くろづくめのせいねん
「やるな、やるな。州軍相手にフレアで救援依頼出したら借りがでかすぎる」
「げっ……」
クセロさんが引き金を引き絞る寸前で、コンクリートの塊と化したビルから彼が飛び降りてきた。
続くようにどこにでもいそうな服装で銃器を構えた人たちがロープを使って降下する。
どう見ても不審者な見た目の彼だけど、一番頼りになる存在で。
「さてさて……クセロはゼファー隊と一緒に荷物回収。ユキは一旦撤収して補給、ゼファー、三人こっちに」
「なんでお前が命令してんだよ」
「指揮官がバカでアホで無能すぎるからだ。生き残りは少ないってのに、余所のやつだから使い捨てにしましょう、って言ったからな」
「いや待て、隊長どこ行った隊長は!」
「あぁ? あんな部外者はさっき喰わせてきた」
この人はどこか狂っている。
相手に敵意があると分かれば、それが男性であっても女性であっても、大人であっても子供であっても、仲間であっても容赦なく……。
「喰わせたって……まさか」
「ああ、安全なところに逃げたところで殿が来る前に隔壁を閉じようとしたから、剥いて放り出しだ」
人を人と思っていない思考、どんなことだって平気で実行してしまう精神。
「ま、とりあえず。こっから全員生きて帰してその上物資の無駄も極力少なくすると」
「おい、二人分の装備とこれだけの人数を危険に晒すのとじゃ」
「荷物回収、としか言ってない。戦えなんて言った覚えはない」
「は?」
それでもこの人は、仲間である間ならば最大の安全を提供してくれる。
「敵は全部引き付けてやる、そこのロープから登っていけ」
まるで死神のよう、それも私たちだけを守る。
敵には確実な破滅を、仲間にはほぼ確実な帰還を、味方には道具として使い捨てられる運命を。
この人は怖い。
私より二つ上なだけの人なのに、どうして同じ人間なのにここまで違うのだろう。
「さっさといけー、要救助者二名、後は階級順にだ。下っ端は弾幕をがんばれー」
命令口調、だけど強制力を感じさせない。
むしろ嫌がることを言って、わざと反発させてみんなをここから遠ざけようとしているかのよう。
それにこの人、
「あの、なんで素直に逃げろって言わないんですか?」
「…………」
ほら、固まった。
回りくどいことで意思を伝えて、素直に言わないからそこを突くと固まる。
なんだか人間になれていないような人です。
私より年上のお兄さんなのに、心はまだまだ子供です。
「あー…………」
額に手を当てて、何を言うかを考えているようですが、たぶん何も言えないと思います。
こういうことに慣れてない人は、本当に。
「とりあえずお前ら二人行け? 他が行かないから」
「あっ!」
振り向くと他の人たちが「さっさと行ってくれ」と言わんばかりの顔で見てきている。
とくに私が知っているなかで”下っ端”と呼ばれている人たちはすでに弾幕を張って悪魔たちを押さえるのに必死だ。
「ご、ごめんなさい!」
およそ四メートルを急いで登る。
訓練でロープ登りはよくやるけど、股が擦れてとても痛いから苦手だ。
動きやすいようにと半袖に短パンという格好の私もいけないのだけれど。
しかも、すぐ下から登ってくる他の人の至近距離で見られるというのは中々恥ずかしい。
「どーすんです? 僕らだけで回収はちときついですよ」
「回収? 何言っている。誰も”命令”は下していないし、ここには軍属なんていない。民間人だけだ」
「お前ホントたちわりぃーよっ!」
「本音と建前くらい使い分けろ、お前ら日本人の面倒な習性だろうが」
「つーっても、ここにいる全員外人みたいな偽名使った日本人ばっかですけどねー」
「はぁ……もういい、さっさと行け行け」
次々と迫る人の形をした悪魔が灰に変わって、下から仲間たちが登ってくる。
なのにあの人は上がる素振りを見せない。
両手にナイフを握って、むしろ悪魔たちに迫っていく。
触れられただけでお終い、だから囲まれてしまうと本当に危険なのに。
「何やってる! 早く上がって来いっ! ほら各自援護射撃、撃て撃て!」
銃声は無く、かなり抑えられたモーター駆動音が連続する。
みんなが使っているのはエアソフトガンではなくエアガン。
近距離なら人を殺めることができる銃としての威力がある。
「構うな、勝ち目ないけど勝つから」
「なんだそりゃ!?」
「ふざけてないで上がって来い!」
今日も生き残りはみんな元気です。
いつものようにふざけて、戦って、物資を集めて結界を増設して。
問題があるとすれば彼の無茶な行動くらいです。
黒髪。
黒いシャツ。
黒いダブルジップのパーカー。
黒いズボン。
黒い靴。
黒いポーチ。
黒いナイフ。
オマケに性格まで黒です。
仲間の安全には気を配る癖に、自分の事となるとどうでもいい。
それがあの人の考え方。