあ、不思議では無いし世の中には同じ名前なんてありふれていただろう。
だが、違和感無き違和感はそれを知れば矛盾にしかならない。思えば、最初の違和感を抱いたのは彼女が男装して高校へ入った時だ。変な対抗意識や何かしらの思い込みが狂わせたのかもしれないと思っていた。
だが、それが当然であったなら?
「………奏多。お前、なんでそんな顔してるんだ?」
夢から醒める感覚がした。何かが違うのだ…答案に書かれた名前も違う。俺たちはこいつを本郷奏多と認識していたに過ぎない。答案の名前欄に書かれていた名前は「腐生刀『カタナ』」……この答案に嘘は書けない。そういう魔法を施してあった。
「……いつから妖刀化していたんだよ、お前は」
「あ、えっと…その……」
更に名前の欄にはもう1つ名が記されてあった。本郷奏多ではない別の名前…
『藤島灯奈』と。
灯奈…生きて産まれてくる事の無かった灯里の双子の妹の名前であり、カティナの体の名前であるという事は既に誰もが知っている。
そして、一部の人間にはある事実も知らされている。
俺の骨が墓に納められる時、そこには灯奈の骨壺が存在しなかったという事実。
「本郷奏多…腐生植物にホンゴウソウってものがあります。それは他に寄生して生きる植物だったはずで…」
物知り娘がそんな言葉を口にした。まあ、腐生なんて学の無い俺たちにすれば聞き覚えの無い言葉だから分かりやすくしたといったところか。
つまり、ホンゴウソウから本郷の姓を、カタナのアナグラムで奏多の名前を…目の前に居る少女は俺たちを騙していたという事になる。
本郷奏多という少女は実在しなかった…という事になるのだろうが、それがどうしたという話だ。
名前が違うなんてのは今更だ。俺はアレクでもレトラでもないと言い張ればそれまでだし、灯里なんて最早人でなし…ではなく、人ではない。
だから、些細な事でしかないのだ。ぶっちゃけ、妹だろうが何だろうがと割り切り始めたのだから大した事にはならない。ならないのだが…………
それを言葉で伝えるには何か足りないのは明白だった。
何者であろうと、たとえ今までの記憶に嘘偽りがあろうとも……本当にどうでもいい事だと思う。いや、思い込もうとしていた。
400年以上苦しみ続けてきた彼女をまた苦しめるつもりなどあるはずも無かった。
その気持ちが俺を動かした。優しく、そっと優しく奏多を抱き締めようと………だから、油断したのだろう。俺の胸にそれが突き立てられたのだ。
「待っていた。待っていたぞ、この瞬間をっ!」
その声は紛れもなく、聞いた事のある声だった。
「…………かはっ………お前は………バカネコ大魔王………いや、クソ魔王っ!」
確かにあの時、カインの体と共に消滅したはずの魔王の声………なるほど。あかりん菌と同じような事をしてやがったというわけか。
などと冷静に分析している場合ではない。俺の胸にはクソ魔王が奏多の体から無理矢理取り出した本体こと腐生刀が突き立てられていた。
単なる刀程度で貫かれたのだとしてもどうにでもなるであろうこの体なのだが……どうやら、違和感がある。
「返してもらうぞ、我が現し身をっ!」
全ての合点がいく事態……というよりも、それを簡単に許すと思っているのか。
とりあえず、やるべき事は一つ…後は野となれ山となれだ。
だから、泣くなバカナタ。
◇
腐生刀『カタナ』……それはただ一つの手段の為に生み出された妖刀であるはずだった。
後に奪われた分体を取り戻す為にとある魔王が切り札としたのが全ての始まり。
だが、その刀を振るう瞬間に魔王がそれを持ち合わせておける手段が無い事からある策に出た。
それは、余った死体を刀の鞘として使う方法。そして、それに選ばれたのは死して生まれた赤子…双子の片割れであり灯奈と名付けられるはずだった藤島家の次女の亡骸であった。
後は魔王の洗脳術を用い、その鞘は腐生の植物から本郷、カタナの名をもじり奏多…つまり、「本郷奏多」という藤島燈真の幼なじみとして隣家で育ち、側に置いておくようになった。
ただ、誤算だったのはただの道具でしかないカタナが意思を持ちただの少女として生きていく羽目になった事。
そして、女神として存在しなければならない状況になった事だった。
それは全て大切な人の為。だからこそ、現状を良しとするはずがなかった。
「だったら、取り返してみろよ。その代わり、ただでやるわけねぇだろ、ヴァーカ」
お兄の一言…そして、次の瞬間にお兄の体を斬り刻む7つの剣。
え、どゆこと?
◇
少し前に首切りデュラった経験を参考にして指輪に仕込んだ1つの命令……狂った俺を斬り刻んで封印する強制命令。元々が剣の面子が居たからやっておいた切り札を実行した。
どれだけ神格があったとしても本来の持ち主には勝てないのであろう時点で俺がこの体にしがみつくのは不可能…ならば、捨てる方が得策である。
幸い…というより、この体よりも守らなければならないものがあるのだから。