白ウサギはアリスの再来に恐怖する
七歳だったアリスは、白ウサギを追いかけて
不思議の国に迷い込みました。
◆ ◇ ◆ ◇
大きな家の前。
長テーブルに白いクロスがひかれ、その上にはお茶の道具やお菓子がいっぱい置かれていた。
大きな帽子をかぶっている帽子屋が、この“狂ったお茶会”の主催者。三月ウサギは眠りネズミをクッションにし、モカ色の耳にへんてこな布を巻きつけていた。
そして―白くて長い二本の耳がぴょこん。同じく白い髪はあごのラインでそろえられ、ピンクの大きな瞳がパチパチして頬もふんわりバラ色。
白いシャツに赤いギンガムチェックのネクタイとチョッキを着て、膝上のヒダ付きスカートの中にはフンワリ丸いシッポが見え隠れ。
白いニーハイに、赤いエナメルのストラップ付のパンプスを投げ出し、帽子屋がいれてくれた紅茶をさくらんぼ色の唇を尖らせ、フゥフゥ冷まして飲む。
「なんでもない日、おめでとう!」
三月ウサギの横でティーカップを高々と上げ、また一口紅茶を味わうのは、この中で一番ご機嫌な白ウサギ。
「毎回飽きずに、よくやるよ」
帽子屋は冷めきった眠りネズミの紅茶を地面に捨て、新しい紅茶を注ぎながら呆れた目で白ウサギを見た。
歌の拍子をとちった帽子屋が、女王から死刑宣告を受けて以来、狂った不思議の国の時間。何千回もの乾杯を毎日繰り返しても、この“狂ったお茶会”の出席者は年を取らずに、同じ時間を過ごしている。
イレギュラーの招かれざるべき客人が来たのは過去にただの一回だけで、みんな忘れたい出来事となっていた。
そんなご機嫌な“狂ったお茶会”に水を差す猫なで声が上から落ちる。
「白ウサギや。公爵夫人が呼んでいるよ」
木の上で、チェシャ猫がニヤニヤと笑って、白ウサギに話しかけたのだ。
[公爵夫人に呼ばれるのは、いつ以来?]
[あの子供が来て以来]
[悪夢のあの日。もしかして?]
[もしかして?]
[キャ―――!!]
[キャ―――!!]
チェシャ猫の言葉を聞いて、周りのお喋りな花たちが歌いだす。その内容にカップを落し、顔色を青くさせる白ウサギ。
公爵夫人の元に行くにはあの穴を経由して、また戻ってこないと行けない不思議な順路。一〇年前に通ったあの穴のせいで、おかしな子供が付いて来て、この不思議の国を、滅茶苦茶にしたのだ。
「いやぁぁぁ!!」
両手を頬に当て、絶叫する白ウサギ。
気狂いと言われている他の面々も、そんな様子の白ウサギに目を白黒させる。
「向こうの世界も変わっているよ」
「子供だって大人になる」
「忘れている。忘れている」
根拠のない適当な慰めでも白ウサギは、すがりたい気持ちでいっぱいだった。運よく追い出せたあの子供。逃げても逃げても、執拗に追いかけてきて……あの子供がまだ幼い声で言った、最後の言葉が忘れられない。
――また、戻ってくるから。
◆ ◇ ◆ ◇
白ウサギは、ソ―ッと例の穴から顔を出して、左右確認をした。
「右よし! 左よし!」
自慢の白くて長い耳は、帽子屋から無理矢理借りた帽子で隠していた。そっと、穴からはい出て、腰をおとしつつ立ち上がろうとしたら
「ウ―ワンワンワンワン!」
けたたましい音量で吠え上げた犬が、白ウサギをロックオンしていた。
「ひいぃぃぃぃ!!」
もう一度、穴に戻ろうとした時、帽子を犬に奪い取られる。
「ああ!」
もし帽子を無くしでもしたらあの気狂い帽子屋に何をされるか分からない。奪い返そうと帽子のつばを噛んでいる犬と引っ張り合いっこをしていたら、背中に耳心地が良いテノールの声が響いた。
「ルイス! ストップ!」
青年にルイスと呼ばれた犬は、名残惜しそうにつばを噛むのをやめ、そのまま伏せのポーズをとる。白ウサギは犬の涎まみれになったつばを、自分の袖で拭い、慌てて青年にお礼を言おうと向き合った。
目の前の青年は、長めの金髪を緩く一つにまとめ、瞳は蒼く輝き人の目を捉えて離さない。白シャツに水色のショールを首に巻き、白いズボンを履いていた。木漏れ日の光を背中に受けて、キラキラと容姿を引き立たせる演出は、まるで物語の王子様のようだった。
しかし、それに白ウサギは既視感を感じさせる。
「久しぶり、白ウサギ」
眩しい笑顔を向けられた白ウサギのシッポは、本能的にボムッと膨らむ。
