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20/22

今となってはいい思い出で

 時刻はそろそろ夜九時。

 もうすぐ消灯時間かと言えば、そういうものはここにはない。

 今となっては私も魔狼の所属(正規かどうかは曖昧なところ)で、どこの部隊に配属されるかはまだ決まっていない状態。

 訓練で初めて実銃を持たされたときは、本物の重たい感触に怖くなって震えて、ろくに鍛えていない私じゃセミオートの反動すら押さえつけることが難しかった。

 それが今じゃフルオートでもある程度は安定した射撃ができて、対人格闘も練習し始めている。


 あの日、スコールさんに背負われて避難船に行く途中で目が覚めて「しばらくは安静にな」と言われてそのまま運ばれて。

 そして最後の最後で変異体の群れに襲われてスコールさんとハティが行方不明で。

 隊長の指示でその場を離脱してフェンリルのベースゾーンにまで逃げてきた。

 あれからもう何年もたって、スコールさんには会えず連絡もない。


「ユ~キ~」

「はーい」


 外から呼ばれ、部屋のロックを解除するとホノカさん、ミコトさん、ナギサさん……がいた。


「お風呂いこ」

「今なら男連中いないから私らだけで貸し切りだよ」


 ここ、フェンリルベースは巨大なVTOLで初めて見たときはSFの世界から抜け出してきた船かと思ったくらいに大きかった。

 そしてその大きさで内部にはほとんどの施設が揃っている。


「ナギサさんが変なことしないなら行きますけど」

「……」

「しませんよね?」


 着替えを取り出しながら聞くと、


「……するにきまってんじゃん☆」


 あっけらかんと答えられてそのまま首元掴まれて引きずられて……。


「ナギサさ~ん」

「ユキ、諦めな」

「うんうん私たちの変わりに揉まれて大きくなって」


 廊下に出るとオートロックで部屋のドアが閉じる。


「そんなぁーーー」

「多分ね、その年でその大きさだと未来に希望はないよ」


 お風呂は水の使用量が多いから毎日とはいかないから入りたいけれど……。

 うぅ、我慢しよう。


 一キロくらい歩くとようやく浴場についた。

 このベースゾーンは広すぎて移動するだけでも時間がかかる。

 しかも今日に限ってシステムメンテナンスとかで主にCICを停止させているから、何もない暇な人たちが出てきてついでだからとエレベーターとかの点検までしてくれたおかげで……。

 うん、言っても仕方ないや。

 脱衣所に入ると籠の四つほどに誰かの衣服が入っていた。

 乱雑に脱がれた上下ジャージと女性ものの下着。

 丁寧に脱がれた長袖シャツとカーゴパンツ。

 ばさりと一番上に黒いロングパーカーのある籠。

 丈夫そうな生地のよく分からない服のある籠。


「あれ? 誰か入っちゃってる?」

「四人でしょ? 浴槽はおっきいのが三つだからよくない?」


 曇りガラスの戸を開けて入っていくとすぐにシャワーブースがある。

 普段はここで軽く体を流すくらい。

 奥からはバシャバシャと水を叩く音が響いていくる。


「軽く流してゆっくり浸かろー」


 奥から響いてくる水遊びとは違うような音を聞きながらシャワーを浴びた。

 ボディーソープもシャンプーも備え付けのものはかなりの安物。

 かといって自分で持ち込むには購入する必要があるけど、そこまでしなくても私には十分。

 汗と埃などの汚れを落として奥に向かう頃には静かになっていた。


「んーいいねぇ、久しぶりに湯船に浸かれる」


 三つ浴槽があって、そのうちの真ん中に二人の女性がいた。

 片方は長い黒髪で背中に翼のような……?

 もう片方は長い白髪でいいところのお嬢様のような雰囲気。

 片手が何かを沈めるような形になっているところがおかしいけど。

 湯船に体を沈めると、温かさがじんわりと染み込んでくる。


「はぁー……やっぱこれだよ」

「だねー」


 しばらく、だいたい二分くらい浸かっていると隣の浴槽から水音が聞こえた。


「?」


 湯船の中でもがくような……籠には四人分。

 なんでここには二人?

