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 はじめて手に入れた自由なお金を何に使おう。

 とりあえず駄菓子屋に向かってみたはいいものの、今一欲しいものが見当たらないケイスケは、その小さなスペースをぐるぐると回っていた。

 迷った末に、ケイスケはチョコレートを一つ買った。


 「ヒナコさん」


 ケイスケはトントンと包丁を鳴らす義母に声をかけると、「疲れた時にこっそり食べて下さい」と言ってそれを渡した。ケイスケは、ヒナコがおやつをそこらじゅうの棚に隠してご褒美として食べているのを把握していた。


 「……次は、もっと自分が欲しいものを買いなさい」


 ヒナコは屈んでケイスケに視線の高さを合わせると、神妙な面持ちをして再び300円を渡してきた。ケイスケは欲しいものなら手に入れたとそっと思った。


 ケイスケは手のひらの300円を見つめて考え込む。


 ――自分が欲しいものを買いなさい。


 困ってしまった。

 自分に欲しいものが見当たらない。迷った末に同じ年代の子が欲しがるものを思い浮かべ、今流行りのカードを買うことに決めた。貯金して参考書でも買おうかとも思ったのだけど、なんだかそれをするとあの義母に一歩引かれそうな気がした。肩身が狭く、人の顔色ばかりを窺って生きてきた少年にとって、再び嫌われることが何より恐ろしいことだった。


 駄菓子屋の外は小学生の溜まり場になっていた。

 その流行りのカードとやらは一袋に5枚ほど透けない袋に入っており、中身が気になってその場で開けてしまうのだ。そしてそのままカードを使った遊びが始まる。


 ケイスケは何気なさを装いそこを素通りしようとする。

 すると勢いよく手を引かれた。


 絡まれた―― 一気に背筋に寒気が奔る。そして人がたむろしているところを素通りしようとした自分の浅はかさに後悔が押し寄せる。どうやって逃げようか。

 瞬時に駄菓子屋の前に置かれたラムネの瓶やデッキブラシ等の位置を捉えた。ケイスケは、虚を突かれた(てい)を装いながら、容赦なく急所を蹴りあげるつもりで振り返った。


 「なんだケイじゃんか! どうしたんだよこんなところで!? 」


 「えっ」


 拍子抜けするほど眩しい笑顔が視界を覆った。


 「あ」


 ケイスケの顔がカーッと赤くなる。

 相手は自分を遊びに誘おうと手を引いたのだ。声の主は、よくよく見たら4年生くらいまで登下校を共にしていたスグルだった。


 スグルはケイスケの『眉や口元は困り顔なのに目だけは殺気立ってる』、という非常に不自然というか怖い表情に一瞬微動だにしなかったが、毒気を抜かれた顔を見るなりパッと笑顔を光らせ輪の中に引きずり込んでくる。


 「ちょまっ」

 「おい一緒に遊ぼうぜ! カード持ってないなら貸すぞ? あっ、でもお前興味ないんだっけ……」

 「いや、今日はそのカードを買いに来て……」


 ハブられると思ったケイスケの切り返しは早かった。


 「まじかよ! ついにお前もカードデビューか!! 」


 想像だにしていなかった好反応に目をしばたたかせる。

 適当に一袋選んでレジに持って行く時には、今まで経験したことのない数の人間に囲まれた。


 「ちょ、早く早く」

 「い、今から開ける……」


 ケイスケは恥ずかしさのあまり終始もじもじしていた。

 付き合いが悪い事は自覚していたが、それを思い詰めすぎて勝手に嫌われていると思い込んでいた自分の被害妄想振りが身悶えするほど恥ずかしかった。

 封を切ろうとギザギザに手をかけると、周りの声がぴたりと止んで視線が集まる。


 ふと、楽しいなと思った。

 もしここでレアカードが出たら、きっともっと盛り上がるだろうなという期待も抱いた。


 ケイスケはそのまま指を縦に引いた。

 無駄にピカピカ光ったカードが出てきた。


 「すっげえええええ!! オレこんなの見たことねぇよ!」

 「……そんなにレアなの?」

 「まじで言ってんの!? レアに決まってんだろ!」

 

 スグルはこれが如何に価値があるかを述べ始める。

 そのどさくさ紛れて、一人だけ何処かに行ってしまうから話しかけづらかったと恥ずかしそうに言った。みなまでは言わなかったが、嫌っていた訳ではないんだと訴えたかったのが分かった。

 今まで話しかけなかった自分が悪いと責めているような、まるで言い訳するかのようなニュアンスに、ケイスケは静かに首を振ってありがとうと笑った。


 それからというもの、ケイスケは同年代の子供達と放課後になると毎日遊ぶようになっていった。反比例して、おばあちゃんのところには行かなくなっていった。



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