「……ッ!!」
いや、まさか。
だって、あの子供は……。
「もしかして、私の事を忘れた? 私は……」
目の前の青年が、全部のセリフを言い終わる前に、白ウサギは穴に飛び込んだ。
「まさか! まさか!」
身体が大きくなったり小さくなったりする不思議な飲み物やケーキが置いてある広間を飛びぬけ、ドアに鍵をかけ、途中で会ったネズミやドードー鳥にも一瞥もせず走りに走った。公爵夫人に匿って貰おうという事だけを考えて。
息を切らしながらも、公爵夫人の家に着いた白ウサギ。
「遅いよ」
そう言うなり、不機嫌顔をした公爵夫人に、すぐさま赤ん坊を押し付けられた。白ウサギの息も整わないうちに、公爵夫人と料理女の二人はハートの王女とのクロケー遊びに出かけて行った。
「ハァ、ハァ、ハァ……公爵夫人~っ」
それどころじゃない白ウサギは、赤ん坊を抱っこしながら右往左往で半泣きである。白ウサギの腕の中で赤ん坊は「ブウブウ」と泣きはじめ、とうとう子豚になり、家が揺れるくらいに泣き出す始末。慌てておしゃぶりを口に咥えさせ、ベビーベッドを揺らして寝かしつけた。
「はぁ~」
そのままその場に、へたり込む白ウサギ。
“狂ったお茶会”の三六五三回前。つまり一〇年と一日前の事。今日と同じように公爵夫人の元に行く途中、突然追いかけてきたあの子供。
無邪気な顔をして、身体が小さくなる飲み物をトランプの兵隊たちに飲ませ、全員を池に落っことした。ハートの女王の大事にしている薔薇を全部ピンク色に塗り替えた。そして全部切り取り花束にして白ウサギに押し付けた。“狂ったお茶会”のお菓子を身体が大きくなるケーキに差し替えた。その結果、巨大化した帽子屋と三月ウサギが奇声を上げながら、お茶会の道具を破壊した。グリフォンにネコを襲わせ、あのチェシャ猫の頭をグルグルと回した。代用ウミガメをクロッケーで転がし、ハリネズミ達も逃げ出した。他にも数多くの被害を不思議の国にもたらしながら子供の視線の先にはずっと白ウサギがいた。
王様の機転がきいて、運よくトランプ達の力でこの世界から追い出せたのだが……。
白ウサギはしばらく子供の眼が、獲物を狙うあの蒼眼が忘れられなかった。愛くるしい顔のはずなのに、あのチェシャ猫にも負けないニヤニヤ顔で、白ウサギを捕まえ、抱き着き、くっついて離れなかった子供。
しばらくの間、白ウサギは悪夢にうなされていた。
思い出すだけで、ブルブルと小刻みに震える身体にボムッと膨らむシッポ。早く時間が過ぎろと目をギュッとつぶっていると、無情にも、扉のある方向からあの声が聞こえた。
「見ぃつけた」
「!」
慌ててベビーベッドの下に潜り込もうとする白ウサギ。しかし潜り込むよりも早く、あの頃よりも大きく節だっているが綺麗な指が、白ウサギのふくろはぎを捉えた。そして、そのままズルズルとベビーベッドの下から引きずりだされる。
「可愛いシッポ」
ヒダスカートは捲りあがり、白いニーハイを全開にする。そして、純白のショーツに包まれたまろいお尻の上にのっている丸くて白いシッポが毛を逆立て膨らみ、ピクピクと動いて青年を誘惑していた。
「触ってもいい?」
「ぴゃあぁぁぁ!!」
白ウサギが返事をする前にムギュッと掴まれ、撫でられた。硬直していた白ウサギは素早い動きで身体をひねり、脚を三角に折り曲げて小さく身体を防御していた。
「ダメです! なしです!」
「どうして? 私と白ウサギの仲でしょ?」
「そんな仲になった覚えはありません!!」
「昔は触らせてくれたのに」
青年のいう昔というのは一〇年前。
無理矢理白ウサギのシッポを触った事のある人物は、過去にあの子供だけ。
「しっぽは、勝手に貴方が! それに、お、女の子じゃなかったのですか!?」
「女の子だとは、一言も言ってないけど。勘違いしていた?」
「でも、水色のワンピースに白のフリフリエプロン! 髪は金髪で腰まであって! 何よりも可愛かったです!! そんな、甘いマスクをした煌めくイケメンじゃなかったです!」
「……ああ、あの頃は母と姉に姉のお下がりをふざけて着せられていた頃だったしね」
近所に住むロリコンオヤジをあの格好で誘惑して、ボートから落してやったこともあるよ。なんて、黒い笑みを浮かべてニヤニヤ笑う顔は、確かに白ウサギを追いかけてきた七歳の子供――アリス――だった。