 沈んでいるんだ。

 正確には沈められているんだ。


「ぼぐがばばばっあああばばばがふっ、殺す気か!!」


 抵抗の末に水面から顔を上げた人は男性。

 武士のような雰囲気で厳つい顔つきの人だ。


「二分十秒」

「お前というやつは」

「うーん? 誰だっけなーボロ負けしたのはー……なぁムツキ」

「……くっ、つきあっとられん」


 湯船から出たその人は早足で脱衣所の方へと逃げていった。

 ちょっととなりの浴槽に近づいて覗き込んでみると、もう一人沈んでいた。

 よく見えないけど、うつ伏せで腰の上に白い髪の女性が座っているからどうやっても浮かび上がれない状態だ。

 このままじゃ溺死するんじゃないだろうか。


「あの……なにやってるんですか」

「見ての通り」


 悪意の籠った黒い笑顔でさらっと言われた。


「死んじゃいますよ?」

「大丈夫、こいつとは長い付き合いだがこの程度じゃ死なない」


 言いながら座りなおすとぶくぶくと押し出された空気が水面に浮かんだ。


「そ、そんなこと言ったって人は簡単に死ぬんですよ! だからそういうのは」

「大丈夫だって」


 白い髪の女性は私の方を向きながら、


「それに、こいつわぶっ!?」


 何かを言おうとしたところで湯船の中に引きずり込まれた。

 落とし穴に落ちるようにあっという間に水中に引きずり込まれて、バシャバシャともがくけど体勢を入れ替えられて沈められる。


「あらあら、仲がいいわね」

「メティ、あまりふざけが過ぎるようならまとめて海底に沈めるが」

「あなただと本当にやりそうよね」


 言った後に攻守が入れ替わった。

 白髪の女性が腕を伸ばして押さえつける男の髪を引っ張って体制を崩す。

 そして後ろから腕を回して首を絞めながらもろとも湯船に沈む。


「そっちはなにやってんの」

「お風呂で暴れないでくださーい」


 そう言われ、翼のようなものが……ようなじゃなくて翼だ。

 それがある女性が、


「ごめんなさいねー、この子たちがあまりにも仲がいいものですから」


 どうみても殺し合いをするほどに仲が悪いようにしか見えないんですけど。

 そんなことを思っている間にも水中で互いに沈めあいながら、時折り水面に出ては関節技を仕掛けたり急所に攻撃をしている様子が見える。


「んの! てめいい加減にしずごぼぁ」

「あのまま助けなかったら確実にインキュバスの巣に連れてい、っく」

「誰が助けてなんがぼがばばあ」

「犯られた後だからおぞぶ」

「最初からお前が一緒にいてくれたらごぼぼ」


 互いの攻守が入れ替わりながら何十回か続き、最後に男の人が上をとった。


「いっぺんあの世の川で頭冷やしてこい」


 胸に思い切り手の平を当てて沈め、鳩尾に膝を落として肺の中の空気を押し出した。

 ぶくぶくと吐き出された空気が音を立て、十秒ほど暴れたかと思うとぷつんと糸が切れたように動かなくなってぷかぁーと浮かんだ。


「ったく……メティ、さっさと呪いを解け」

「いやよー」

「こんなことして面白いか、あぁ?」

「面白いからやるんじゃないの。いいわぁ、普段は女の子を泣かせてる強い子を女の子にしてぐちゃぐちゃにするのって」

「だからって……インキュバスはやりすぎだろう?」

「いいじゃないのよ、レイズだし」

「…………」


 …………。

 声だけで確信があるわけじゃなかった。

 でも顔が見えて、それでみんな固まった。

 そして


「スコールさん?」

「スコール?」

「生きてたんだ……」

「無乳発見!」


 ナギサさんだけは反応の方向が違ったけど。

 隣の浴槽に移って、気絶中の女性を抱えて外へと引きずって……あぁ、目を覚ましたらナギサさんの犠牲に……。

 確かにあれは私よりもぺったんこだ。

 あれからもう私の胸は大きくなる気配を全く見せないから、きっとあの女性も同じ運命だろう。


「ん? あぁ、ユキにホノカにミコトか。……おいナギサ! やりすぎるなよ」


 そう言ったけれど、すでに遅くて外から叫び声が響く。

 ……レズビアン?

