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中学校最後の体育祭。とっても悔しかったけど、何かが変わった気がするよ

作者: 北澤ゆうり

『男女混合リレー!優勝は三年C組ぃぃぃっっ!!』


 沸き上がる歓声。

 太陽の光を反射して金色に輝くトロフィー。


 あぁ、終わったんだな……。


  ◇


 サッカーも下手。

 野球も無理。

 て、いうか運動全般苦手。

 それに、特に競争心がないから運動に向かないタイプ。


 だけど、そんな僕にも一つだけ好きなものがある。自分を出せるものがある。


 それは、走ること。



 僕が走ることが好きになったのは、小学生の時の男女混合リレーだった。

 無理矢理押し付けられるように推薦された僕。最初はやる気なんてなかった。

 でも、内心は推薦されたことは嬉しくて、なんなら三位ぐらいになりたいと頑張って走る練習をした。自分では速くなっているのはわからなかったが、練習に付き合ってくれた友人は大丈夫だと肩を叩いてくれた。


 とうとう本番。

 僕は一番最初に走るという大役を任されていた。赤いバトンが手汗で濡れる。早鐘のように心臓が打たれる。ごくり、と喉が鳴る。


「では、第一走者の人。くじで決まった順にこちらにならんでください」


 そう言われ、紙を引き抜く。

 一番、端のアウトコースだった。


 指定された位置に着くと、男の若い先生が笛を口の近くに持ち上げた。


『では、位置について……よぉーい』


 バトンをきつく握りしめた。


『ピィーーーーーーィッッ』


──ザシュッッ


 皆が地面を蹴った音が重なる。


 僕は一番端っこだったから、そのまま滑り込むようにインコースへ。

 皆の走りを邪魔するようにして、先頭で駆ける。視界が、ぱぁっと明るくなった。

 自分が息をしているのなんて、わからないぐらい。ただ、感じるのは自分の爪先が地面を蹴っている刺激だけ。


 そして、一瞬というぐらいの時間で、第二走者が見える。ポニーテールが目印だ。僕に向かって差し出される右手。その手に、勢いよくバトンを渡す。頑張れ、の気持ちと一緒に。

 そして、僕は他の走者にぶつからないように、コースの内側へと入った。


──ドクッ、ドクッ


と心臓が跳ねる。


 やばい。


 口元が緩む。


 やばい。


 めっちゃ気持ちいい!!


 僕はこの日から、走ることが好きになった。自分の中で特別になった。


 結局、僕のクラスは惜しくも二位。でも悔しかったという気持ちはそんなに生まれなかった。ただ、楽しかった。また、やりたい。そんな気持ちが沸いただけ。



 それから僕は、毎年毎年リレーに参加した。もちろん第一走者で出来るだけアウトコースを選んだ。何度かインを走ったりしたが、僕にはアウトが合うみたいだったから。


  ◇


 僕は中学三年生。

 皆には走ることが、得意な人という印象になっていた。


 今日は中学校最後の体育祭。うちの学校のものはしょぼいもので全員参加のドッジボール、綱引き、玉入れの他、男女混合リレーがあった。ちなみにこれらは、僕の学校はクラスが少ないので、三年二年一年、それぞれA組、B組、C組、しかいないので、学年クラス対抗なのだった。

 僕はもちろん、リレーに出た。それも第一走者で。



 その日はボロ負けだった。ドッジボールも綱引きも玉入れも……。お互いライバルだと思っているC組に。皆の雰囲気が暗い。キノコが生えてしまいそうだ。


『お知らせします。男女混合リレーに出場する選手は、本部の方まで集まってください』


 あ、キノコが燃えた。

 そんな風に思えるほど、彼らの顔が輝いた。そうだ、リレーが残ってる!……と、皆、希望が見えたようだね。そりゃあ、去年は先輩達もいる中で二位になれたのだから。

僕もやる気に満ちている。最後なんだから一位になりたい。


「一位取ってくれよ!」


「お前らに懸けるぜ!」


「いつものようにやれよ!」


「A組の強さ見せようぜ!」


 次々に肩を叩かれ、期待の詰まった声援に包まれる。僕も同じ気持ち。だけど、何かに絡まれるように足が止まった。振り切るように、バトンを空中に投げて回転させる。パシッと掴んで、横に払った。


「頑張るよ」


「おう!お前なら行けるぜ!」






「第一走者。集まってくじ引けよー」


 担当の先生が小さめの紙を差し出した。

 砂糖に群がる蟻のように、走者達がくじを引くの見る。

 最後になった僕はドキドキとワクワクがぐちゃまぜになった思いで、紙を掴んだ。先生が「残り物には福があるぞー」と言った。


 紙を緊張しながら開くと、そこには


『1』


と、一文字、大きく書かれていた。隣にいる後輩に「いいなーインだー。うらやましいー」と言われたが、ここ数年、僕はアウトコースで走っていたから、よくわからなかった。


『では、第一走者は並んでくださーい』


 体育の先生のキンキン声が耳に響く。バトンで手のひらを一度叩き、肩を回してほぐす。腕を振ると肩甲骨に繋がっている太股の筋肉がよく動き、速くなるらしい。土を蹴って、角度を調節。