「白ウサギは変わらないね」
視姦するような目つきで頭の天辺から足の爪先まで、じっくりと視られた白ウサギは、更に身体を縮こませた。
「こ、今度は何をしにこの国に来たんですか!?」
あの時、滅茶苦茶にされた国と住人達の心のケアに、どれだけの時間がかかったのか! 自分が子供を連れて来てしまったという罪悪感で白ウサギも、立ち直るのに時間がかかった。ブルブルと震えながらも威嚇する姿に、青年―アリスは今すぐに抱きしめて……したいという気持ちを抑え、口角をあげる。
「あの時の私は七歳で、白ウサギからしたら、まだまだ子供だったでしょ?」
「……子供だからって、何をしてもいいんですか? 許されるんですか?」
ウルウルと潤んだピンク色の瞳がアリスをギュッと睨みつける。
「いや違うよ。あの時の私の悪戯が過ぎたのは認める。ごめんね? でもね、初めての気持ちだったから、兎にも角にも、君の気を引きたくて必死だったんだよ」
「初めての気持ち?」
白ウサギは、本能的にこれ以上先を聞いてはいけないと思いつつ、騒動の原因を曲がりなりにも引き起こした責任感から、話を促してしまった。
「初めて君を見た時、私は恋に落ちた」
アリスの言葉に意味が分からないと、白ウサギは眉間にしわを寄せる。
「そんなに眉を寄せて……まぁ、君ならどんな表情でも可愛いけどね」
アリスの長い人差指がクイクイっと、白ウサギの眉間のしわをのばした。七歳の頃のアリスは白ウサギよりも頭半分小さかった。それなのに、今のアリスは白ウサギが見上げる程。
「ねぇ、今の私と白ウサギ。ちょうど良いと思わない?」
アリスの人差指が、クイっと白ウサギの顎を持ち上げ、そのままピンクの瞳を眩しそうに見つめた。
「あのまま、本当は君とずっと、くっついていたかったけれど、この世界では時間が止まったままだろ? 成長しない私はずっと七歳のまま……君を私のモノにしようとしてもできなかったんだよ」
「アリスのモノって?」
「簡単に言うと、あの頃の私は、まだ精通がきていなかったって事かな?」
そして、にっこりと。ハートの女王の大事にしている薔薇の花にも負けないくらいの華やかな笑顔を向けた。
「だから、ちょうど良くなるまで、待っていたんだよ」
白ウサギが訳も分からなくショックで気を失おうとした時、ベビーベッドの子豚が「ブギャ―。ブギャ―」と泣き出した。それに我に返った白ウサギは、すぐさま赤ん坊を抱き上げ、窓からジャンプをして逃げ出す。
「逃がさないよ。白ウサギ」
アリスの声が背中に突き刺さっていく。
元の世界に戻される一〇年前のアリス。
吹き溢れるトランプの中で、白ウサギだけを見つめて言った。
――また、戻ってくるから。
あの時と一切変わらない真っ直ぐな眼で、白ウサギを捉えていた。犬に噛まれてべたべたになった帽子をかぶり直し、子豚を抱きかかえ、白ウサギは城に向かって走り出す。
城の近くにクロケー場もあるので、公爵夫人に赤ん坊を返して、王様に助けを求めるしかないと考えていた。
アリスの目的は分からないが(好きと言われても白ウサギには恐怖しか感じなかった)きっと、ろくでもない事に決まっている。真面な住人のいない国だが、白ウサギはこの不思議の国をとても大事に思っているのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「エッサ、ホイサ」
「急げ、急げ」
城の方に向かう途中、トランプの兵隊たちが帽子屋をロープに縛り、担ぎ上げている最中だった。白ウサギは驚き、トランプの兵隊たちに話しかけた。
「いったい、どうしたっていうの?」
「帽子屋の死刑が執行される」
「ハートの女王の命令だ」
周りの花たちもそれに合わせるように歌い出す。
[時間が動き出した]
[カチカチカチ]
[嫌だ、枯れちゃう]
[カチカチカチ]
白ウサギは慌てて、チョッキに入っている懐中時計を取り出した。
〈カチカチカチカチ〉
止まっていた時間が動き出している。大音楽会で失態を演じた帽子屋の死刑は、時計が狂った時点で執行が止まっていたのに、時間が動き出したということは!?
