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ケイスケは、無人販売に長く居座るようになっていた。
今までは少し話して帰っていたのだが、わざわざ宿題をそこにもって来て、おばあちゃんが帰るまで時間を潰す。
別に、おばあちゃんに宿題を教えて貰おうと言う気はない。ただなんとなく、ここに居たかった。おばあちゃんもそれを分かっていたのか、話しかけることもなく遠い空の向こうを見つめている。居心地の良い無言の時間がさらさらと流れる。ケイスケは、ここに居る時だけ心の羽を伸ばすことが出来る。
習慣的に宿題をやる時間が生まれたことは、ケイスケの日常に小さな変化をもたらした。これといった趣味がないケイスケは、家に帰るとやることがなくなってしまっていたのだ。
だからその日も、いつものように「ヒナコさん、何か手伝いましょうか」と声をかける。義母は困った顔で「だからそんなに気を使わなくていいのよ、宿題はやったの?」と問いかけてきたので、今日やってきた分のドリルを見せた。予習も終わっていた。
「あんたたちも遊んでないで宿題しなさい!」―― 母親特有の耳が痛い大声が飛んだ。最近では「あの子達ももっと勉強すればいいのに」とグチを聞くこともある。
少し心が躍った。ケイスケは、こうして品行方正な態度を取っていれば、自ずと自分の評価も上がることを学び始めた。微かに抱いた優越感―― これが、純朴な少年が最初に知った「楽しいこと」だった。
「じゃあ買い物行ってきてくれる?」
ケイスケは「はい」と一言言うと、慣れた足取りでスーパーへ向かう。そしていつものようにレシートにくるんだ釣り銭を義母に向けた。
そんな時だった。
両手を、そっと覆われる。
ケイスケの手が握り締めた形になる。
ケイスケは首を傾げると、ヒナコは神妙な面持ちで、「お釣りを持っておきなさい」と言った。
「本当?!」
思わず、普段の敬語漬けなケイスケでは考えられない声が出た。
本当に期待などしていなかったものだから、尚更体中がぐわっと熱くなり、自然と頬が赤く染まった。
それを見たヒナコは目を丸くする。
はじめてケイスケが見せた子供らしい態度。最近ではお釣りを貰えないとお使いに行かない息子達が当然だった彼女にとって、その喜び方がとても愛らしく見えた。
だけど彼女は分かっていない。
ケイスケは、小遣いを手に入れた事よりも、一枚壁を作っていた彼女の心に踏み込めたことに無邪気な笑顔を晒していた。