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変わらない日々を過ごし

「お邪魔しま……」


 思い切って部屋のドアを開けた。

 ロックはかかっていなかったのでスライドドアが抵抗もなく横にずれる。

 でも、そこにあった光景に私は固まってしまった。


「ぐ、ぅ……やってくれる」

「次は腹じゃなくて口に一発ぶち込んでやる」


 私はその光景を見たまま固まって、しばらくして持っていたお菓子を取り落した。

 シャンプーの甘い匂い、肌にまとわりつく湿気、むわぁっとした嫌な臭い。


「やれるもんならやってみやがれこのクソ野郎が」

「お前こそこの体勢からどうやって攻めに移る気だ」


 見てはいけないものを見たかもしれない。

 いや、これは絶対に見てはいけないものだ。

 床に押し倒されたスコールさんの上に白髪の女性。

 服装は激しい運動をした後のようにはだけて汗が染みている。


「な、ななな、ななにしてるんですか!」


 私が叫んでも二人は怯むこともなく体勢を維持したままでこちらに視線を向けることもなかった。


「腹に撃ちこんだから確実に流れたな」

「なんで! お前はそういうことをしてもそんなに冷静なんだよ!」


 叫びながら白髪の女性は片手に握った刃物を押し付けようとする。

 スコールさんはそれを片手で押し止めながら、もう片方の手に握ったハンドガンの射線に女性を捉えようとする。

 でもそれは女性の手で塞がれていた。

 すでにスコールさんの顔には額から斜めに下りる切り傷が深く刻まれていて、女性はお腹のあたりから血を流している。

 さっと見れば壁にへこみがあって、床に銃弾と薬莢が散らばって何があったのかを示している。


「ふ、二人ともやめてください!」


 言っても聞いてくれない。


「くっ……いい加減に」

「…………そろそろ飽きたな」


 ぽつりとスコールさんが言った瞬間、足で女性を掴むと体を捻って体勢を崩し、自由になったハンドガンを四連射。

 左肩、右肩、右腿、左腿。


「あがぁっ……あ、かふっ……」

「楽にしてやる、言い残すことは?」

「こぉ……んの外道!」


 バァンッ!

 最後に撃ち出された鉛の弾は女性の喉に穴を開けた。


「す、スコールさん?」

「気にするな。こいつはこの程度じゃ死なない」

「いや死んでますよね。あれだけ撃って出血してるんですし喉撃ったからいくらハンドガンでも即死ですよね」

「そう思うだろう? こいつは……まあ不死身でな、放っておけば再生する」


 そんなことを言いながら、部屋を出ていく。

 しばらく私がおろおろしていると、死んだはずの女性がむくりと起き上がって、ふらつきながら歩いて行った。

 後に残されたのは銃弾と薬莢と血が散らばった部屋。



 その後どうなったのかは知らない。

 でもこれが数日前の話。

 そして今日も。


「あっ、こらっ! てめっ! わざとか!?」

「いいねぇ、合成樹脂弾じゃなくて実弾が使えるって。しかも強力なサプレッサーがあるからイヤーマフラーがいらなくて的の叫びが聞こえるというね」


 訓練場で防弾ガラスのフィールド内でなぜか使用禁止の実弾を撃っているスコールさんと、その的にされている白髪の女性がいた。

 女性はあり得ないほどの身軽さで防弾ガラスを駆けのぼったり、横に回転して弾を避けているが、ときどき跳弾に当たって負傷している。

 この数日、ことあるごとにあの二人は喧嘩(殺し合い?)をしている。

 なんであんなに仲が悪いのかと、詳しそうな隊長に聞いてみると、

「あいつら結構長い付き合いらしいからあんなふうでも仲がいい」

 と言われた。

 そしてちょうど帰還した他の隊の隊長さんたちにも聞いてみたけど、

「ま、あれはあんなでもデコボココンビだからほっとけ、そのうち収まる」

「あーあれね、月一のアレでイライラしてるときにストレス発散に八つ当たりしてるだけだ」

「どっちとも化け物並みの戦闘能力があるから近寄らないことが生存への一歩だ」

 などなどなんとも言えないことを言われるだけだった。

 そんなこんなでいろんな人に話を聞いているうちに魔狼フェンリルの編成がだいたい分かってきた。

 魔狼自体の所属は200人くらいで、傘下にかなりの人数がいる。

 しかも隊長は任務や状況に合わせてその場で変更されて一定ではない。

 なんとも自由で緩いように思える魔狼だけど、正規所属の人たちは、特によく隊長扱いされる人たちは単独での戦闘効率が州軍の一小隊に及ぶ。

 任務に出る際は自由にメンバーを決めてそれぞれがその場で思いついたコールサインを言う。

 なかでも多いのはアイゼンヴォルフ、クルトー、ステッペンウルフ、ライカンスロープのように狼に関係する名前だ。

 ○○狼、そんな感じになる。


「ユキ~、見ててもどうしようもないから隣の演習場いこー」

「あ、はい」


 そういえば私も訓練があったんだった。

 脱出前は日常的にエアガンで悪魔と戦っていたけど、ここに来てからは実銃を使った射撃と近接・対人格闘の訓練ばかり。

 戦場に出て帰ってこられるようにと、一定以上の力がつくまでは非常事態以外では戦闘配備になることがない。


「今回もとにかく走りながら的を撃ってもらう。ただし、今回からは音の位置にも気を配るように」


 演習場ではクセロさんが教官になる。

 訓練戦闘ではよくスコールさんを倒しているなかなかに強い人だ。

 でも実戦で敵対したら絶対に倒すことは不可能だって言ってるけど。

 訓練場と違うところはベースの広さを活かして擬似的な地形を再現しているというところ。

 それから二時間ほど走って撃って、演習場のあちこちのスピーカーから響く作り物の銃声を聞いて、繰り返して。


「音を覚えろ、距離、障害物によって音は変わる。それを覚えてどういう方向からくるかを頭の中で再現しろ」


 合成樹脂弾を込めたサブマシンガンを構えて、角を曲がると不意に上から落ちてくる的に弾丸を送り込む。

 そして壁の向こう側から銃声が響く。


「なれればどれくらいの距離で敵が発砲しているかが分かるようになる」


 難しそうで実際に難しいこと、それを延々と繰り返す。


「感覚を掴め、慣れてきたころには訓練内容は目隠しをした状態で距離と方向を当てる訓練に切り替える」


 色々と言われながらもフィールドがどんどん組み替えられていく。

 廃墟で鉄屑同然の車の向こうから響く銃声、コンクリート壁越しに聞こえる音、建物を挟んで反対側から回り込んでくる音。


 今更だけど、もう普通の暮らしなんてありえないんだと思う。

 これが日常になっているから”普通の日常”に戻ったらそっちに違和感を覚えてしまうだろう。

 そもそも、そんな普通の日常はもうどこにも存在していない。

 世界は悪魔ディアブルと州軍及びその保護下と私のようなテリトリーを作った生き残りと。

 もうあの日常は帰ってこない。

 いつものように授業を受けていた学校の生活も、あの頃の友達も、家族も。



次回、最終話


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