白ウサギは被っていた帽子を子豚に被せ、そのままお尻を叩いて公爵夫人の居るクロケー場へ走らせた。
「待って! 彼は帽子屋じゃないわ!」
「嘘をつくな」
「嘘つきめ」
「だって、彼は帽子をかぶっていないじゃない」
トランプの兵隊たちは、ロープでグルグル巻きにしていた帽子屋を改めて見る。そこには、何も被っていないただの男が居た。帽子を被っていない帽子屋なんて、聞いたことも見たこともない。
「大変だ。間違えた!」
「急げ、急げ。ハートの女王に首を切られるぞ」
帽子屋を放り出し、トランプの兵隊たちは慌てて、元来た道に戻って行った。トランプの兵隊たちが居なくなったのを確認し、白ウサギは帽子屋のロープをほどく。
「時間が動き出しているの」
「知っているさ」
「どうして!?」
「アリスが招待もしていないお茶会に、来たからだよ」
そして、帽子屋はポケットからチェーンを取り出した。
チェーンの先についている、いつもの時計がなくなっているのに白ウサギがハッとする。
「“時”をアリスに盗られた。今度はお茶に眠り薬を入れられたようだ。眠りネズミはずっと眠っているから効かないけれど、三月ウサギと僕は、あっという間に夢の住人さ。そして、気が付いたらロープに巻かれて城に連れていかれるところだった―そんな事より……」
帽子屋は何も持っていない白ウサギをギリリと睨んだ。しかし、それどころじゃない白ウサギは、帽子屋を無視して慌てて城へ走り出して行った。後ろの方で、真っ赤な顔をした帽子屋が奇声を上げて怒鳴る。
「僕の大事な帽子(売り物)はどこへやった!」
◆ ◇ ◆ ◇
城へと続く目隠しをされた住人の長い列。
時間が止まった事によって、延期になっていた死刑が執行されようとしていた。
その中で、帽子を被った子豚が一人の夫人に「ブヒブヒ」纏わりついていた。よくよく見ると、公爵夫人でハートの女王の耳を殴った罪を今更ながら受けるところだった。白ウサギは公爵夫人の目隠しを取って、子豚を抱かせる。
「公爵夫人は姿を消して逃げてください。後はなんとかしてみます」
「あんたはいつも、おせっかいだ」
公爵夫人は飼い猫のチェシャ猫のように、子豚と共に姿をフワリと消した。
白ウサギは両手を開けたくて帽子を被り、慌てて首切り場へ向かった。いつもならハートの女王の「首切り」は、王様の一言で全部なしになるはず。しかし、あと一歩の所で白ウサギはトランプ達に囲まれてしまう。
「帽子屋、ここに居たのか!」
「捕えろ! 捕えろ!」
「きゃああー!!」
帽子屋の帽子を被った白ウサギは、慌てて帽子を脱ごうとしたが、あっという間に縄でグルグル巻きにされて、首切り係りの前に連れていかれた。ハートの女王は大きな頭を揺らしながら、ハートが先についた杖を白ウサギに向け「首を切れ!」と命令する。押さえつけられた白ウサギはガクガクと震え、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
「待ちなさい」
ハートの王冠を被った一人の青年―アリスが片腕をあげ、首切り係りを止めた。
「王様!」
「王様!」
首切り係り達がアリスにひれ伏す。掌を後ろに仰ぎ、彼らを退場させた。そして、片手を顎にのせ首を傾げて、白ウサギを上から見つめる。
「呆れた。白ウサギ、何をやっているの?」
そう言って、白ウサギの被っている帽子を投げ捨てた。
「お、王様……いえ、アリス!?」
「誰だ、貴様! こやつの首を切れ!」
怒りで王冠が目に入っていないハートの女王が、顔を真っ赤にして、アリスをさっきのハートの杖で指差す。
