その5
「ここ、基本的に普通の人は来ないの。いるのはここに住んでる人か、私たちみたいな職員だけ。その中にはキミの言う人はいないんだ。たまにご家族の方が来るかな?でも、そういう人は受付で入門表を書いてもらうの。」
ぐわんぐわんと頭の痺れるさなか、至って真面目な装いをし、女性が説明をしてくれる。いつもの間の抜けた音引きはなりを潜め、まるで別人のような口調をだった。しかし、そんな真面目な解説も、右から左へ水のように流れていく。
「それでね、今日はキミが来るまでは、誰も来訪した人はいないの。今は別の人が受付してるけど、その人からも何も連絡がないのね。つまり」
つまり、イコール、よって、どんな言葉を文頭につけようが、この先にくる言葉は変わらない。髪の長い女の子、葵はここには居ない。
先ほどと同じように目が白黒し、脳は上下をひっくり返され、思考はニューロンでショートした。
「あ、そういえばキミは…。」
キミは…そうだったね。と続け、女性は斜め下に俯いた。気持ちの悪い、言葉に表せないような沈黙が廊下を包み込んだ。
「あ、あー、そういえばなぞなぞ、言ってたんだよね、その子は!」
静寂に耐えられなくなったのか、あわてた様子かつ強引に話題を変えてきた。
「え、はい。そうですね。」
戸惑いながら、しかしもうこのことを考えたくなかった私には、この無理やりな話題転換が嬉しかった。
「見えるのにないもの。聞こえるのにないもの。でしたよね?」
「はい、たしか、そうでした。」
冷静に考えてみると、これは、
「これは、なぞなぞなんでしょうか?」
「そうね、そうねー。確かに、答えがあるのかしらー?」
元の口調に戻った女性と、廊下で向かい合い、光だとか音だとか、適当に答えを探したが、一向にわからなかった。
「これって、答えがあるんでしょうか?」
「うーん、どうでしょうねー。ありそうでない、と言うよりそもそも意味のない言葉遊びだったりしてー。」
腕組みをして長々考えたが、答えは皆目見当がつかなかった。
「まあ、このままここで答え探すのもいいですけどー、とりあえずお部屋に行きませんか?」
「あ、はい。そういえば、まだ行ってませんでしたね。」
もう十分に落ち着いた私は、またぞろ女性に先導されて廊下を進んでいった。先ほどの場所から少しだけ歩いて、私のネームプレートが貼り付けてあるドアの前までついた。
「この部屋ですよー。」
くるりと翻り、こちらを向いてそういった。右手でドアノブを回すと、カチャリと音が鳴りドアが開いた。外装、内装共に白い建物は、部屋の仲間で白く、置いてあったベットに机に椅子間で白かった。白い空間に白い調度品、色合いと物の少なさから、より部屋が殺風景に見えた。
「シンプルですね。シンクがないからご飯も作れない。」
「大丈夫ですよー。ご飯はこちらが用意して、配膳後片付けまでしますから。」
手を握り、親指を突き出しながら、ウィンクをしてきた。何も言わずにいると、しょげた顔をして腕を下した。小さく、ツッコミも無かった…。と言ったようだったが、あえて無視をした。
「総スルー…なんですね。はあ、もういですー。仕事終わらせてささっと戻りますよーだ!」
「えぇ、わかりました。」
「普通に返された…。もう、ほんと酷いです。ベットの横のロッカーに、預かった荷物がありますから確認しておいてください。傷心を癒すために、すこし青空を見てきます…。」
部屋から出るため、廊下に半歩足を出したところで、あ!と感嘆符をあげ、振り返った。
「何かありましたら、ベット横の丸いボタンを押してくださいね。」
そういうと、もう振り返りもせず、ドアをパタンと閉めて行ってしまった。部屋には私一人だけが残され、静寂が部屋を包み込んだ。
「そう言えば、ロッカーに荷物があるんだったな。」
先ほど言われたことを思い出し、ベットの横にある、壁に埋め込まれたロッカーの取っ手を引いた。




