きずあと
足音の主が近づいてくる。
暗闇に慣れた目がその姿を捉えると、思わず悲鳴を出しそうになった。
「……っ」
すんでのところで耐えるが、撃って効果があるのか疑問だ。
なにせ目の前にいるのは変異体なのだから。
「カカッ、オトコドモノタマシイハニゴリキッテマズイ」
片手に持った濁った色の何かを口に入れて咀嚼して……。
もしかして、あれが魂?
それに男どもって州兵……こっちに来たってことはまさか……。
「う、ぅああああああああああっ!」
引き金に掛けた指を引いた途端に乾いた破裂音が連続する。
目で追いかけられないほどの速度で弾が飛んで、変異体にあたって身体を削る。
でも再生が早すぎて削れた端からすぐに元に戻っていく。
わずか三秒たらずで全弾撃ち尽くし、マガジンを取り換えようとするが焦って中々できない。
「あ、わわわぁぁぁっ」
まだ距離があったはずなのに、視線を前に戻せばもう手が届く距離にいた。
「あ……はぁぁ……ぁ……」
終わった……。
死ぬことへの怖さか、それとも勝てない強大な敵の威圧か。
その場にぺたりと崩れてしまった私に変異体の腕が伸びる。
目を閉じて顔を下げた。
最期って、案外呆気ないものなんだなぁ。
「食い殺せ!」
骨が折れるような、ではなく装甲を引き千切るかのような音が響く。
一秒。
二秒。
三秒。
続く音は唐突に終わり、足音が近づいてきた。
そっと顔を上げ、目を開けると。
「スコールさん!」
「悪い悪い、熊に襲われたもんだから」
「へ?」
「いや、悪魔どもを引き付けてたらいきなり白熊が」
「…………」
白熊って……動物園から逃げたんでしょうか。
いや、そもそも動物園の生き物はパニック以来飼育員がいなくなって死んだはず。
「立てるか?」
「あ、はい……」
力を込めようとしたけれど、立ち上がれなかった。
怖さと安心と。
「あはは……無理です」
「まったく」
いきなりナイフを抜きながら振り返る。
真後ろには鋭い爪痕と噛みつかれた痕の目立つ変異体。
「スコールさん!」
「くそっ、ハティ」
変異体の腕が振り下ろされ、ナイフで弾けるわけもなく服を貫通して鋭い爪が突き刺さる。
「やれ」
突き刺さった腕にナイフを突き立て、さらに両手で抱え込むように固定した。
合わせるように変異体の背に白い犬? が伸し掛かって首筋に鋭い牙を食い込ませる。
「グギャハッ」
「そのまま噛み千切れ!」
骨が砕けたとは思えないほどの音が鳴り、途端に変異体がぐらりと倒れる。
白い犬はそこへ容赦なく噛みついて頭部を砕いた。
飛び散る灰色の塊。
有機物のような感じというより、コンクリートのような感じだ。
「っつぅ……」
「す、スコールさん? 大丈夫ですよね?」
「そんなわけあるか」
袖をまくって露出させた皮膚は紫色に変色していた。
「ったく、割に合わんな。こんな雑魚相手に」
言いながら包帯を取り出してきつく巻きつけていく。
もうその行為に意味はない。
触れられた時点でもう……。
「あの……」
「ああ、触るなよ。それとこの白狼は敵じゃないからな」
あっという間に包帯を巻き終わったスコールさんは立ち上がって変異体に聖水を振りかける。
その背には暗闇でもはっきりと分かるほどの大きな傷がついていた。
鋭利な爪で引き裂かれた傷だ。
致命傷。
放っておけばそれだけで失血しすぎて危ない傷。
「ハティ、ユキを乗せろ」
白い狼が私の前まで歩いて来る。
随分と大きい、だいたい二メートルくらいかな。
「ワフッ」
私の前で伏せると、乗れと言いたげな仕草を見せる。
「いいんですか?」
「いいから乗れ、立てなくても腕は動くだろ」
こうしてある意味危機を脱して、確実な別れがあると分かって。
私たちは結界の向こう側へと帰って行った。