トランプの兵隊たちも慌ててそれに従おうとするが、アリスは、ツカツカとハートの女王に歩み寄り跪いたかと思うと、女王の持っている杖のハートマークをひっくり返し「これで、ただのおばさんだね」とほほ笑んだ。すると、威厳のあったハートの女王の顔がみるみると皺がれ、ただの老婆となって、そのままへたり込んだのだ。
トランプの兵隊たちが、アリスの命令で元女王を城の奥に連れていく中、白ウサギを拘束していたものはすべて取り払われ、気が付けばアリスにお姫様だっこをされている始末。
「……何をしたんですか? 何をしたいんですか? 王様は? 女王は?」
ボロボロと涙が止まらなく震える白ウサギを愛おしそうに見つめたアリスは、唇で白ウサギの涙をぬぐった。
「!!」
途端、真っ赤になる白ウサギ。
「王様は、もう“王様”の役に飽き飽きしていたみたいだから、私と交代するって言ってくれて、女王の秘密を教えてもらったんだ。夫婦水入らずでこれから旅行に出かけるんだって。王様も、ずっと女王の尻拭いに飽き飽きしていたようだよ」
癇癪持ちで有名なハートの女王は気に入らないと「首を切れ」とすぐに命令していた。そして、罪人たちを裏でコッソリ解放していたのは王様。
白ウサギが文句を言う前に、アリスの眉はハの字になり、すまなさそうな顔をするから何も言えなくなる。
「ごめんね? まさか、こういう事になるとは思わなくて。実は、この国の“時”と、友達になってね。私のいう通りに時間を動かしてくれるっていうからさ。ちょっと、時間を進めてもらったんだ」
「どうして!?」
「だって“時”が動かないと、君はずっとあの“狂ったお茶会”に出席して、私の相手をしてくれないだろ?」
「……っ」
「だから、ほんの少し時間を進めて私との時間を作ってもらおうとしただけなんだよ。―白ウサギ、私と一緒に居てくれるよね。返事はいらないから」
そして、さくらんぼ色の唇を塞いだのだ。
新しい王様の誕生に、庭師たちが薔薇を全部ピンク色に塗り替えた。
王様の愛おしい白ウサギと同じ瞳の色に。
アリスは硬直したまま動けない白ウサギをギュッと抱きしめ、唇を長い耳に寄せた。
◆ ◇ ◆ ◇
七歳だったアリスは、白ウサギを追いかけて
不思議の国に迷い込みました。
――その一〇年後。
不思議の国の王様となり、時間を手にしたアリス。
今は、ハートの女王と王様が住んでいた城に白ウサギと幸せに暮らしています。
アリスに囚われた白ウサギは、永遠の時を不思議の国という箱庭で過ごし、決して逃げる事は出来ないのです。
◇ ◆ ◇ ◆
アリスが王様になった日。
誰もが見惚れる笑みを浮かべ、硬直した白ウサギにこう囁いたという。
――今度の時間はいつにする?
ねぇ、ずっと夜がいい?
そうすると、ずっと君とベッドの中で一緒にいられる。
それとも、朝日の光の中で、君の肌を見るというのもいいね。
みんなが起きている真昼に、見せびらかすように愛し合うのも素敵な事だ。
“時”はずっと、私の友達だから、白ウサギと私はいつまでも若いまま恋人気分に浸れるし、子供が欲しくなったらほんの少し、時間を進めてもらえばいい。年を取るのに飽きたら、若返ってもいいしね
君と過ごす日々は、決して『なんでもない日』じゃない。
全部が全部『特別な記念日』だよ―
耳元で囁かれた言葉に、白ウサギのシッポが、ボムッと膨れ上がったとか。
*登場人物設定(原作とかけ離れています)*
*白ウサギ*
見た目16、17歳くらいの女の子。
いつも、一生懸命でこの不思議の国では、一番まとも。
*アリス*
7歳の時、白ウサギに一目惚れ。
精通がきたと同時に、“ウサギ穴”に犬を配置し、虎視眈々と白ウサギが現れるのを待っていた。
中身は腹黒。