へんいたい
「あれ?」
「どうしたミコト?」
「いや、今なんか景色がブレたような……」
「……変異体が近くにいるってことかぁ?」
「かもしれないし、気のせいかも」
警戒を強めて歩き始めた途端。
「あそこっ!」
「なんだ!」
ホノカさんが指した先、一瞬だけど何かがいて、風に流れる煙のように消えた。
「いるじゃねえか!」
「私たちだけじゃ無理だって、荷物置いて逃げよ!」
「そうだね、後は回収班に任せるしかない」
どさりと、折角とってきた榊を置いてエアガンを構える。
とてもじゃないけど私たちの実力じゃ”変異体”を相手に戦いながら荷物を運ぶなんてことはできない。
悪魔になった人間が一定の力を得るか、もしくは元からそれなりの実力を持った者が悪魔になると、人の形をベースにした別のナニか……伝承にあるような本当の悪魔の姿になってしまう。
もちろん人の形を持ったままというのもあるけど。
そうなるともう物理法則を無視した攻撃を使ってくるようになって、勝ち目がほとんどなくなる。
「僕が前を行く、間を開けてついて来い!」
いつものような若干おふざけを含んだ様子ではなく、真面目。
ゼファーさんが走りだして数秒、続こうとしたホノカさんが足を止める。
「ゼファー! 上! 上ぇ!!」
突然、空気がビリビリと震えるような雷鳴にも似た音が鳴り響く。
間一髪、身を投げ出したところに炎が落ちた。
その炎はとぐろを巻く蛇のように渦巻きながら虚空に消えて行く。
「ニンゲンカ、ヨコセ、タマシイヨコセ」
黒板を引っ掻くような不愉快な声で変異体が言葉を発した。
全員が血の色で、肌は皮革のような感じで体毛はない。
しかも四本の腕に鋭い爪。
頭にはまさしく悪魔というような角が生えている。
「本物の悪魔……だよね」
「それしかないでしょ」
震える声で言いながらホノカさんとミコトさんがじりじりと後ずさる。
「ケガレノナイムスメ、カカッ」
笑いながら変異体はこちらを見て来るが、目つきは人を見るものではなく高級料理を前にしたような目つき。
私たちを喰らうつもりのよう。
すぐ後ろにいるゼファーさんのことは完全に眼中にないようだ。
「まっずい! 逃げるよ!」
フルオートで弾をばら撒きながら纏まって廃墟の中に逃げ込む。
たぶんこんなところに逃げ込んでも意味は無い。
物理法則を無視……そう、変異体は空間という縛りを無視して移動することが出来る。
「ひゃぁっ!?」
「ニガサヌ、キチョウナショジョノタマシイ」
ビルに入ってすぐに広い空間に先回りされていて、引き返そうとすればそとから悪魔たちが迫る。
さっきまでいなかったはずなのに。
ゼファーさん、大丈夫だろうか。
「あわわわっ」
「とりあえず散開! 散開!」
ミコトさんに手を引かれて、ホノカさんとは別方向に走って行く。
瓦礫だらけの廊下を駆けると後ろから射撃の音が響く。
数人の悪魔が向かってくるが、変異体が来ないという事はホノカさんのほうに行ったという事。
安心と不安。
以前にも変異体と交戦したという報告は上がっている。
州軍はなすすべなく全滅、テリトリーを作っている集団も同様に。
ただ私たちのところだけはすべて撃退して、そのうちの二回ほどは仕留めることに成功している。
だけどそれは隊長とスコールさんがいたからこそ。
「ああもうっ、無線使えないし助け呼べないし敵多いし!」
「ど、どうするんですか」
「逃げるしかないっしょ、裏口かどこかから出て結界まで全力!」
後ろに弾を撃ちながら走る。
いくら転倒させても、それを踏み越えて悪魔たちは迫ってくる。
「あーっ、使いたくないけど……」
言いながらミコトさんがポーチから筒を取り出した。
缶ジュースほどの大きさで開け口のあたりにはピンとレバー。
カチンッ、とピンを抜くと足元にころんと落としていく。
「手榴弾ですか」
「中身は金属片の代わりに聖水が詰まってる」
ぼふんと音がすると、廊下に白い霧状になった聖水が散る。
後ろは振り返らずにただ前に前に進むと別の広間に出た。
上に続く長い螺旋階段はコンクリートと有刺鉄線で囲まれている。
結界だ。
「不味ったなぁ……」
「ですね……」
ここはまだ私たちのテリトリーには遠い。
つまり余所のテリトリーという事であって、基本的に仲良くすることは滅多にないから助けてはくれない。
「ほかに……うわっ!」
「あ、あの、ミコトさん? これ詰みですか」
出口、廊下、崩れた壁。
いたるところから悪魔たちが姿を見せる。
どうすることもできない。
「うっわー……ここでお終いかぁ」
「結界の中に」
「どうなるか分かってる? 私たちみたいなぴっちぴちの若いかわゆい女の子って結構酷い扱いされるんだよ?」
「ぐ、具体的には?」
「性の捌け口」
「えぇ?」
「性奴隷的な」
「いやですよ!」
そう言われてみれば思い出した。
私たちのところは基本的に捕虜を取るとどういう訳かスコールさんが味方に引き込んでいる。
だけど他のところは囮にしたり危険な仕事を無理強いしたり、爆兵(爆弾を抱えて敵陣に突っ込ませるなど)にしたりするそうだ。
「でしょ? だからさ、やるだけやって死の?」
死にたくなんかない。
だけど……ここでお終いなら少しでも敵を減らしておくのも役目だろうか。
長い間こういうことをしていると、なぜかそういう考えが出てきてしまう。
「…………分かりました」
結界を背に、銃を構えて引き金に指を掛けた。
「ミコトさん、いままでありがとうございました」
「いやいやー、ユキちゃんもありがとね」
そして、タァンッ! と鋭い銃声が真上から響いた。