おいてけぼり
『スコールさん、ユキさん応答願います』
途中で崩れていた橋から飛び降りると無線機からAPさんの声が聞こえた。
「こちらスコール、状況は」
『シュネーヴォルフ隊でターミナル周辺を掃討中、ゼファーさんの部隊が公園付近で待機していますから合流してください』
「ガンシップの追尾を受けているが」
『兵装は分かりますか』
「ちょっと待て」
スコールさんが単眼鏡を取り出して背後に迫る機体を見る。
私も目は悪くはないけど、この距離で肉眼で見るのは不可能だ。
「ソフトターゲット用が四門。合流前に追いつかれる」
『あ……ではゼファーさんたちを』
「やめておけ、正規所属でないものを助ける必要はないはずだ。囮として時間稼ぎしてやる、その間に対空戦を準備しろ」
『…………』
「AP、戦術指揮官が悩むな。マニュアル通りの冷酷な対応でいいんだよ」
『しかし……』
「無理に助けて犠牲を出すなら最初から切り捨てろ」
『……分かりました。ここでお別れです』
プツッ、と小さなノイズと一緒に通信がそれきり途絶えた。
「あの、スコールさん? まさかこのまま死にましょうってことじゃないですよね?」
「まさか」
「ですよね……あはは……それで作戦は?」
聞くと無言で無線機を私に持たせて一歩下がった。
恐らく言うことはいつもと同じだろう。
自分が囮になって仲間を逃がす。
「ハティ、行け」
やっぱり。
「スコールさん!」
「じゃあな、生き延びろ」
なんであの人は……!
ハティに一緒に乗ってしまえばとても速いのだから逃げ切れるはずなのに。
ひらひらと手を振りながら逆方向に歩き、腰のベルトに差していたらしいオレンジ色の拳銃? のようなものを空に向かって構えて……。
そこからは距離が開きすぎて見えなかった。
『あのバカ!』
『隊長、引っ立てに行きますんで許可を』
『ゼファー、クセロ、あいつは放っておけ。あれがあいつの決めたことなら』
「放っておけませんよ!」
『……チッ、ゼファー隊は大橋跡地でなんとかガンシップを撃ち落とす準備をしろ、失敗したら今後の昇格はなしで今回の暫定隊長権限も剥奪する。クセロ、アンダー出口まで走って狙撃準備』
『了解……』
『隊長、僕さえ従えば下はどう動いてもいいんですよね? たとえば命令違反で勝手に動くとかして止められなくても』
『……』
『無言は肯定と受け取ります』
電波に乗せられた声で勝手なやり取りがどんどん続いていく。
ゼファーさんが発言した後からホノカさんやミコトさんの声も流れ始めた。
「ハティ止まって! ねえ止まってよ!」
周りの景色が流れるように過ぎていくから飛び降りたくてもそれができない。
どれだけのスピードが出ているか分からないけど、確実に五十キロくらいはでているはず。
いま手を放したら笑い事じゃすまないほどのケガをするだろう。
「ハティィ!」
私の呼びかけには全く答えてくれない。
ほんの少しの短い間だったけど、ハティはスコールさんのいうことしか聞かないことは分かっている。
だから言っても無駄。
そうわかっているけど、わかっているけれど。
「ひゃあっ」
突然大きくハティが飛び上がって、風を切る音が聞こえた。
眼下に見えるのは橋を形作っていたものの残骸。
そして遥か後ろから激しい砲撃の音と建物が崩れる音が聞こえてきた。
「あぁ……」
とんっと着地すると魔狼の方々がすでに陣形を整え終えているところだった。
「民間人を一人確認、これよりそちらに連れていく」
「待ってください」
「大人しく従え、こちらも仕事なんだ」
「…………くぅ」
ここで逆らっても今の私に何ができるの?
相手はエアガンなんかじゃ太刀打ちできない州軍。
「ゴーゴーゴー! スーパーチャージは済ませてるな? 各自構えろっ!」
ゼファーさんの指示が聞こえると、数秒もせずにヘリの音が聞こえ始めた。
こっちに来たってことは……。
いくらスコールさんでも無理があったっていうこと?
「グレネードで届くわけぇ?」
「届かせるんだよナギサ!」
「あーはいはい毎度無茶言うけどスコールと違って成功しないゼファー君よ」
「そういやゼファーってこういう感じで指示出して成功したことあったっけ?」
「ないね」
「あら~?」
「なんで僕が責められる!? まだやってもないのに!」
「やってから無理でしたはあたしらの全滅なんですけどね!」
その時、瓦礫の向こう側から姿を見せたガンシップは片方のエンジンから火を噴きながら、かなり低い高度を飛んで行ってそのまま海に落ちた。
「…………」
「はぁーい、ゼファーは役立たずぅ」
「……いや待てよ、あれがスコールの置き土産かよ」
「そうとしか考えられんっしょ」
『皆さんターミナルまで下がってください。追加の敵戦力が来ます』
「それでぇ?」
若干楽しそうにナギサさんが聞き返す。
『魔狼所属の各部隊はターミナルを制圧、それ以外でついてきている方は遊撃をお願いします』
その言葉を聞いて数名が動き出した。
ホノカさんやミコトさん、そのほかの魔狼所属じゃない人たち。
「ユキ、あんたはどうする?」
「私は……」
行きます、と言おうとしたけどそれ先に更なる指示が来た。
『全部隊ターミナルに集合しろ、迎えの船がもうすぐ来るから遅れたやつらは置いて行くぞ!』