 ナギサさんはなにかと年下に見える女の子には容赦がない。


「そういうのもありなのねぇ」

「メティ……」

「睨むことないじゃない、私だって殺す気はないのだからいいじゃないのよ」

「死ぬほど恥ずかしいことではあるだろうが」

「なあに? あなたまた襲われたいの?」

「チッ……法の抜け穴だな。男に対する強姦(メイル・レイプ)では女は罪に問われないか……」


 浴槽から上がったスコールさんの体が見える。

 筋肉のつき方は最低限の訓練すらしていない程度、それでもだらしない体というわけではない。

 そして……あの頃よりも傷跡が増えているように思える。

 骨折や欠損とかの酷いものはないけど、大きくバッサリと斬られた痕や深く刺された痕。

 他にもまるで拷問でも受けたかのような傷がたくさん。


「そういえば、その傷の一割ほどはレイちゃんにやられたものよねぇ?」

「だからなんだ。顔面に蹴り喰らったのは数えるのが馬鹿らしくなるくらいだぞ」


 そう言い残してスコールさんが浴場から出ていく。

 残ったのは私たちと背中に翼のあるお姉さん。

 しばらく沈黙が続いて、声をかけてきたのはお姉さんだった。


「後で彼の部屋に行きなさい。面白いものが見られるわ」


 言いながらお姉さんも浴場から出ていく。

 綺麗な体だ。

 背中の翼は根元……って言っていいのかな、そこが黒くて他は白い。

 戸の前で一度バサァッと翼を広げて水しぶきを飛ばすと、何事もなかったように外に消えた。

 ……もしかして、天使?


「……え、本物?」

「悪魔がいるからねぇ……天使もいても……」

「おかしくないよね」



 私たちも浴場を出て脱衣所に行くと、そこにはスコールさんと女性二人がいた。

 白い髪の女性は長椅子に寝転がって休憩中で、翼のあるお姉さんはうつ伏せに寝てスコールさんに翼の手入れをさせていた。

 鳥じゃないけど、羽繕いって言っていいのかな。


「抜けそうな羽は抜いちゃって、それで水を拭き終ったら油を薄く塗るの。いいわね」

「自分でできないなら風呂に入るな。体を水拭きしろ」

「えーお風呂って気持ちいいから」

「ったくこの駄天使は……!」


 あれ?

 今、”堕”じゃなくて”駄”って聞こえたような……。


「あの、スコールさん?」


 久しぶりに会ってどう声をかけていいのか、ちょっとそれが分からない。


「なんだユキ」

「痛ぁ! ちょっと、この羽で飛ぶんだから丁寧に扱いなさい」

「てめぇは黙ってろ。そもそもお前がいたら悪魔どもも手出ししてこなかったんだ」


 私だけ?

 こうも話しかけるのに変な気持ちがあるのは。

 だってスコールさんはあの時のように普通に返してくるのだから。


「おーい……スコール、なんだあの女は……」


 ずいぶんとぐったりした様子で、力なく白髪の女性が言う。


「魔狼の関係者だ。とりあえず若い女とみれば揉むから気をつけろ」

「…………なんだよもぅ」



 色々あって時刻は夜の十時半。

 フェンリルベースの部屋はいろいろとあって割り当てが違う。

 とくに階級があったりするわけでもないけど、新入りは三畳部屋に一人か六畳部屋に二人。

 男女で別々になるようなことなく、ペアが誰になるかも配慮はない。

 長く戦っていて役に立つ人ほど広い一人部屋や質のいい設備のある部屋になっていることは知っている。

 一度隊長の部屋を見せてもらったけど九畳もの広い部屋にパソコンや銃器がずらりと並んでいた。

 これほど広い割り当てでも部屋を十分に確保できるこのベースは本当に広い。


「スコールさんの部屋……か」


 面白いものが見れるから、そういわれたけどいきなりお邪魔していいのだろうか。

 服は? 

 髪は?

 あれ、このままの格好で変に思われない?

 こんな時間で迷惑にならない?

 そう思い始めると次から次に余計な不安が浮かんでくる。


「だ! か! ら! お前が最初からいたらインキュバスに犯られることもなかったんだ!」


 唐突に廊下から怒鳴り声が響いた。

 浴場で会った白髪の女性の声だ。


「てめぇの不注意だろうが、よかったなぁえぇ? たまたま通りかからなかったら純潔散らすだけじゃなくてインキュバスの巣で永遠にやられてだろうが。まだマシだと思え」

「あのなあ……お前があのときすぐ近くでずっと待機してたのは分かってんだよ。なんで助けに来なかった」

「ま、実験? 悪魔たちがどうするのか、お前がどうなるのか見てみたかったし」

「言いやがったなこの野郎!」

「うるせえぞ貴様ら! 喧嘩なら部屋でやれ!」

「シュネー、空き部屋はどこにある? すぐに連れ込んで黙らせる」

「そこの部屋の隣だ。この区画は一人部屋が多いからちと狭いがいいか?」

「構わん」


 そして……私の隣の部屋に入っていく音が聞こえた。

 確かにこの新人や訓練生が入る区画は空き部屋が多い。

 みんなすぐに戦績を上げて部屋を移っていくか、もしくは戦闘中に……いなくなっていくか。

 いやいや、そんなことよりも隣にスコールさんがいるし……行ってみようかな?

 でも喧嘩中ぽいし……。

 どうしよう。



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