 ちょうど、深呼吸をしたときだった。銃を持った先生が僕の隣に立つ。黒々と光る銃が本物のそれみたいに、僕に威圧をかける。


『位置について……よぉーい』


──パァンッッ


 鼓膜を震わすような音が鳴る。利き脚で地面を思いきり蹴った。

 ドドドッとアウトコース側の僕以外の八人の走者達が僕の行く手を塞ぐ。いつものように走れない。人の足を踏んでしまいそう。もう、半分まで来てしまった。だけど、六位。後輩に抜かされそうだったので、ごめん、と思いつつも押し退けるようにアウトコースへ出る。


 あぁ、もう無理だ。


 でも、負けたくない。


 僕の中の何かが弾けた。


 負けたくない。ただ、それだけで頭がいっぱいになった。


 コースを曲がるところで、一気に加速し、二、三人を抜かす。隣を走る人と、肘が当たってしまった。いつもなら、引っ込めてしまうその腕を、さらに振って、地面を強く蹴って、走る。

 飛び込むように、第二走者の人にバトンを託した。

人がいなくなった隙を見て、ふらふらとコースの内側へ入る。ふつふつと、心の中でその何かが、怒った猫のように爪を立てた。

ぼぅっとしながら第二走者、第三走者見ていると、先頭を突っ切るC組とは、もう追いつけないほどの距離があった。応援しようと声を出したが、彼らに届いたのかわからなかった。





 結局、九組中四位だった。

 しかも、C組に負けた。


 皆が残念だと言う気持ちを押し込めて、僕へ励ましの言葉を振り撒いているように思える。

そんなこと、本当は思ってないはずなのに、卑屈な暗い感情が渦巻く。


 あぁ

 僕がスタートダッシュを失敗しなかったら……。

 さっさとアウトコースへ出て、抜かしていたら……。


 皆に一位のトロフィーをあげたかったのに……。


 皆に期待されていたのに……。



 最後の、体育祭なのに……。




「ひぐっ……」


 なんだか急に目頭が痺れてきて、喉に熱いモノが込み上げてきて、我慢してたものが一気に噴き上がるように、涙がこぼれた。

 一度、泣き出したらなかなか止まらなかった。


「えっ!?ちょ、お前。泣いとんの?」


「え?何で?泣くことか?頑張ったじゃん」


「ちょ、何で?お前速かったじゃんよー」


 僕の異変に気付いた友達が、僕の周りに集まってきた。肩に手を掛ける人とか、背中を擦ってくれている人もいる。普段、一緒にふざけ合う友人がいつものように笑わせようとしてくれた。だけど、そんなふうに言ってくれる人たちにも理不尽に腹が立った。それに、自分にも腹が立った。

いつも、何かに負けても、へらりと笑う僕が泣いたことを皆、驚き焦っていた。自分でも驚いたよ。


 唸るように、僕は言う。


「うぐっ。だってぼ、僕が、ひぐっ……あそこで、ぅぅ、失敗じなかっだら一位になれたがもじれなかったのに……」


「大丈夫だって。俺らは文科系だからなぁー。運動は仕方ねぇよ」


「俺らはC組に負けたのが悔しかっただけだしな?ハハハ」


「ぞっか……」


 手の甲で目を(こす)る。


「ごめん。取り乱して」


「いいぜ。お前頑張ったよ。C組が速かっただけさ」


「うん」


 皆は僕が泣き止んでほっとしているようだ。

 皆が、閉会式のために先生のもとへ駆けていった。僕もそれらの背中を追いかける。


 生徒会役員の一人がマイクを片手に結果発表をしていく。いつもは笑顔になれる、そのテンションの高さも気分が沈む。


『そぉしてぇーっ……』


 全体が静かになる。


『男女混合リレー!優勝は三年C組ぃぃぃっっ!!』


 ワァァァァァッッとさざ波のように歓声が上がる。C組の代表に、金色に輝くトロフィーを渡される。金色を神々しいもののように、高く掲げた。さらに、大きな歓声。僕の心に虚しく響く、煌めいた声。


 これで、僕らの体育祭は終わり。




 ねぇ。

 何で皆、悔しくないの?

 僕はすごく、悔しいのに。

 C組の歓声は聞こえないの?

 何で、諦めきれるの?



 僕は、この悔しさを忘れないよ。



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